第十五話 一霊四魂
接近する変態────ヒノキ神────は、五枚の紙を持っている。
その紙は、一枚は灰色、それ以外は白色な手のひらサイズの厚紙だった。
「さぁ姫よ、手をお出し」
「え、えっと、わわ解りました」
現在進行形で鼻血垂れ流し中の変態様は、眼の前の人物の中身が完全に変わっている事にも気付かず、昔からの呼び方で壬空を呼ぶ。
話しかけられている壬空は、完全に焦っている。
差し出された紙片を取るだけなのに手が大きく震えている。
「使い方は解るね、その灰色の紙が霊魂の天秤。気をためるだけで持ち主の霊魂が今ナオヒなのか、それともマガツヒなのかが直ぐに解る。
他の紙は一枚ずつ和魂、荒魂、奇魂、幸魂の比率が出されるんだ。
さぁ、その身体の持ち主の気を込めて御覧」
差し出された紙を手にした直後から何故か異常に密着したまま、紙の使用法とその意味するモノを説明してきた。
説明してくれるのは嬉しいのだが、身体に触るのは勘弁してほしい。紙を持っていない手で拳を作り、鳥肌の立った身体の寒気を堪えていると、
《ハハハッ、壬空、気持ち悪いか? オレは今まで生きてきた中で伯父様に会った時は必ずそうなっていたんだ。今日くらいは中で笑わせてくれ》
何故か影のある顔が容易に想像できる。
どれ位の年月、こうして来たのやら。
《悪い方では無いんだが、そのべたべたした感じとか、「姫~」とか言っていきなり鼻血を出ながら抱きついてくる所が苦手でな……》
正直なところ、ただの変態である。
精神が女性の朱魅夜ならば苦手で済むのかもしれないが、身も心も男性の壬空からしてみればたまったものではない。
それに今、ヒノキ神に人格が入れ替わっている事がバレれば、きっと咲良に言われていた事はやる事が出来ない。
そうなればアノ家に一時的であれ、住む事も出来なくなるかも知れない。
そう考えた壬空は、先程までの朱魅夜の言動その他諸々をまねる事にした。
……それが道化師のような行動だとも気付かずに。
◆ ◇ ◆
気付けば、咲良に言われていた、この國に住む手続きは終わっていた。
案外ヒノキ神は変態なんかでは無いのかもしれない。実際言動とか色々と問題点は在るモノの、悪い奴ではない。俺の霊魂とやらがどうなっているのか一つ一つ丁寧に教えてくれたし、「これからどうやって生活していけば問題無く過ごせるか」とか、「契約の状況」とかも教えてくれたs────
《いくら嫌でも、そうやって現実を逃避すんのはどうかと思うぞ、壬空》
《……》
俺の思考に口を挟まないで。そんな優しい声で話しかけないでッ、俺泣きたくないからッ、強くなるって決めたからッ!!
《わ、悪かった。だからそんな声を殺して泣かないでよ。
……え? 自分の中の何か大事なモノが砕け散った音がした?
えっと、ごめんね。本当にごめんね》
何で言葉が丁寧になるの?
そんなに気遣わないでくれよ。違う意味で泣けてくるじゃないか。
「どうかしたのかッ、姫よ。何故泣いているんだ!」
何故ッて?
その原因はアンタだよ。全ての元凶はアンタだよぉぉぉおおお!
