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奇怪な境界  作者: 間和井
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第十三話 紅葉は再び舞い戻る

 案外いけました。

 投稿です。

 天空には、真紅に染まりゆく雲。

 大地は、燃え盛っているかのように真っ赤な光を反射する。

 山の後ろに隠れた太陽は、怪しいアカ色を生み出し続けている。

 時は黄昏。場所は草原、地名は知らないが美しいところであるところには変わりない。また何時か来たいものだ。

 一人、男が真っ赤な草原を駆ける。

 その姿は、この彼岸ノ國では珍しい黒髪に、更に珍しいジャージ姿。

 白銀ノ國ならば稀に見かける事があるのだが、ここは殆ど昔の日本の彼岸ノ國なのだ。ジャージは少し、いや大分目立つだろう。

 その顔には天の雲と同じ真紅の仮面が着いている。 


 これだけ良く表現すれば少しくらい格好が着くかとも思うが、そうは問屋とんやおろさない。

 いつぞやの紅葉マークが男────明宮あけみや壬空みそら────のほおに再来しているのだ。

 しかも、今この時季の紅葉こうようした本物の紅葉よりも鮮やかに。

 咲良は、それはそれは良い音を鳴らしてくれたものだ。

 オレは、その光景のみを内側で眺めていた為、痛みは伝わらなかったがアレは大分痛かったろう。

 まぁオレはその、のたうち回る壬空を笑い続けた訳だが。


《やっぱお前、趣味悪いな。この前ちょっと見直してたんだけどなぁ》

《当然だろ? オレは生粋の鬼なんだぞ》


 嗚呼、面白いからまた思い出して大笑いするとしよう。






 ◆ ◇ ◆






 それは、咲良に事のあらましを大体伝え終えた後。


「では、本当に壬空がアレをやったと言うのだな?」

「ああ、そうだ。記憶は、もやがかかったようだけど、明らかに俺がやった筈だ」

「そうか、哀しいモノだな」


 内臓は大抵復元し終えたのか、筋肉などが回復し始めた二つの肉塊を咲良が親指で後ろに指さしながら問う。

 それに壬空が答えて、咲良が顔を歪める。


「では、われの方が通貨は多く持っておる。この子たちは妾が連れていくが良いか?」

「ああ、そうしてくれると助か、ツウッ……!!」


 突如、光り輝く右腕の刻印。

 それは何時も、壬空には痛みを伴う事。今回もそれは違わない。だが、それに壬空は歯を食いしばり耐えている。


「何が起こっている……!?」


 壬空は、身体の奥底から沸き上がってくる何者か、いや、何者かは解っているだろう。

 確実にあの朱色の着物を着た鬼、朱魅夜童子だ。

 何故だ? 何故今になって?

 

 そんな言葉が壬空の脳裏を駆け巡る。

 すると、その回答の望めぬ筈の自問には他者の答えが返ってきた。


《そんなの、この刻印を刻みつけた奴が、オレの意見に賛成したからに決まってんだろ》


 一瞬で、世界は暗転。

 場所は朱魅夜の祭壇の上。

 そして視界が元に戻る。戻った視界は空間に投影された偽物だが、リアルタイムで映し出されているようだ。


 一秒して、刻印の発光は収まった。

 そして、

 そしてなんと、身体の使用権が朱魅夜の方に移っているのだ。

 こんな唐突な変化は今までで殆どなかった。

 驚き見上げる内側の壬空とは対照的に、外の朱魅夜は俯き嗤っている。

 まるで、何も出来ぬ壬空が心底面白いとでも言うように。その口元は三日月のよう。


「……名前は付けていたが、契約はしてネェからな」

「何じゃ? どうしたのじゃ?」


「《んだこれはッ!》」


 怖気が走るような空気の振動に、壬空は身を抱き一言口にする。


《契約すんのさ》


 すると上空から声が返ってきた。

 その言葉は簡潔すぎて、これからするであろう行動が解らない。


「《どうやって?》」

《契約の仕方なんて相場は決まってんだろ》


 回答は行動で示された。

 上空から降ってくる声と同時に、投射された自分の左手が咲良のあごに折れていない左手を当て、顔をよせる。


 突然の行動に、咲良は驚愕し眼を見開き機能を停止。

 そのまま他人に使用された自分の身体は、咲良のくちびるを奪う。


 瞬間、刻印は明滅し世界は反転した。

 視界いっぱいに肌色が見える。

 それは驚き、全機能を停止した咲良の顔だ。

 それが見えると、壬空は瞬時に唇、左手、密着した身体全体を引き離し、咲良の眼の前で右手を振り正気を確認する。


「だ、大丈夫か?」


 壬空は自分自身、動転し顔を紅潮させていたが、咲良の正気を確認することを先にしていた。

 だが、それは行動を起こした身体の所有者がすべき事ではなかった。


「大丈夫か、じゃと?」


 硬直していた咲良は、壬空以上に動転し、顔を真紅に染めていたのだ。


「そ、それが人の、人の唇を……」


 感情が爆発し、呂律が回っていない。

 その瞳には涙が浮かび始めている。身体は震え、全身から陽気が溢れ出ている。

 陽気からは、咲良の強い思いが染み出している。

 よくも、よくも、

 その言葉が、頭の中を駆け巡る。

 

