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奇怪な境界  作者: 間和井
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第十話  小さな勇者と大きな意地

 数人の男たちと、一人の少女。嘲る言葉とすすり泣く声。

 少年は未だ忘れぬ約束を守り、少女の前に躍り出る。

 好奇心で入ってみた、町の路地裏。

 見つけたのは、いじめの現場。

 泣いて、うずくまる女の子。汚い言葉を吐いて、暴力を振るう大きなお兄さん達。

 ────何? これ

 普通はみられる事の無いここは、このお兄さん達の格好の狩場なんだって。

 ────女の子、泣いてる

 お母さんは言っていた。いじめは、いけない事だ、って。

 お父さんは言っていた。止めない人はもっといけない人だ、って。

 いけない人は言っていた。誰かが止めると思ってた、って。

 ここに来てから、一度も忘れた事の無い思い出。

 ────お兄さん達、嗤ってる


 これが、僕の守る事。


 それが、僕の約束。


 だから、僕は、


 ────護らなきゃ






 ◆ ◇ ◆ ◇






 昼過ぎの、少し煩い喧噪の中。

 市場の片隅の団子屋さん。

 看板には、「茶飲み処、茜屋」と書いてある。

 午後、飯を食ってすぐに日本で言う、魚の競りみたいな物を大きな荷物を持って、走りまわらされた壬空はもの凄く息が荒い。

 朱魅夜の仮面を付けて、体力の強化を行っていてもこんななのだ。これ以上は動きたくない。

 それに対して荷物がほとんどない咲良達は涼しい顔だ。

 ミズハなんかは、町の子供や女の子とキャーキャー言って遊び始めている。

 気軽なものだ。


『よし、今日は良く働いてくれたな。壬空、ミズハ。これから夕方までは自由時間じゃ。各々に一万輪いちまんりんずつ渡す、黄昏時には家に着けるようにするのじゃぞ。

 では、解散!』


 解散! は無いと思うが、今の所それは如何でも良い。

 輪、と言うのはこの彼岸ノ國の通貨らしい。華の形に切られた硬貨だと思えば良いだろう。

 日本円と比べる必要はないが、一円と一輪は大体同じのようだ。

 その硬貨の種類も、日本円と余り変わらず、一輪が赤いタンポポ。十輪が青いタンポポ。百輪が黒いタンポポ。千輪になると、少し大きくした桜で黄色。一万輪は、銀の桜で、これ以上の効果は無く、単位は同じである。ついでに、呼び方としては、赤輪が一つ、青輪が一つ、とも言う。

 

 今回は、黄輪おうりんが十個のようだ。

 護身用の護り刀でも買えればいいが、一万程度で刀が買えるとも思えない。

 買えてナイフ程度だろう。それも、安物の。それくらいなら陰気を使って鬼面を刀にした方が安上がりだ。


『壬空、少し待つのじゃ』


 咲良は、黄輪を渡して、ミズハが町の子供たちと去った後も壬空と一緒に茜屋に居た。

 何か話す事があるのだろうか。

 

