綿毛の魔女、縁結びのリボン(4)
それからというもの、子孫を見守りながら過ごすことにした。
年を取らないから、同じところに居続けるのは目立つ。各地に散らばった子孫たちのそばを、転々としながら過ごした。
息子は男爵から子爵になったが、ひ孫の代で伯爵になった。そのまた子どもは、噂に聞く妖精魔道士が生み出した花に夢中になったらしく、改名した。パンセ伯爵、と。
子孫たちは、だれもあたしに気がつかない。
だれにも近づけなかったし、危ないと思ったときも、病気で苦しんでいるときも、手を貸すことはできなかった。愚かな行ないをする者がいても、止める手立てもない。
苦しい日々だった。
けれども、あたしのことを知っている人がだれも居ない世界で、子孫たちのそばから離れるのは怖かった。足元ががらがらと崩れていくような不安があった。
そして、あの子が生まれた。
はじめてラヴェンディアを見たとき、あたしは驚いた。彼女の胸からは、金色のリボンが伸びていたのだ。屋敷の外に向かって。
けれども、彼女は虐げられていた。なにもしてあげられないのが歯がゆい。ーーだから、屋敷から逃げ出せたときは、心からほっとした。そして、彼女のリボンの“先”を見つけて、とても驚いた。
「あの子、なんであんなところに……」
いつものように見守りを続けていたら、ラヴェンディアはとてとてと酒場に入っていった。慌てて追いかけ、酒場に入る。
扉を開ける。すると、ラヴェンディアがこちらを見ていた。
「あの、いつも見てくれてますよね?」
あたしは思わず硬直する。けれども、続いたのは意外な言葉だった。
「お友だちになってくれませんか?」
それからの日々は幸せだった。
週に一度、ただのソフィとしてラヴェンディアと過ごす。長い生で、こんなふうに誰かと関わったのは夫だけ。
あたしはずっと彼女を見守るのをやめた。空いた時間は、綿毛の魔法で世界中を旅することにした。
そういえば、自分のために生きるのもはじめてなのだと気がつく。
ラベンダー--心の中ではそう呼ぶことにした--が、あの妖精魔道士に恋をしていることには気がついた。けれども相手の気持ちがわからない。
彼女の後見人である老人が死に、ラベンダーからしばらく来られないと連絡があった。あたしは、様子を見に森の屋敷へと出かけた。
あたしと同じく、この国の魔法使いとして名を馳せるエリアル。桃色の髪をした少年めいた男だ。
あたしは、改めて、二人の間に金色のリボンがあることを確認した。彼がラベンダーのことだけを特別視していることも、見ていればわかった。
何度も何度も縁結びをしてきた。だから、離れたところからでも、できる。
ふたりのリボンを硬く結び直した。なにか黒いもやのようなものが見えたけれど、特に気にとめなかった。だって、金色のリボンは、運命の恋人たちの色なのだから。
それがあたしの失敗だった。
あたしの外見は変わることがない。不審に思われないように、悲しいけれど、このまましばらくこの街を離れることにした。
そして、数十年がすぎて--。
もうあたしを知る者などいないこの街に、名を変え、髪色を変えて戻ってきた。
そして、ラベンダーとあの魔道士が結婚していないことを知る。
森の屋敷へと急いだ。けれども、間に合わなかった。
エリアルと協力して、時を遡った。
あたしの落下地点は彼よりも遅かったらしい。いつの間にか二人は結婚していて、思わず笑った。それから色々なことがあって二人は結ばれた。
安心した。
もう、子孫を見守るのはやめる。あたしも、自分のために生きてみる。
そう思っていた矢先の事だった。
「ソフィオーネ」
誰も気づかないはずの名前が、目の前の青年の口からこぼれた。
金髪で細身の、それなりに綺麗な顔立ちをした男だ。
「あなたは、誰?」
あたしは身構えて尋ねた。
彼はなんとも言えない顔で笑った。それはグレンが困ったときにする表情で。それからあたしの頭をくしゃくしゃにした。
あたしの知っている無骨な大きな手じゃない。抱きしめても腕が回らないような鍛え抜かれた体じゃない。
でも、--でも、あたしはこの人を愛している。
・・・・・・・・・・
不毛の大地と呼ばれた冬の街。
誰も気づかない、荒地の地下に巨大な鍾乳洞がある。
その中で、不老不死になった男が眠っていた。
いや、意識はずっとある。彼は、自分の実験結果を気にしていた。
唯一の友人、綿毛の魔女のソフィ。
彼は友にプレゼントをしたつもりだった。
ソフィと金色のリボンで結ばれた男に、何度でも転生する魔法をかけた。
実験台として選んだのは名無しだ。なぜなら、それがソフィにとっては良い事だと信じていたのだ。
そしてソフィにも同じ魔法をかけて、男のリボンの切れ端をしっかりと結んでおいた。不死になっているなどと知らずに。そこまで追いつめたのが自分だと知ることもなく。
名無しの魔法使いの心は壊れている。それがはじめからなのか、誰にもわからない。
「会えたかな」
彼は、唯一の友を思った。