《よくも、一度も、誰とも交わした事の無い接吻(せっぷん)を……!》


 強い叫びは、心の奥から沸いてきた。

 それはどう言った事だろう。

 そう直感的に思う壬空ではあるが、損の事を熟考するだけの執行猶予を与えるほど咲良は優しくないのだ。

 大きく開いた左手を天高く振り上げ、そこから空気を唸らせ、壬空の顔めがけて振りきる咲良。

 壬空は咄嗟に両腕で顔を庇おうとするが全く間に会わない。両腕が胸の高さまで来たところで、咲良の左手は振り切られていた。


 空気がパンパンに詰まった風船に針を刺した時のような音。

 そして、地面を滑る音。


 この二つが示すのは、壬空が強烈なビンタをかまされたと言う事だ。


いたた……」


 地面に転がりながら、痛む頬をさする私刑囚。

 それを起こした私刑執行人は、壬空を上から見下ろしている。

 その表情は、般若の如く、その気配はおよそ鬼をも畏怖させるだろう。


「立つのじゃ、壬空。お主の罪は、この程度ではすませんぞ」

「痛ッ……!?」


 咲良は、壬空の襟首をつかみ上げる。

 それは折れている右腕にも負担をかける。

 だから、とても痛い筈……

 なのだが、全く痛くない。


「アレ?」

「妾は立てと……!」

「治ってる! 治ってるぞ咲良!」


 いつの間にか、壬空の右腕は完治していた。

 どう言った原理なのだろう。

 そう思った矢先、頭の奥の方から咲良がする。


《何じゃと……!? 完全に折れていた物がこんな短時間に!? 有り得ない!》

「そうだ、有り得ない。けど治ってんぞ」


 その声に、壬空は答えた。

 すると咲良は驚きを露わにした。


「壬空、どうして妾の心の声を聞いた?」

「は? 咲良が言ったんじゃないのか?」


 うろたえる咲良に、壬空は平然と答える。


「私が思った事ではある。じゃが、それは思った事じゃ! どうしてお主が聞けたのじゃ」

「んな事言われても」


 責めるようにして言われ続ける壬空には、あいにく回答は出来ない。

 訳の解らない状況に悩んでいると、



「このオレが教えてやるよ」



 壬空の意識はいとも容易く反転した。






 ◆ ◇ ◆






《ハハハッ、何度思い出しても笑えんぞ!》

《だから静かにしろよ。俺らはこれからここの土地神様とやらの所に行くんだろ?》


 野を駆けながら、壬空は朱魅夜に注意をする。

 そう、彼らはこれからここ、茜町周辺の地を概念的に守護する土地神様の所へ行く事に成っているのである。


《そうじゃ朱美。それにお主その口調もただすのじゃ。土地神様に失礼じゃろう》


 壬空の言葉の後更に追い打ちをかけるようにして言葉を放つ咲良。

 彼女の考えも壬空と同じのようだ


《だから、咲良。お前はオレに指図すんなっつの…! 俺の方が生きてきた年月も、陽気の質も量も上なんだからな…!》

《それがどうしたと言うのじゃ、乙女の唇を奪った罪、例え女子おなごであろうとも、否、女子だからこそ許さぬぞ!》


「ハァ……」


 壬空は、自分の頭の中で繰り広げられる口論に、既に疲れてきているようだ。






 ◆ ◇ ◆






 先程と同じ感覚。

 目を開ければ、そこは朱魅夜の精神世界。

 瞳に映るのは紅い世界と、神聖なる祭壇。その上には自分自身が座っている。

 更に、目前には投射された現実の映像。上空からはその口論の様子がありありと分かるほどの大声が降ってくる。


 こう連続して来る事になると、直ぐに慣れてしまうのが人間と言うモノなのだろうか。

 人間の長所と言えば、順応性と、創造性。

 創造性がどうかは知らないが、壬空はここ数日で順応性が異常に磨かれてきた。

 何だかもう慣れてしまったようである。


 一つ溜め息を吐き、ゆっくりと座り映像を見つめる壬空。

 その顔には、この世界にも引け劣らないほど赤い紅葉マークが付いている。

 ……とてもシュールだ。


 それはそれとして、先程口論と言ったが、その内容は壬空の人生の中で初めて聞く題材によるものだった。

 題して『乙女に対する初めての口吸ひ(ファーストキス)の罪とその罰について』だ。

 今まで生きてきて一度も異性と付き合ったことの無い、しかも親以外の多くの接点がある女子と言えば腐れ縁の幼馴染みしかいないのだ。

 壬空には理解が出来なかった。

 頭上で繰り返される、「妾の手によって黄泉路に旅立たせてやる!」だったり、「何じゃと! 精神は女子じゃと!?」なんて言う怒鳴り声も、「このオレがそう簡単に死んでたまるかよ~」や、「てかオレ自身は女だし……」と言った相手をおちょくるような言葉は大抵聞き流している。

