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奇怪な境界  作者: 間和井
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第十六話 少年の帰還

 お兄ちゃんはいつ来るんだろう。

 そろそろお腹も空いてきちゃったし、匂いも良いにおいでおいしそう。

 作りたての、ご飯におかずにお味噌汁。お腹はグゥグゥなっていて、やっぱり速く夕飯を食べちゃいたい。


「なぁ、あおいよ。もう食べてもよいのだぞ?」


 咲良ちゃんが言っている。でも、‘またね’って言ったから、待っていたいなぁ。


「えっと、……いただきます」


 そう言って、凌介(リョウスケ)君が夕飯に手を付け始めた。

 私も食べたいけど、お兄ちゃんが来るまで、食べないって決めたもん。

 そう思う私の横で、凌介君はどんどんご飯を呑んでいく。うん。アレは食べると言うより、飲むって言った方が良い気がする。

 茶わんの向こうで、ゴクゴクと音がする。なんか、おかしい。


「ぷっ、アハハハ! 凌介君、おかしい」


 お腹の底から笑う。凌介君は首をかしげる。それもそうだね。凌介君自身じゃ、分かんないもん。

 すると、何だかお腹が余計に減ってきた。やっぱり我慢はいけないのかな。

 考えても、何かある訳じゃない。

 だから咲良ちゃんに聞いてみよう。

 

「ねぇ、咲良ちゃ、ん?」


 でも、聞けなかった。

 何で? そんなの簡単。だって、咲良ちゃんの顔が少し嬉しそうだったから。

 ホッとすると、余計にお腹が減ってくる。


「葵、もう飯は食ってしまえ」

「ウン」


 いただきます。そう言って、ご飯をお腹に入れて行く。

 私も人の事は言えないかもしれない。だって、お腹がすいて、あまり噛まずに直ぐ飲んじゃうんだもん。

 ご飯を呑んでいると、走る音が聞こえてくる。咲良ちゃんは陽気をずっと流して、顔は般若のお面見たい。

 けど、やっぱり嬉しそう。陽気で少し、機嫌が分かる。こんな能力ちから、ずっと嫌いだったけど、今は少しだけこれがあって嬉しいかも。

 だって、咲良ちゃんの嬉しさが、私に伝わってくるんだもん。


「ごちそうさまでした。これ、全部おいしいよ、咲良ちゃん!」



 凌介君はもう食べ終わったみたい。速いなぁ、私はまだ全然なのに。

 そう思ったのと同時に、近寄ってくる陰気が強くなった。アレ? 陽気も混じってる? でも、いっか。

 お兄ちゃんが、帰ってきたんだから。




 近づく陰気は扉の前へ、そしてその人は扉を開けてこちらへ来る。

 やっと、帰ってきた。私もミズハも、葵も凌介も、皆を心配させた罰はやっぱり‘ご飯抜き’かな。

 そう思う咲良の視界には、息を切らして帰ってくる壬空の姿が映る。少々の違和感、コイツは朱魅夜だ。


「お帰りじゃ、朱魅夜。早速じゃが結果を教えてはくれんか?」


 聞きたいのは、壬空がここに住めるかどうか。そして壬空の御魂(みたま)が正常であるか。壬空は魔術の習得が異様に速い、それは四魂が以上をきたしているからではないか。そんな心配が頭をよぎる。