と言う、壬空は内心の燻ぶる敵意を隠して、平気な顔を装って返事をした。
「いえ、大丈夫ですオジサマ、少し目にゴミが入ってしまいまして」
「なんだとっ、姫の眼球に触れるなど、何者であろうとも許せぬ行為。
姫の身体は既に【ピー】が【ドキューン】で……
────ここからの会話は、本人の意思により中略します────
《ネェ、朱美ちゃん》
《な、何?》
何時もならばこんな呼び方をされればブチ切れるような言葉に、正常とは言い難いがきちんと返事を返す、本物のお姫さん。
俺のこの心境を悟ってくれているのだろうか。
《俺、俺……》
《良いよ、もう何も言わなくて良いよ……》
朱魅夜の優しさがイタイ。
そして諸悪の根源こと、一通り姫────今の壬空────の秘密を語り終え、満足したHENTAIの寝顔が憎い。
あぁ、憎い。今すぐに首を捻って、へし折ってやりたいほどに。
《帰ろう? ね、嫌な事は忘れて、ね?》
俺の精神状況を悟ってか、朱魅夜は気遣いの声をかける。
《ウン、帰る》
場所は当然、鎮守の森。
こんな場所、もう二度と来るものか。
そう強く思う壬空は、身を翻し真紅の鳥居に向けて歩き始める。
不安定な精神は切り替えて、もう二度とこんな場所には来まいと決心をして。
見てみると、空はもう黄昏の赤色ではなく初夜の紺色へと移ろい始めていた。嫌な事はもう忘れよう。
歩いて鳥居を出る。
ホゥ、と壬空は息を吐く。
すると頭の奥から、また朱美さんの声がする。
《なぁ、壬空。何か変な感じがしないか?》
《そうか?》
朱魅夜の切り替えの速さは称賛モノだ。
いつも直ぐに言葉使いが変わる。
これはとても良い点だと言えるだろう。朱魅夜の切り替えの速さは気を使われるのに慣れていない壬空としては、とてもありがたい。
《何だか空気が澱み始めている気がする。壬空、速く帰ろう》
《解った》
俺としても、ここに居るのは少しつらい。
アノ神様は何故か俺の身体的コンプレックスやら何やら知っている様だからもう思い出したくもないのだ。
少しだけ足を速める。
どこかから視線を感じる。でもそれはきっと錯覚だろう。
色々なところの風呂場とかでもよくある事、単なる嫌な気配のようなモノ。
でも、そうだな。
もしかしたら他にもここに住んでいる生き物が居ない訳ではないだろう。聞いてみるか。
《ネェ、朱美さん》
《何だ?》
何だかいつの間にか、朱美さんで良いような感じになっているからそのままで。
《澱むって、気がか?》
《そうだな。どこかから怨念。いや、執念か? とにかくそれを纏った妖気が流れてきている》
妖気が流れる。即ち妖怪の類が直ぐそこに居ると言う事。
ここは神の領地だと言うのにすぐそばで出てくるとは、灯台もと暗しとはこの事だろうか。
アノ神様、色々と大丈夫なんだろうか、段々心配になってくる。
茜町も森も平原も、ここ一帯はアイツが守っているらしいが、絶対嘘だ。ミズハと咲良がやってるって言った方が説得力がある。
そんな事を考えながら足早に進んでいくと、森の出口になっている場所が見えてきた。
《そうか。あとここら辺にさ、なにか生き物が住んでたりするか?》
きっといるだろうとは思う。けれど確認したいのだ、安心したいのだ。
ここの事を自分よりもよく知っているモノの口からの言葉で。
《そりゃあいるだろう。ここら一帯の土地の中心であり、それを守護するのがこの森と伯父さまだ。寧ろどこよりも多いくらいだろうな》
《そうか、解った。ありがと》
《あぁ、どういたしまして》
安心した。ならばあの視線は在るべくしてあったモノなのだろう。
種も量も多いこの森で、視線がない方が不自然だ。
先の視線から感じた嫌な感じもきっと気の所為、そこから感じ取れた嫉妬のような感情もきっと気の所為だ。
締めくくり、思考を止めて空を眺める。
月は上弦。美しく青みを帯びた光を俺たちに注いでいる。
その輝きは今空に無き太陽から放たれ、月により一度殺されたモノ。月の光は反射による産物。
月と言う鏡面に映る幻想の光。
その在り方は壬空にどこかが、
どこかが似ている────
────それにしても、アノ結果は奇想天外な物だった。
朱美さんは思考する。
それは先の比率の結果、宿り主の魂の有り様。一霊四魂のその現状。
奇想天外で有った理由、それはただひとつ。
奇魂が異常に多かったのだ。
本来人間は和魂、荒魂、奇魂、幸魂が均衡を保った状態になっている、魔術師や陰陽師にしても和魂か荒魂が多い程度だ。
奇魂が多いなんて事は通常ありえない事なのだ。
もしかしたら、ここに来た次の日に夜行に襲われたのはこれが原因だったのかもしれない。
妖怪は人間を襲うが、そこは力を得たいと言う理由がある。人間の持つ陰の一霊四魂が得たいからだ。
人間の中には、先のように魔術師や陰陽師が居る。その者たちの中には初めから何らかの能力を持って生まれてくる者が居る。
出来る事ならそう言った能力を持つ者を‘喰らい’自身の力にしたいのだろうが、その数は少ない。
