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奇怪な境界  作者: 間和井
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第十一話 鏡面、混沌の蜃気楼

 男達に憤怒の視線を向ける壬空は、強化した身体で戦闘を開始した。

 

 振り下ろされた拳を、変化した右腕で掴み取る。

 掴み取った衝撃は、‘陽炎(カゲロウ)’のおかげかそれ程でもない様だ。


ゆるさねぇぞ。手前てめえら」


 ドスの利いた声。

 コイツもこんな声が出せるのか。と、朱魅夜童子アケミヤドウジは感嘆する。

 朱色の鬼面に隠された表情は、真実鬼の如き形相。

 まるで、本物の鬼を目の前にしているかのように、壬空に話しかけられた男共は押し黙る。

 

「手前らは、こんな幼い子供に手を出した。どんな理由が有ったとしても、俺はそれを赦せネェ」


 魔術式は、揺れる感情に反応してか、一瞬にして焔へと姿を変えた。轟々と燃え盛る右腕の焔は三人の男、否、壬空の腕を掴む男に恐怖を覚えさせた。


 ‘陽炎(カゲロウ)’それは火焔という属性を持つ陽の術。

 右腕に刻まれた魔術式により、再現された朱魅夜童子の陽気により形作られた暴力の形。


 自然現象としてのカゲロウは色無き空気の揺らめきだが、この陽術‘陽炎’は儚きそれとはわけが違う。

 術者、もしくはそれに準ずるもの以外には、ほんの少しの空気の揺らめきにしか見えない。

 だがその実、陽炎を使う術者の身体に触れれば有り得ないほどの熱さを感じる不可視の劫火。

 それこそが陽術‘陽炎’。

 本来の術者である朱魅夜童子には見えているが、現在の術者から明確に「敵」であると認識された三人組には全く見えてはいないだろう。


「アァァァアア‼」


 揺らぎは男に触れた。

 そして、熱に耐えきれず、男は声をあげた。まるで、ここ境界に来た初めての夜に壬空が上げた叫びのような意味の無い声。


 瞬間、男は壬空の腕を振り払う。


 まるで、赤子が上げる初めての絶叫。

 その後に上げられたのは、ハァハァと言う情けない息遣い。


「なんだよ、テメェ」


 ただ(つか)まれただけだと思っていたのか、男は荒い息の間に疑問を口にする。

 だが、そんなものに意味は無い。今のコイツは止められない。

 暴走したコイツは何度も見てきた。

 喧嘩でも、口論でも、一度勝手に爆走を始めたコイツは何をしても止まらない。まるで自由を手にした奴隷のように。

 それがコイツに憑いているオレの影響なのか、それともあの愚かな父の所為なのかは分からない。

 だがまぁ、今は如何でも良い事だろう。


「おい、返事しろや!」


 男は壬空に殴りかかる。

 それと共に、仲間と思わしき左右の男も手を出してきた。

 短気なものだ。

 それに、道徳と言う物も全く無い。


五月蠅(うるせ)え。俺は手前らみたいな下種に名乗る名前は持ってねえんだよ!」


 強化により引き上げた身体能力で、襲いかかる男共の拳を完全に避け、喧嘩腰で言葉と共に拳を返す壬空。

 直ぐに壬空は、男どもに対し反撃に出る。

 その場で地を蹴り、一、二メートル程空いていた間合いを一気に詰め、壬空から見て右方向の男の顔に一撃を入れた。

 勢い良く男は吹き飛ぶ。だが、ここは狭い路地裏。何の店かは知らないが、その壁に後頭部を強打して男は動かなくなった。


「そうかよ! じゃあ、墓石に名前を彫る手間が無くなるなぁ!」

 

 中央に居た男の大声。近隣の店の店員は何時もの事として黙っているのだろう。

 壬空は中央の男に痛撃を加えるべく、肘から先の空間が揺らぐ右腕で、迫る中央に居たであろう男の鳩尾(みぞおち)を狙い肘鉄を行う。


「なっ、ギャアァァ!!」


 鈍い打撲音と、着物と身体が焼ける音。

 灼熱の(ほのお)(まと)う腕に触れ、余りの熱さに絶叫をあげる。

 壬空は腕を払い男を入ってきた方の道に飛ばし、最後の一人に顔を向ける。

 強化と変化の重ね掛け────しかも変化は陽炎を使用している─────をしている壬空と、ただ小さな子供に手をあげていたチンピラでは力が違う。


「はっ、陽術! そうか、お前人間じゃないのか! ならコッチも、それ相応の姿になってやるよ!」


 だが、倒れのたは中央の男ではなかった。

 意気揚々とした声が先程の質問の答えとして、その口から発せられる。

 この男は仲間であろうもう一人を盾にしたのだ。


「……なっなんだ、お前」


 壬空は、先程の男の言葉を、震える声で、鸚鵡(オウム)返しに口にした。

 声には先程のような怒気は殆どなく、瞳は驚きに満ちている。



 ────カゲロウは、揺らぐ 



 動揺する壬空とは対照的に、男はいたって冷静だ。


「いいぜ、答えてやる」


 男はその口端に冷笑を浮かべ、自らの名を口にする。


 「俺は変化と自然の妖怪(ようかい)。‘黒孤(コクコ)’と‘空狐(クウコ)’の息子。あざな飛乃(ひの)だ!