 だが、帰宅後すぐの質問には通常の人間でも腹が立つ。

 これに天下の朱美ちゃんが腹を立てない訳がない。


「何言ってんだよ、まずは飯だ! 飯!」


 傍若無人とでも言おうか、朱魅夜は不遜な態度で椅子にドサリと腰を下ろす。


「……分かった、話はそれからじゃな?」


 咲良はそれに腹を立てるが、今結果を聞けるのはコイツしか居ないのだ。(へそ)を曲げられては困る。ここは我慢だ。

 少々の時間を要したが、苛立ちを押さえて咲良はご飯の用意をする。

 その間、朱魅夜は暇を持て余したようで、自身の怒鳴り声で少しビクついていた葵と凌介と話をしていた。その中で自己紹介のような事もしていた。

 二人とも昼見た壬空と外見は同じなのに内面が全く違っている事に驚いていたようだ。

 特に葵は壬空の帰りを最後まで待っていたため、大分衝撃を受けていたようで、口を半開きにして思考と行動を緊急停止していた。


「そうか、二人とも壬空が気に入ったんだな。けど、アイツは今疲れてるから、アイツが出てくんのはまた明日だ。

 残念かもしんないけど、まぁ、寝て待て。な?」

「ウン! 明日合えるんだね」

「分かった! 朱美ちゃん、ありがとね」

「………(出来れば朱美はやめて欲しいんだけどな)」


 笑顔で答える葵と凌介に押され、朱魅夜は怒りたい事も怒れないでいた。

 と言うよりもむしろ、にやけていた。

 彼女もやはり女性なのだろう、可愛いモノには目がないのだろうか?


「朱魅夜よ、では話してもらえるか?」


 咲良が食べ物を持って戻り、再び話は元に戻る。

 



 そして一通りの話を終えて、家の者達は眠りにつく。





 明宮壬空(アケミヤミソラ)は夢を見る。

 幼少の頃より繰り返し見る悪夢。混沌の幻想。

 境界に至る引き金と思われしモノ。

 俺に魔術の才と刻印を与えたと思わしき少女、その少女が現れた場所。前回は痛みにより急激に現実に引き戻されたが、今回はそう言った事は無いだろうか。と言うよりも、またあの少女が出てくるのだろうか。昨日は夢を見なかったからどうとも言えない。

 そんな事を考えていると、意識が鮮明になってきた。やはり現世(うつしよ)での夢とは違い、どこか意識がはっきりとしている。今までは自分と言うはっきりとした‘個’と言うモノは一切無く、この空間に有る(すべ)てと混じり合うような、薄ボンヤリとした‘凡ての意識’が自身の内に有ったのだ。

 だが今は違う。確固とした意思を持ち、身体と言う外殻に守られ、混沌とした‘凡ての意識’と混じり合う事はもうない。それが喜ぶべき事なのか、それとも悲しむべき事なのかは分からない。理解出来る事は唯一つ、もう今までとは違うと言う事。‘何かが変化した’と言う事だ。

 それはこの空間では珍しい事ではない。この空間では常に凡てが流動し、混合し、変化している。だが、個としての己が‘産まれる’と言う事は初めてだ。これから何が起こるのかは今までの夢にすらない。何度も見たこの夢に、己と言う異分子(イレギュラー)が生まれる事で、何かが破綻してしまいそうで怖い。

 

「駄目だ、何時までやってんだ俺は……」


 思考中断。延々と続くであろう同じような思考を何時までもやっていても意味がない。

 そんな事に時間をかけるくらいなら、今までなかった「身体」を使って新たなる変化を促してみるべきだろう。さっきからやろうとは思っていたんだ。思考することで意識を逸らすのはもうやめよう。


「まずは、動く事か?」


 何時も通りに歩く要領で足を出す。

 

「うわぁ!!」


 だが重力さえまともにないこの空間で、歩くなどと言う事が出来る訳もなく、壬空は体勢を崩し、ゆっくりと回転を始める。

 フワフワと、まるで柔らかい綿のようなモノに包まれているように、ゆっくりと回転する。それは止まる事は無く、ただ延々と続いていく。

 一応、動く事は可能のようだ。ただし、どうやってその動きを停止させるのかが問題なのだろう。

 さて、どうしたものだろうか。

 壬空は一つ溜め息を吐き、回転しながら思考を再開しようとする。

 すると、どこかから声がする。それは聞き覚えのある声音。と言うより、寝る前に一番最後に聞いた声。


「……なにやってんだ壬空」

「……、回って、る?」


 若干呆れながら、朱魅夜は壬空に声をかけた。

 その姿は、いつぞやの朱鬼姿。ただし着物は以前と少し違い、藍色や翡翠色と言ったどこか落ち着いた感じのモノに変わっている。後頭部の髪は(かんざし)で少量止められ、顔は殆ど化粧らしきものは施されていない。アレから今まで聞いてきた辛辣(しんらつ)な言動の数々が吐かれていたとは、出来れば思いたくはない。


