表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

7.二人の魔法使い

【ラヴェンディア・パンセ(17)】


淡い紫色の髪に、新緑の瞳。

実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。

十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。

冬のプチ・ウィンテルクシュ出身。



【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】


ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。

ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。

人と妖精とのハーフ。

本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。

夏のプチ・アスメルの森に住む。

雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。


 コン・ココココン。


 このノックは「夜食を持ってきたよ」の合図。




 枕に埋めていた顔をあげる。体が鉛のように重い。私は疲れた体を引きずって、のろのろと立ち上がった。


 パンセ伯爵家は、プチ・ウィンテルクシュでもっとも華やかな屋敷を所有している。けれども、その長女である私が暮らすのは、寒々しく粗末な部屋だ。


 半地下になっておりほとんど日はささず、一日中薄暗いのだが、いまは月の光がひと筋落ちてきていた。


 家具は古びた寝台と巨大な鏡があるだけ。


 乳母であるソレイユが、こっそりと温かい寝具を持ち込んでくれなければ、生きることさえむずかしかったように思う。雪の降る季節には、何度も命の危険を感じた。


 彼女がくれた毛布は、もし見つかっても取り上げられないような薄く粗末なものだが、不思議と一枚あるだけでぽかぽかと温かい。


 部屋にはふつりあいな鏡の前をよろよろと抜ける。これは、義弟が私に押しつけたもの。


「だって、幽霊が出そうで怖いんだもの」


 その一言で、廊下にあった鏡が、この部屋に運び込まれた。


 闇の中に白く浮かび上がる女に目をやる。その中に映るのは、幽霊のような私。


 痩せぎすで、目の下にはいつもくまがある。骨ばった細い腕に、使用人用のお仕着せ。


 このごろは、乳母が抜け出してくるのもむずかしく、ゆるくカールしたラベンダー色の髪の毛は、もうずいぶん長い間櫛を通していないので、鳥の巣のように絡まっている。


 手はあかぎれでひび割れたようになって、いつでもからからとした痛みがあった。


 これが伯爵令嬢だと言われても、きっと、誰も信じない。ーーそんな扱いを受けていた。





 実母の死がすべてのはじまりだった。

 それからしばらくして、父伯爵は後妻を娶った。彼女には連れ子となる、息子がいる。同い年の義弟だ。


 もともと私に関心を持たない父だったけれど、この出来事が私の人生を大きく変えた。







「綿毛の魔女? おとぎ話の?」


 ブルムフィオーレ王国には、有名な絵本がある。幼いころから、寝る前にくり返し乳母が読んでくれたのを思い出す。


 それは『綿毛の魔女』という物語だ。妖精魔道士エリアルらと肩を並べる、この国の三大魔法使いの一人。


 輝くような金色の髪を持つ、美しい魔女がいる。

 不老不死で何にでも変身できるのだという。

 綿毛の魔女は、愛と正義の魔女。


 曰く、恋を応援してくれる。

 曰く、悪人を許せない正義感の持ち主。


 彼女はその姿を蟻のように小さく変えることができ、悪しき魂を持つ人間に見つからぬよう、たんぽぽの綿毛に乗って移動しているのだ、と。




 その日の夜食は、チーズリゾットだった。ほかには何も口にしていなかったので、私は夢中になって食べる。


 ソレイユはいつも、私の気が紛れるように、いろいろな話をしてくれた。


「あら、おとぎ話ではありませんよ。妖精魔道士エリアルが実在するのと同じように、綿毛の魔女も実在します。

 それに、パンセ伯爵家は、綿毛の魔女の遠縁だと聞いたことがあります」


 乳母のソレイユは、彼女がいうには、綿毛の魔女はかつて、貴族の令嬢だったのだという。ダンディリオン侯爵家のはみ出しものと呼ばれていた。


 今でこそ憧れを持たれているが、当時、魔法の力は異端であった。

 この国では、魔法の力を持つものなどほとんどいないからだ。けれども彼女には、人に見えないものが見え、人にない力があった。


 彼女は家を捨てて、正義のために生きることにしたという。ーーなんて強い人なのだろう。


「私だったらきっと、力を隠したと思う。だって、追い出されたら怖いもの」


 ソレイユは申し訳無さそうに眉根を寄せた。私はしまった、と思った。


 この国ではほとんどいない褐色の肌。チョコレートみたいにおいしそうな焦げ茶色の髪。

 穏やかな顔立ちの中で、強い意志を感じさせる金色の瞳がよく目立つ、私が世界で一番大好きだった人。


 それがソレイユだった。



 実母が亡くなったとき、私は泣かなかった。