 さぁ、お前も教えろ!」


 その瞳は狂喜を灯している。

 口元の犬歯は鋭く尖り、先程まで普通だった爪は、刀剣のような鉤爪に変わっている。

 後方では漆黒の尾がヒラヒラと揺れ、ほんの少し見えている身体は、首から下が尾と同じ漆黒の毛に包まれていた。

 そして、最も大きな変化は、その身の発する気配。

 明らかに異常な程大きな陽気、(いや)、コイツのは妖気と言うべきだろうか。

 それは確実に、オレ、朱魅夜童子のモノとは違った凶々(マガマガ)しさを纏っていた。

  


 ────カゲロウは、揺らぎ揺らいで■を映す



 



 ◆ ◇ ◆






 ユラユラと振られる黒い尻尾。

 鋭利な鉤爪は、やろうと思えば一振りで俺の息の根を止められるのだろう。

 強化と変化、それに鬼直伝の‘陽炎カゲロウ’まで身に纏い、絶対的な優位に立っていると思っていた壬空は動揺する。

 飛乃と名のった男は、早くしろとでも言いたげに俺を見ていた。


「なんの妖怪の半妖だ? それとも、四分の一か? まずただの人間じゃねぇな。さっきオレの腕に触れたナニカは熱かった。

 基本属性は火なんだろうが、どんな火か、俺には良く分からなかったからな。さぁ、それまでは待ってやるから早くしろよ」


 仮面の下で、思案する。

 俺は人間だ。それも、昨日今日ここに来たばかりの。正直に人間だと言っていいのか、それとも言わない方が良いのか、俺には分からない。

 使用している術は、鬼の術と平凡な強化の術。体力は大凡おおよそ俺と同年齢の鬼と同じだと、この茜町に来る道中で朱美に教えて貰った。騙そうと思えば簡単に騙せるだろう。

 今まではごく普通だと思っていた俺だけれど、少々人間として普通ではなくなってきているようだ。

 それが知られるのは拙いかもしれない。なら、今回は嘘を吐こう。きっとその方が良い。


 腹は立つが、教えよう。


「ああ、分かった教えてやる。俺は最近普通じゃ無くなった人間だ。あざなは……」

 

 口ごもる。そう言えば、字とはなんだ? 「ミズハ」はそうなのだろうか、「咲良」は、きっと普通に名前で良いだろう。

 

《お前は姓名が有るんだから姓の方を名乗れば、呪いとかには使われねえだろ。

 少しは考えろ阿呆アホ


 心の底の方からの声。

 俺に寄生していると言う朱美さんだ。

 きっとアドバイスのつもりなのだろう。

 事実、これで不審がられるような事も無い。


「明宮だ」

「へえ、偽名だろうがまあ良い。お前の呼称に変わりは無い」


 人間だと言う事にも、オレ個人の名前では無いと言う事にも特に触れるつもりは無いらしい。

 大きな理由の無い不安が去り、ほんの少し壬空は安心する。


《莫迦野郎ッ! 目を離すな!》


 朱魅夜が言うと、その直後、飛乃は壬空の背後に移動していた。


「なっ……!!」


 叱責を受け、壬空は直ぐに反応をしようとするが、二倍になった反射神経でも追いつくことは出来ない。

 背に激痛が走り、肺の中の空気が一気に抜けて行く。

 正面から勢い良く壁にぶつかり、痛みが更に上乗せされる。

 

《気を抜いてんじゃねえぞ! 》


 これは戦闘だ、それも、人間とは違い何があるのか分からない妖怪との。

 絶対に気を抜いてはいけない。

 抜けばそれは、瞬時に致命傷へと変わるだろう。

 

「やめてっ!」


 聞こえてくるしゃがれた少年の声。

 背中の痛みを堪えて、先程よりも強く視覚を強化し、背後に目を向ける。

 けれど視線の先には路地の突き当たりと少年と少女が二人だけ。

 飛乃の姿は直ぐには見当たらず、周囲を見回す壬空。

 すると後方から声がする。


「ハハッ……。とんだ莫迦だなお前。

俺の目当てはあのガキのしていた、このネックレスなんだよ! お前はそこで寝て居やがれ!」


 ジャラジャラと言う音。

 そして、前方の少年が目を見開く。


「避けてお兄さん!」


 少年のしゃがれた声に反応し、咄嗟に地面を蹴りつけて左に避ける。

 だが、避けきる事は出来なかった。

 再度後方から繰り出された攻撃に、壬空は地面に激突する。


「フンッ、他愛もねえな。そう思うだろ? ケン! ホク!」


 違いない、そう言って、気絶させたはずの男二人が返事をする。

 声のした方から、微量の妖気が発生した。あの二人も、妖怪らしい。

 焦燥が、壬空の心を揺さぶる。

 それを見てかどうかは分からないが、飛乃が拍子抜けだとでも言いたげな声をあげる。


「もういい、詰まんねえ。お前らその三人片づけて早く来いよ」


 片づける、それは如何言うことだろうか。


 淡く、憤りが帰ってくる。この心を焦がすように。


 一瞬で、焦燥が消えていく。まるで最初からそんな感覚がないかのように。

 

