綿毛の魔女、縁結びのリボン(3)
本日、合計4話UPします。
次で完結です。
グレンの遺体は、見せてもらえなかった。
「ーー名無しの魔法使いの仕業です」
彼を慕う部下が、ぼろぼろと涙を落としながら言った。
この国では土葬が一般的だけれど、彼の遺体は骨になって戻ってきた。あたしは骨が入った箱を抱いて泣いた。
子どもの世話をすべて乳母にまかせて、あたしは使われていない屋根裏部屋にこもった。
そして、学園に通っていたとき、ひそかに書き留めていた魔法書の写しを引っ張り出してきたり、国営図書館に通ったり、グレンの職場であった王宮に入り込み、書物を漁った。活動資金を得るために、占いの仕事も再開した。
そうして春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎて、冬になった。
それは、新月の晩だった。あたしは禁書を漁って、その不足分を補うように自分で構築した術式を使って、夫を蘇らせようとしていた。
そして、失敗した。ーー彼は……。
ひとしきり泣いて、もう同じ実験ができなくなり、すべてを諦めるしかなくなった。今すぐにでも後を追いたかったけれど、ーーすっかり放置してしまっていたけれど、あたしには家族がいるのだ。
日常を立て直さなければ。
そう思い、子どもたちに関わろうと決めた。けれども、家族に近づけない。一定距離まで近づくと、子どもたちと自分の間を隔てる、目に見えない壁が出現するようになった。
そして、いつの間にか三歳になっていた子どもたちは、あたしのことを母と認識していなかった。そもそも、彼らの目に、あたしの存在が映っていないようで、乳母が慌てていた。
ふつう、禁術の代償は命にまつわるものだ。けれども、あたしの場合は、どうやら血の繋がった家族に関われないというものだったらしい。
これまでに占いで貯めた金はまだまだ有り余っていたから、そのほとんどを子どもたちの今後のために蓄えた。
そして、もう魔法使いであることを隠すのはやめた。
これまでにやってこなかった、戦うための魔法を研究することにした。
たとえば、相手に気づかれないように体を小さくする魔法。風魔法を使って目的の場所へ飛ぶ魔法。相手を吹き飛ばす突風。
その過程で、手紙を確実に届ける魔法だったり、自衛のための魔法だったりが生まれたので、それらを発表したところ、どんどん功績が積み上がっていった。
子どもたちには相変わらず“母”と思われていないようだったが、いつのまにか二人は成人し、しっかり者の妹は自分で縁談をまとめ嫁いでいった。
抜け目のない兄は学園を卒業したあと、騎士としてどんどん武勲を立てていった。
「そういえば、妖精魔道士のことはご存知ですか?」
そう言ったのは、あたしが魔道具を卸している商人だったと思う。
不老の少年魔道士がいるとか、彼がどんどん有用な魔法や道具を開発しているとか、そういう話を聞いた。
「今では、ブルムフィオーレの三大魔法使いと呼ばれているのですよ」
「三大魔法使い?」
「ええ。縁結びの魔女ソフィオーネ様と、妖精魔道士様。それから……」
そこまで言って、商人ははっと口をつぐんだ。
「名無しのこと?」
「ーーええ。彼の方は、他国から侵略されたとしても対抗しうるような魔道具を開発し、……興味がなさそうにその辺に捨て置いていますからね。国は彼を囲おうと必死ですが、なにぶん魔法使いなので捕らえることができない。
異常な人間性はともかく、才能で言うと、彼を超えるものはなかなかいない、と」
心の奥でふつふつと怒りが煮えているのがわかった。
「そ、それにしても」
商人は気まずかったのだろう。話題を変えた。
「ソフィオーネ様は、お変わりありませんね……」
「え?」
「いえ、わたくしめは、そのう……すっかり年老いてしまったでしょう。でも、あなたは出会ったころのままだ。少女のようにお美しい」
確かに違和感はあった。ーーけれども。
昨年、嫁いだ娘に子が生まれた。あたしは“祖母”になった。もしかして、あたしは、不老という対価を支払ったのではないだろうか。
娘が亡くなった。六十歳だった。
息子が死んだ。七十二歳だった。
墓の前で佇んでいると、誰かがあたしの肩を叩いた。
驚いて振り返ると、見知らぬ老人が立っている。
枯れ木のような佇まいで、生きているのが不思議なくらいの弱々しい老人だ。
「よお」
老人は、見た目からは考えられないような軽い調子で言った。
「友だちなのに、俺のこと忘れちゃった?」
「……友だちですって?」
「学園時代にさ、ちょっと話したじゃん」
老人が続ける。
そのとき、体中の血が沸騰するような怒りが駆け巡った。
「ちょ、……ちょっと待ってよ! まずは聞いてほしいんだけど」
あたしは老人に向かって魔法を放つ。老人はそれを打ち消すと、金色のきらきらした光をあたしに浴びせ、なにかを結ぶ仕草をした。
「おい、綿毛の」
「綿毛?」
「ああ。そう呼ばれてるだろう。お前。綿毛の魔女って……うっ」
あたしの放った魔法が、老人の胸を貫いた。
男はその場に崩折れた。名無しの魔法使いの最期は、あっけなかった。
夫は蘇らない。子どもたちも、もう居ない。
あたしは自ら命を捨てることにした。
それなのに、ーーどうして生きているのだろう。
愚かなあたしはようやく思い至る。そうだ、夫を蘇らせようとした対価は、不老じゃなかった。
不老不死だったのだ。