 その眼が見ているのは先程助けた少年少女の二人。

 二人は口論する壬空と咲良を見て、目を白黒させている。

 じっと見ていると、女の子の方は何かに気付いたのか手を振り始めた。

 今まで中学や高校で身につけた処世術「手を振られれば反射的に振り返す」が発動。

 自動的に壬空の腕は動いていた。

 すると如何だろう。

 少女は満足したように頭を上下に振り、笑顔になって手を振るのを中断した。

 きっと勘違いだろうと思いながらも、何か因果関係があるのではないかと、壬空は考えてしまう。

 だが結論は決まっている「解らない」のだ。この境界には今までの常識は通じない。それはここ数日で壬空が学んだ数少ない教訓だ。

 事実、壬空には解らなかった。

 そう結論付けると、先程まで大きかった上からの声が小さくなり指向性を持って己に送られているのだと分かる。


《おい壬空。行くとこが決まったぞ。この地の土地神の所だ》

「《なんじゃそりゃ》」


 土地神。

 その単語は理解不能。

 言霊の事を言っていた中学時代の友人がなんか言ってた気がするが、壬空もそこまで覚えちゃいない。

 思った通りに疑問を口にする。


《まぁ、道中で説明すっから、今はオレと〝代われ〟》


 その言葉への答えは、何だかいつもと違い疲弊した感じの朱魅夜童子声だった。

 答えとは言えないかもしれないが、一応回答としての返事はその言葉だったのだ。



 発光する右腕の幾何学模様────魔術の刻印────は、痛みもせずにすんなりと壬空と朱魅夜を入れ替えた。



 開かれたまぶたの前では、咲良と子供二人が移動の準備をしていた。

 きっと咲良がやったのだろう。二人は全く痛くも痒くもなさそうに笑って作業をしている。傷はもう平気なようだ。

 その点壬空は駄目だ。引き裂いたシャツから入る風が寒い。

 だから着ているジャージのジッパーを首まで上げて、せめてもの悪あがきを行う。

 すると、作業をしていた少女が直ぐそこに来ていた。

 その顔は笑顔。

 まるで天使の頬笑みのように純粋な喜びの表れ。


「お兄ちゃん。さっきはありがとう」

「あ?、ああ。どういたしまして」


 その笑みから出された言葉は、感謝の言葉。

 少し時間が立っていたため、ド忘れしてしまっていたが、壬空もそれに思い至り、返事をする。


「壬空。妾達は先家まで行っておくからの」


 その直後、咲良が出発を宣言した。

 その顔には何だか複雑な感情が込められているようだ。


「ああ、俺はトチガミの所に、だったか……」

「そうじゃ土地神の所じゃ」

「お兄ちゃん、またねー」

「またあとでねー」


 ひとり言のようなモノにいくつもの返事が返ってきて、反射的には返せなかった。

 だが、身体に染み付いたものごとと言うモノは凄いモノで、二秒ほどで壬空の口は反応した。

 遠ざかる、また今度と言う子供二人に、同意を示す咲良に対して大きく息を吸い、


「じゃ、またなー!!!!」


 出せる限界の声を出して、再開の約束を交わす。






 ◆ ◇ ◆






 場所は森の中。

 ミズハと咲良の守る‘鎮守の森’とは真逆の場所に有る大きな森の奥深く。

 あの戦闘から一時間が過ぎただろうか、既に頭の中の二人の声は静かになっている。

 その理由は、目前の祠なのだろう。

 今の所人間である壬空には余り分からいが、その呼称に〝神〟と付いているのだ。

 一階の妖怪や式神風情は黙らなければならないほどの威圧感を秘めた結界が張られでもしているのだろう。

 その祠の隣には〝ヒノキ神〟と、古風な字で書かれた石碑が立っていた。


「土地神様、か。ヒノキ神、どんな奴だろう」


 呟く壬空。



『なんだ! この私の名を呼ぶのは何処のどいつだ!』



 沈黙のみが返ってくるはずのこの場所で、一つ大きな声が響いた。



 爪が剥げたり、風邪をひいたり色々あったけど、今月初の投稿です。

 よくヘマをしますが、

 今月もよろしくお願いします。<(_ _)>

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