 貴族の家庭ではよくあることだけれど、私を育てたのは乳母であるソレイユだ。


 実母はすぐに感情的になる女性で、いつも父に怒鳴り、私にものを投げつけていた。


 ソレイユは何度も私と母の間に入って、怪我をしていた。子どもながらに、そんな母を冷めた目で見るようになった。






「私、エリアル様に会ってみたいわ」


 私は話題をそらした。


 ソレイユは目を瞬かせた。


「ウィンテルクシュは良い街なのに、他の領地から見下されているでしょう? それどころか昔は迫害されていたと聞くわ。それがなくなったのは、エリアル様が雪の中でも咲く花を作ってくださったからなのでしょう?」


 実母が亡くなる前は、ともに街に降りることもあった。


 彼女は私に愛情はないようだったし、あくまでも義務といった態度だったけれど、それでも、屋敷にこもりきりでいるよりは、街で過ごすほうがずっと楽しかった。


 特に好きだったのは、パンセの農園へ行くことだ。パンセ伯爵家の末裔だけあって、わが屋敷にも、パンセの育種場があるけれど、プチ・ウィンテルクシュでは、街全体でパンセの研究をしている。


 農園ごとに特色があって面白いのだ。


 たとえば、ある農園では、パンセの形状を研究している。通常は丸みのある花が咲くのだが、そこでは上二枚の花びらが、うさぎの耳のように細く尖っている。花そのものも小ぶりで、小さなうさぎの顔が並ぶように群生して愛らしい品種ができる。


 別な農園は、これまでにない色を探究している。パンセの原種は、濃い紫色だった。突然変異で出てきた真っ白なパンセとかけ合わせ、女性が好みそうな淡い色のパンセが研究されているのだ。私が視察に同行したときは、春の空のような、薄い青色のパンセが咲いていて、美しかった。





「ラベンダーお嬢様は、エリアル様を尊敬なさっているのですね」

「ええ、憧れなの。ーー私にも魔法が使えたらなあ」



 妖精魔道士エリアルが、夏の街プチ・アスメルで暮らしているというのは有名な話だ。ソレイユは、エリアルを見たことがあるのかもしれない。


 私は羨ましく思った。



 私がいうと、ソレイユは悲しそうに目を細めた。


「魔法を使えるのも、いいことばかりではないと聞きますよ。ーーでも、綿毛の魔女の遠い子孫であるお嬢様なら、もしかしたら、魔法が使えるかもしれませんね」


「あら。綿毛の魔女は家を出たのだから。私と直接血のつながりはないわ」


 でも、もしもそうだったら、どんなに幸せだろう。


 実家は寒々しいところだった。もしもソレイユがいなかったら、私はきっと、今の私ではなかったと思う。ーー今の自分も、きらいだけれど。








「おかあさまー?」


 遠くで義弟の声がする。私は思わず体を硬直させた。ソレイユが泣きそうな顔で笑って、私を抱きしめる。


「おやすみなさい、ソレイユ」


 うまく隠したつもりだったけれど、声が震えた。ソレイユが私を抱く力が強くなった。


「おやすみなさい、ラベンダーお嬢様」


「ーーお嬢様って呼ばないで」


 私が懇願すると、ソレイユは眉を八の字にした。


「おやすみ、ラベンダー。わたくしのかわいい義娘」





 ソレイユは私の乳母で、そしてお義母様になった人。

 あの寒々しい屋敷で、たった一人、私を気にかけてくれた人だ。









--------------------------------

memo

--------------------------------


【ムスカリ爺さん】

エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。


【ソレイユ】

ラヴェンディアの乳母であり義母。

褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。


【義弟】



・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。


・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。


・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている。





--------------------------------

ラベンダー! 植物図鑑

--------------------------------


可愛すぎるビオラ(実在のほう)の紹介。

ほしいけど手に入らなかったものではなく、実際に育てたものからお気に入りをピックアップしています。


気になる方は「ビオラ+品種名」で検索してみてください♪

ビオラは10月前後に出回り始めますが、珍しい品種は、夏から予約販売されているものもあります。


・青魔道士

・公爵令嬢

・水の精霊

・シェリルの片思い

・つぶらなタヌキ

・フライングサンタ

・サクラポーレ

・ムーンシャドー

・フロステッドチョコレート

・ブラックデライト

・ピンクアンティーク


※一部パンジーも含みます。



ブログ「365日のとっておき家事」内でも「ガーデニング」カテゴリでいくつか紹介しています。「青魔道士」「公爵令嬢」「水の精霊」など。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