だから多くの人間を喰らい、その蓄積から力を付けて行くのだろう。
しかし夜行はどこか違った。気と何かを嗅ぎつけていち早く壬空をク喰らってしまおうとしていた。
そこには何か情報があったのか如何かはしらないが、どこか不自然なタイミングだった。
アレは一体どう言うことだったのか、まぁ今の所こんな事は考えていても仕方がない。
暇だし今は壬空と話でもしていよう。
《おい壬空。今どこらへんだ?》
《うおぉわ! いきなり何だ》
森を出てから話しかけていなかったからか、異様に驚く壬空。失礼な。
《うおわって何だ、うおわって。
まぁそれは良いや、で、今どこら辺?》
《ん、もうすぐ森につく所。強化はしてるけどそろそろ疲れたから変わってくんない?》
《ハイよ》
刻印に接続、全身の制御権が一気にこちらへと移ってくる。
見れば、眼前には鎮守の森。壬空は案外粘って走り続けていたようだ。夜眠ったらこっちの精神世界で偉い偉いでもしてやろうか。
《ほぅ、案外強力な結界だな》
視界に入る森とそれを覆う結界、それには濃い陽気が張り巡らされている。この感じはきっと咲良だ、と言う事は現在契約をしている壬空の身体なら結界はすり抜けられるだろう。
そう考えた瞬間に、足を森へと踏み出す。
思った通り、結界に必ずある対侵入者用の攻撃が発動しない。
と言う事で、記憶に有るあの屋敷への道のりをずんずんと進んでいく。
暇だ、壬空にでも話しかけるか。
《なぁ、壬空。起きてるか?》
《……一応は》
走り続けて疲れているとは言え、反応が遅い気がする。普通に休ませてやるか。
《やっぱ良い。ちゃんと休んどけ》
《了解》
簡素な返事だ。やっぱり疲れているのだろう。
肉体的な疲れは精神にそのまま来る。偶に肉体の疲れとはそのまま精神の疲れにつながると言う奴が居るが、それは少し的を外してしまっている。と、言うよりも、全くの逆だ。精神の疲れが肉体の疲れなのだ。似ている様で全く逆。まぁ、言いたい事は、肉体は精神に引き摺られると言う事か。
これはアイツも解っている。だからこれの活用法を教えてやろうと思っていたのだが、休んでいるのだから仕方がない。
と、そろそろ見えてくる頃か。
壬空が助けたガキの声も聞こえてくる。
「おいしいよ、咲良ちゃん!」
「ありがとう」
それに、うまそうな匂いもしてきた。腹も減ってきたし、そろそろ飯も食いたい。
壬空は寝ているし、オレがまぁ食っても良いだろう。
そう思い、走り出す。
何だか最近は食べ物を一切腹に入れていなかった様な気もする。
速く何か胃に入れてやりたい。
食欲に従順な、朱美さんでした。
ニ週間以上更新して無い気がします。申し訳ありません。
精神的にも肉体的にも悶えています。
そろそろ第弐章に出来るよう、スパートをかけなければならないと思っているのですが、筆が進みませんこれが俗に言うスランプ?(きっと違う)
では、また次回に(*^_^*)ノシ
追記
4月19日
‘一霊四魂’
心は、天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂から成り立つという考え方。
「一霊四魂」とは、人間の心は四つの魂から成り立ち、それらを一つの「霊」がコントロールしていると考える。それぞれの魂には、荒魂、和魂、幸魂、奇魂という神様の名前がついており、それらを統括するのが一つの霊で、直霊である。これが人間の一霊四魂という「心の構造」である。
荒魂には勇、和魂には親、幸魂には愛、奇魂には智というそれぞれの魂の機能があり、それらを、直霊がコントロールしている。簡単に言えば、勇は、前に進む力、親は、人と親しく交わる力、愛は、人を愛し育てる力、智は、物事を観察し分析し、悟る力である。
これら4つの働きを、直霊がフィードバックし、良心のような働きをする。例えば、智の働きが行き過ぎると「あまり分析や評価ばかりしていると、人に嫌われるよ」という具合に反省を促す。つまり、この直霊は、「省みる」という機能を持っている。
以上、某ネット百科事典より抜粋
この小説における一霊四魂の在り方はまた今度の投稿に合わせて行いたいです(汗
追記②
五月三日
この小説内における一霊四魂の扱い。
この小説内では、四魂の機能はそのままに反転と呼ばれる現象がある。
その反転が起こった魂は名が一つずつ変わり、荒魂は争魂となり、和魂は悪魂、幸魂は逆魂、奇魂は狂魂となる。
この名が示すのはその魂の形、魂が反転をすれば気も反転し、形も変容する。それは、人間が堕ちると言う事。
陰の気は陽の気へ、その中でも妖気と呼ばれる禍々しいモノへ。
形状はまさに怪しきモノノケ。奇奇怪怪なる妖怪のモノ。
一部の魂のみずば抜けている者は、気も強く反転をしやすい。
そのため、朱魅夜は壬空の奇魂が異様に強い事に反応したのである。
と言う事でした。今後は出来うる限り設定は小説内にちりばめれるようにしたいものです。ではまた。(*^_^*)ノシ