表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/35

綿毛の魔女、縁結びのリボン(3)

本日、合計4話UPします。

次で完結です。

 グレンの遺体は、見せてもらえなかった。


「ーー名無しの魔法使いの仕業です」


 彼を慕う部下が、ぼろぼろと涙を落としながら言った。

 この国では土葬が一般的だけれど、彼の遺体は骨になって戻ってきた。あたしは骨が入った箱を抱いて泣いた。


 子どもの世話をすべて乳母にまかせて、あたしは使われていない屋根裏部屋にこもった。

 そして、学園に通っていたとき、ひそかに書き留めていた魔法書の写しを引っ張り出してきたり、国営図書館に通ったり、グレンの職場であった王宮に入り込み、書物を漁った。活動資金を得るために、占いの仕事も再開した。


 そうして春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎて、冬になった。


 それは、新月の晩だった。あたしは禁書を漁って、その不足分を補うように自分で構築した術式を使って、夫を蘇らせようとしていた。

 そして、失敗した。ーー彼は……。



 ひとしきり泣いて、もう同じ実験ができなくなり、すべてを諦めるしかなくなった。今すぐにでも後を追いたかったけれど、ーーすっかり放置してしまっていたけれど、あたしには家族がいるのだ。


 日常を立て直さなければ。


 そう思い、子どもたちに関わろうと決めた。けれども、家族に近づけない。一定距離まで近づくと、子どもたちと自分の間を隔てる、目に見えない壁が出現するようになった。


 そして、いつの間にか三歳になっていた子どもたちは、あたしのことを母と認識していなかった。そもそも、彼らの目に、あたしの存在が映っていないようで、乳母が慌てていた。


 ふつう、禁術の代償は命にまつわるものだ。けれども、あたしの場合は、どうやら血の繋がった家族に関われないというものだったらしい。


 これまでに占いで貯めた金はまだまだ有り余っていたから、そのほとんどを子どもたちの今後のために蓄えた。


 そして、もう魔法使いであることを隠すのはやめた。

 これまでにやってこなかった、戦うための魔法を研究することにした。

 たとえば、相手に気づかれないように体を小さくする魔法。風魔法を使って目的の場所へ飛ぶ魔法。相手を吹き飛ばす突風。


 その過程で、手紙を確実に届ける魔法だったり、自衛のための魔法だったりが生まれたので、それらを発表したところ、どんどん功績が積み上がっていった。




 子どもたちには相変わらず“母”と思われていないようだったが、いつのまにか二人は成人し、しっかり者の妹は自分で縁談をまとめ嫁いでいった。

 抜け目のない兄は学園を卒業したあと、騎士としてどんどん武勲を立てていった。









「そういえば、妖精魔道士のことはご存知ですか?」


 そう言ったのは、あたしが魔道具を卸している商人だったと思う。

 不老の少年魔道士がいるとか、彼がどんどん有用な魔法や道具を開発しているとか、そういう話を聞いた。


「今では、ブルムフィオーレの三大魔法使いと呼ばれているのですよ」

「三大魔法使い?」

「ええ。縁結びの魔女ソフィオーネ様と、妖精魔道士様。それから……」


 そこまで言って、商人ははっと口をつぐんだ。


「名無しのこと?」

「ーーええ。彼の方は、他国から侵略されたとしても対抗しうるような魔道具を開発し、……興味がなさそうにその辺に捨て置いていますからね。国は彼を囲おうと必死ですが、なにぶん魔法使いなので捕らえることができない。

 異常な人間性はともかく、才能で言うと、彼を超えるものはなかなかいない、と」


 心の奥でふつふつと怒りが煮えているのがわかった。


「そ、それにしても」


 商人は気まずかったのだろう。話題を変えた。


「ソフィオーネ様は、お変わりありませんね……」

「え?」

「いえ、わたくしめは、そのう……すっかり年老いてしまったでしょう。でも、あなたは出会ったころのままだ。少女のようにお美しい」


 確かに違和感はあった。ーーけれども。

 昨年、嫁いだ娘に子が生まれた。あたしは“祖母”になった。もしかして、あたしは、不老という対価を支払ったのではないだろうか。





 娘が亡くなった。六十歳だった。

 息子が死んだ。七十二歳だった。


 墓の前で佇んでいると、誰かがあたしの肩を叩いた。


 驚いて振り返ると、見知らぬ老人が立っている。

 枯れ木のような佇まいで、生きているのが不思議なくらいの弱々しい老人だ。


「よお」


 老人は、見た目からは考えられないような軽い調子で言った。


「友だちなのに、俺のこと忘れちゃった?」

「……友だちですって?」

「学園時代にさ、ちょっと話したじゃん」


 老人が続ける。

 そのとき、体中の血が沸騰するような怒りが駆け巡った。


「ちょ、……ちょっと待ってよ! まずは聞いてほしいんだけど」


 あたしは老人に向かって魔法を放つ。老人はそれを打ち消すと、金色のきらきらした光をあたしに浴びせ、なにかを結ぶ仕草をした。


「おい、綿毛の」

「綿毛?」

「ああ。そう呼ばれてるだろう。お前。綿毛の魔女って……うっ」


 あたしの放った魔法が、老人の胸を貫いた。


 男はその場に崩折れた。名無しの魔法使いの最期は、あっけなかった。


 夫は蘇らない。子どもたちも、もう居ない。

 あたしは自ら命を捨てることにした。








 それなのに、ーーどうして生きているのだろう。


 愚かなあたしはようやく思い至る。そうだ、夫を蘇らせようとした対価は、不老じゃなかった。

 不老不死だったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