 それに共鳴するようにして、身体の底から気力が溢れてくる。

 刻印が、輝き出す。

 陰気は、陽気に変わっていく。まるで溢れ出るようにして。

 

 息を吐きながら地面に接吻(キス)をしていた顔を上げ、左腕の力だけで身体を起こす。

 地に左右の足を順番につき、立ちあがる。

 右腕は、肩から折れていて動かない。だが、痛みはどこかに飛ぶように消えている。


 ────カゲロウは勢いを増していく


 轟々と、憤怒の感情が溢れ出て来る。

 

 人を、子供を「片づける」だと?

 それは、聞いた事がある単語。自分の母が、部屋のごみや、要らない物に対して使っていたモノ。

 遠い国では人身売買や、臓器売買と言った事がなされている。それは知識として知っていた。

 その事の書いてあった本にも、人を物として、それ以下として扱う物の事は無かった。

 人を売り買いするなんて事も許せない。

 けれど、それ以上に、あんな子供から物を奪い取り、それだけでなく「片づける」と言う言葉を向けた。

 

 心の底から、「赦せない」その一言が浮上する。

 

《なんだ、刻印に能力(チカラ)を吸われて……》


 膨れ上がる陽気に同調して陽炎が、強化がその効力を跳ね上げる

 そして、強化を上乗せした眼球が変化する。

 視界が、一瞬で白黒(モノクロ)の世界に変わっていく。

 その大半は、黒。世界は、墨をぶちまけたような漆黒に包まれた。

 けれど、二ヶ所だけ白い焔が浮いている。

 

 気分が悪い。


 世界のほぼ総てが、美しく黒い光に包まれていると言うのにそこだけが白い闇に侵されている。


 そうか、ならそれを取り除けば良い。


 誰かの声が聞こえた気がした。

 そして、それは名案だ。オれの気分を害するアノ白闇は、すぐにでも消し去ろう。

 だがどうやって?


 力を込めろ。陰気の力。陽気の力。魔力。その総てを、その眼に込めろ。


 聞こえてくる声に従い、余るほど有る陰気を、溢れ出る陽気、魔力を、世界を白黒に変えた眼球に込めて行く。

 すると、視界に焦点が無くなっていく。


《……めろ……!》


 世界が廻り、蠢くように、白と黒とが混ざり合う。

 この世界は、知っている。

 この世界は、


 ────カゲロウは、壬空の心を投射した






 ◆ ◇ ◆






《なんだ、刻印に能力(チカラ)を吸われて……》


 今主導権を握っているのは、壬空。

 そして、その心は揺れ動いている。幻想と現実の狭間である境界で、生まれたばかりの赤子の如く不安定に。

 刻印はその感情に漬け込み、オレの陽気を汲み上げていく。

 

 壬空は、オレの声に反応さえ示さず、何かに集中し始めた。

 視力を強化して、否、何か他の物を見ようとしている。

 ‘幻視’の魔術か。

 それは仮面に込めていない魔術。

 未だ、壬空のキャパシティでは、堪えられぬ代物。

 そんな物を使えば、眼球が耐えきれず最低でも片目の視力は無くなってしまうだろう。


《やめろ壬空! それは使うな!》


 必死に、ただ必死に呼びかけろ。

 壬空の持っていた焦燥が、オレの心に乗り移る。

 

 込められていく力の集合体は、常軌を逸している。

 何が起こるか分からない。

 そう叫び続ける。

 為り振りなんか構わず、声を荒げ続ける。

 十六年と言う短い年月を過ごした少年に不幸になって欲しくわない。


 しかし、壬空にその叫びは通じなかった。

 その術は実体を結び、男たちを圧倒する。否、焼きつくそうとする。


 右腕に巻きつくように顕現していた陽炎が昇華され、蒼色の幻火として、壬空の視界に映っていく。

 

 そして視界に映った蒼色の幻想は、現実になり替わる。

 蒼い鬼火は、妖気を焼き払う。

 在らぬ筈の火焔はここに居る二つの妖怪を、漆黒に塗り替えた。


「ハッ、ハハハハ! ハハハハハ……!」


 笑う壬空の目には、黒いナニカが満ちていた。







 これからはまず五千字は書いて投稿しようかと考えています。

 まだ一回で執筆可能な文量が少なく、投稿が一週間でできるか不安ですが努力していきますので、温かく見守って下さると幸いです。


 それと、受験に合格出来ましたので、執筆は再開できました。


 では、また次のお話で。

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