 団子を食べて待つとしよう。

 食い損ねたおかずの代わりに。


『……お主、魔術は何処まで使えるようになった?』


 質問は簡単なもの。

 だが、咲良の顔は真剣そのもの。

 この二日間で、咲良は悪い奴ではない事は分かっている。

 だから答えよう。


「それは種類も含めてだよな」

『そうじゃ』


 一つだけ有った疑問に答えて貰い、

 簡単な質問への回答を返す。


「種類は二つ。まず一つ目は、変化の魔術。一応同質量の物の形を変えたり、同じ形に造り直したりは出来る。

 次に、強化の魔術。これはここにきてから、あの異様な程多い荷物を持って運んで走り回っても、疲れるだけで済む程度までは強化できる。

 今、俺の使える魔術はこんなところか」


 これまでに使った、二つの魔術とその程度。

 おおよそ全部で三百キロは有りそうな荷物を指さして言う。

 変化と強化の魔術は、身体のどこかが触れて入れば刻まれた術式から魔力が流せるため、使う事が出来る。

 補足すると、魔力は刻印により、気が造りかえられたものだと考えれば良い。

 ついでに、強化は今の二倍の体力ぐらいまで。発動速度は約三秒程だ。 


『ほ、ほう、そうか。一日で二つか、それは……驚異的じゃな。

 それと、家の方向は分かるじゃろうな。最近は危ないらしいから、早く帰れるようにするんじゃぞ』


 魔術の基礎とも言える二つであっても、一日で習得した事に感心する咲良。

 本来は、一つの魔術の習得に、知識的な修練、肉体的修練、最後に刻印として身体のどこかに専用の魔力を出せる場所を作るため、丸一日を使っての彫刻作業が有り、一つの魔術の習得には、素人ならば最低三カ月は必要なんだそうだ。

 殆ど触れなかったが、荷物のくだりでは苦い顔をしていた。が、話を逸らした。

 

「ああ、来るときに頭ん中に入れといた。日暮れまでだな?」

『そうじゃ、日暮れまでじゃ』


 その時に何が起こるのかは知らないが、妖怪がいて、魔術があって、陰陽術もあるこの境界だ。ヤバい事が起こるのだろう。

 壬空はそう思い、聞くのはやめておく。

 

「分かった。じゃな」

 

 手を振り、席を立つ壬空。

 荷物は咲良がどうにかするらしい。

 

「なに買っとこっかな」


 さっきまで走り回らされていた市場には、興味深いものが沢山有った。

 どこから行こうか迷ってしまう。

 

『フゥ、われは何処から行こうかの。やはり、梅さんとこからか?』


 壬空の後ろでは、咲良が軽々しくアノ荷物を持ち上げ、同じように迷っていた。


 案外この二人は、相性が良いのかもしれない。



 


 

 ◆ ◇ ◆ ◇






「やめて!!」


 思わず、女の子の前に出た。

 お兄さん達の足や、手、汚い言葉が飛んでくる。

 痛い、けど女の子はもう痛くない。


「がぁっ」


 おなかに当たった。けど、我慢。

 お兄さん達の気が済めば、また何所かに行ってくれる

 痛いだけなら耐えられる。だから我慢。

 ここに来た日に教わった。お姉さん達が言っていたここのルール。

 嫌な事は、我慢をすれば早く終わる。


「ぎっ」


 背中がイタイ。

 殴られた。お兄さん達は、まだ帰ってくれない。嫌な事が終わらない。

 

「大…丈夫?」


 女の子が、泣きながら聞いてくる。

 僕は馴れちゃったから、大丈夫。でも、泣いてる君は耐えちゃダメ。

 お母さんは言っていた。「泣いている子は守りなさい」って。

 お父さんは言っていた。「女の子なら、怖がらせるな」って。

 だから、僕は嘘を吐く。


「う゛ん大丈夫。じょっど、待っでね」


 殴られて、声は少しおかしいけれど、女の子の前で嘘を吐く。

 お兄さん達のキックやパンチが、少し強くなった。

 左目が見えない。とってもイタイ。

 汚い言葉が大きくなった。

 手と足が止んだ。

 何でだろう。

 振り向くと、右目で見える。三人の内で真ん中に居るお兄さんは振りかぶる。

 多分もっとイタクなる。

 だから、目を閉じる。

  

 何秒たっても痛くないから右目を開ける。

 すると、




ゆるさねぇぞ。手前てめえら」




 そこには、正義の味方が立って居た。






 ◆ ◇ ◆ ◇


  




 壁に飾られた、いかにも良く切れそうな剣や刀。

 乱雑に置かれた隅の錆び始めた斧や槍。

 棚の中に入れられた、ナイフや小刀、包丁等の小さな刃物。

 茜町の中の刃物屋。

 壬空は仮面を外し、甲手にしてそこに居た。

 荷物を持って走らされていた間に、目星を付けていたのだ。


「なぁ、オジサン。この金で買える剣ってホントに無いのか?」

「無いって言ってんだろっ! そんな餓鬼ガキの小使いかき集めた程度の金なんかじゃ、錆びた剣でも売れるもんか!」


 何度目かの質問。

 それには、つれない返事が返るだけ。


《何買うのかと思ったら、刀買いに来たのかよ。刀買うんなら、最低その十倍は要んぞ》

《マジで?》


 外だけでなく、中からも呆れた言葉が飛ぶ。

 壬空の返事には、元気が全くない。

 こう言った体験は始めてだが、今後二度としたいとは思わない。


「スンマセンでした。また今度きます」


 肩を落とし、刃物屋を後にする壬空。


「冷やかしなら、もう来んじゃねぇぞ!」


 背後からの怒鳴り声。

 一本くらい買えるんじゃないかと思っていた分、ショックが大きい。

 