「『る?』ってなんだよ。ったく、オレが止めてやるから待ってろ」

「お、応、ありがとう」


 朱魅夜は壬空に手をかざし、数秒間目をつぶり何か呪文のようなものを唱え始める。すると、朱魅夜の(てのひら)から赤褐色の光が溢れ、延々と続いていた緩やかな回転は段々と速度を落としていき、最終的には完全に停止した。

 その時には朱魅夜の掌からの発光は止まり、閉じていた目も開かれていた。


「壬空、来い。話をしよう」


 朱魅夜は壬空の手を握り、混沌渦巻くこの空間を当然のごとく歩いていく。壬空の手を握る朱魅夜の頬は、元の色よりも少しだけ紅潮しているように思える。どうしたのだろうか。

 その姿は、壬空の心を数瞬間だけ魅了した。

 魅了されていた数瞬の間に、朱魅夜はずんずんと進んでいく。一歩進むごとに、この空間の蠕動する指針無き混沌は方向性を持ち、次第に色彩を持ち初めていく。

 

 壬空が正気に戻り、周りを見たときにはもう周囲は全く違う場所になっていた。

 そこは、朱魅夜童子の心象風景。黄昏の色をした大地と、孤独な丘の上に建つ祭壇。上空の雲は前回と違い、入道雲になっている。


「さぁ、座れ。さっきも言った通り、話したい事がある」

「あ、あぁ」


 状況に流され、一切の反論無く朱魅夜に従う壬空。

 朱魅夜は何を話そうと言うのか、壬空を座らせた祭壇に自分自身も座り始める。

 従順な壬空の様子に気を良くしたのか、珍しい事に口元の筋肉が緩み、顔が笑顔になっている。確実に美しいと呼べる部類に入るであろう少女の笑顔に、壬空はまたも見とれた。


「何じっと見てんだよ、気持ちワリィな」


 朱魅夜も凝視されるのは少々苦手なようで、顔が紅潮している。


「あ、あぁ。ワリィ。

 じゃあ、話の方始めようぜ」


 朱魅夜の指摘にドキリとしつつも、壬空はどうにか話を戻そうとする。

 見とれていたなんて事知られれば絶対今後いじられる、と言う確信を持って。

 だがそんな些細な事、今の朱魅夜は気にしてなどいなかった。それは次の発言から推測できるだろう。


「よし、じゃあ、話だな。

 けどまず話の前に聞きたい事がある、話はそれからだ」

「何だ? 聞きたい事って……」


 朱魅夜は一拍の間を置き、質問をする。それは今後の生活の大いなる指針。


「お前は‘帰りたい’か?」


 ‘それ’は、現在の明宮壬空の状況から、脱したいのかそうでないのかと言う質問。

 有るべき場所へ還りたいか、元いた場所へ戻りたいかと言うモノ。

 

 始まったばかりの生活、それを無かった事にしたいかと言う疑問。


 壬空は、一体どう思うのか。ただそれだけ。それだけの事。


 けれどもそれはとても大切な事。答えは一つ。

 

 少年は答える。在り方の現状と、これからを。





「俺は────」

 






 

 

 

 


  





 









 お久しぶりです。

 私は今月更新が滞りすぎですね。申し訳ありません。

 

 言い訳としては、高校の課題やら部活やら登下校やらと色々とあるのですが、読んで下さる方々からしてみればんなこたぁどうでもいいですよね。(汗


 これからは精進します。


 ではまた次回。ノシ

 

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