 扉を開け、出た場所は表通りと裏通りの境目。一歩進めば路地裏、と言ったところだろうか。

 溜め息を吐き、裏通りの方へ歩き出す壬空。


《おい、そっちは裏道だろ》

《良いんだよ。裏なら裏で、安いの売ってんじゃねえか? 朱美さん》

《だからその‘朱美’さんってのをやめろや! オレの名は朱魅夜だ! そんな人間じみた名じゃねぇ!

 お前の名付けた、時代遅れの咲良と違ってオレは名を教えたんだ! そっちで呼べや!》

 

 忠告への返答はふざけたけた言葉。

 流石に十回を超えると(超えなくても)鬼でも怒るらしい。

 頭が痛くなるほどの大声だ。もう言わない方が良いかもしれない。


《ん? なんか、音しないか?》

《またはなしを……! って、ホントだ。打撲音、か?》


 耳に届く程大きい、痛々しい音。

 たまに声が混じっているのが、少し強化した聴覚で聞き取れる。

 消していた仮面を、不格好だが即座に付け直す。

 

《おい、どうした。何故仮面を付けた?》


 魔術式を発動。

 己の陰の気を刻まれた刻印の力を借り、純粋な魔力に造り変える。

 魔力は十分、強化を限界の2倍にまで引き上げ、走り出す。 


《何考えてんだ? お前が行く必要があんのか?》


 打撲音に混じり聞こえる声は、年端もいかぬ子供の声。

 その声は濁り、うまく聞き取ることはできない。

 聴覚に強化を集中する。聞き取れ始めた声。


 ──大、丈夫?── 


 人を心配するような震えた幼い声。

 こんな声は聞きたくない。否、言わせたくない。


 ── う゛ん大丈夫 ──


 聞こえてきた。

 もう一つの幼い声は、まるで喉がつぶれているかのよう。

 しゃがれて、子供だとは分かり難い。


「見つけた」

 

 今、暴力は振るわれていない。


 再構成から30秒。

 魔術式は完全に起動している。


 これから造り出す魔力を、陽気に変更。


 再構成開始。


 構成確認。


 陽気の形は朱魅夜童子の技術、‘陽炎カゲロウ’を選択。実行。


 右腕の魔術式から造りだされる陽気は、ホノオへと形質の‘変化’を始める。

 漏れ出し始める火焔は朱色。


《お前っ、まだ使った事のない形質の変化を……!》


 視界に入るのは、声の主らしき子供が二人と同年代らしき男が三人。

 子供二人は蹲り、一人は泣いて、もう一人は泣いている子を守るように覆いかぶさっている。 


 一歩一歩、歩み寄る。


 守るようにしていた子が振り返る。

 左目は見えない様で、右目だけが開いている。


 三人の男の中の、中央の奴が振りかぶる。

 それと同時に大地を蹴り、間に入る。


 俺は、今まで自分の常識に従って生きていた。

 しかし、ここへ来て俺の常識は覆された。今までにないほど、明確に、完全に。



 振り下ろされる暴力。

 だが、その拳は届かない。俺が右手で受け止める。

「っなんだ、お前……!」



 だから、常識は捨てた。全部、受け入れる事にした。

 けど、俺は常識は捨てても、道徳までは捨てたつもりはない。


《……お前、馬鹿だな》


 ああ、俺は馬鹿だ。それに、まだ人間が出来てない。

 そんな俺は餓鬼だから、


ゆるさねぇぞ。手前てめえら」

 

 だから、簡単にこんな言葉を口にする。











 書けてしまいました。

 投稿です。

 私は時間を飛ばしたりしすぎな気がするので、これからは気を付ける事にします。

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