綿毛の魔女、縁結びのリボン(2)
ある日、それまでに見たことのない色のリボンを見つけた。それはこの国の第二王子の胸の辺りから伸びていた。
眩いほどの金色で、星のかけらを縫いとめたように輝いている。
リボンが伸びた先は、彼の兄である第一王子の婚約者の胸。ふたつのリボンは堅く結ばれている。
しかし、彼女の婚約者である第一王子の胸からは、妖しい桃色のリボンが伸びて、学園の下働きの少女のものと絡み合っている。
あたしは、二組がそれぞれ許されざる恋をしているのだと冷めた目で見ていた。それが違うとわかったのは数日後のことだった。
第一王子が、公衆の面前で突然婚約破棄を叫んだのだ。
腕に件の少女をぶら下げて。
婚約者の胸からは、第二王子に向かって伸びる金色のリボンだけではなく、第一王子に向けても、弱々しい真っ白なリボンが伸びていた。それは互いを結ぶものではなく、すがるように王子の腰に巻き付いている。
ただ、ほとんど消えかかっているらしい。前に見たときには気が付かなかったはずである。
「おまえのような女は、私には不釣り合いだ」
王子が言い放った。
その瞬間、真っ白なリボンは断ち切られた。
そして、ほかの誰も気づいていなかったけれど、眩いほどの光が広間に溢れた。驚いてきょろきょろしているのはあたしだけだった。
次の瞬間、あの金色のリボンがより存在感を増し、硬く結び直されていくのが見えた。
それからいろいろなことがあって--第一王子は失脚。
第二王子と元婚約者が結婚した。二人は共に高潔で清廉。互いのことを慈しみあっていることが伺えたし、その後の治世は穏やかだった。
あの頃は知らなかったけれど、金色のリボンは、運命の恋人たちの色なのだ。
まるで神が定めたかのように運命的で、障害があってもそれを乗り越え、互いをずっと信頼し合うものだ。
あたしに縁談が持ち上がったのは、金色リボンの二人が結婚したすぐ後のことだった。
そのころには「占い師」としての活動が軌道に乗っていて、実家から逃げ出しても十分やっていけると思った。だから、とりあえず会ってみようと軽い気持ちで見合いの席に望んだ。
「グレンだ」
その人は、とても大きな人だった。熊みたいに大柄な年上の騎士。角張った狭い額に、すっと通った鼻筋。鋭い鳶色の目。学園で見た貴族の男たちと違い、肌は日に焼けており、筋肉質だ。
もともとは平民だったけれど、なんでも功績をあげて男爵になったらしい。
その血筋からなかなか縁談がまとまらずにいたようだけど、あたしを厄介払いしたい父親がその話に飛びついた。
「ーーソフィオーネ・ダンディリオンです」
あたしと目が合うと、グレンは視線を柔らかくした。猛禽類のように鋭い目をしているのに、笑うとなんだか幼くて、可愛らしいと、思った。
目を細める。周りにいる人たちの胸元や腰のあたりに、さまざまな色のリボンがふわりと浮かんで見えるようになる。
「……ない?」
ところが、グレンのリボンはどこにも見当たらなかった。
少し安心した。結婚はすでに決定事項だったけれど、それから少しずつ二人で会うようになり、穏やかな時間を重ね、彼の元へと嫁いだ。
貴族にしては小さな屋敷で、使用人もほんの数人しかいない。裕福な平民に近い暮らしだったけれど、あたしにとっては気楽で、とても息がしやすい環境だった。
グレンはとにかくあたしを甘やかした。帰宅すると、無骨な手であたしの頭をわしゃわしゃとかきまわした。いつも小さな菓子を持って帰ってきた。
翌年には子が生まれた。男女の双子だった。
「名無しの魔法使い?」
グレンがいうには、近ごろ魔法使いの仕業だとしか思えない“虐殺”が相次いでいるのだという。
そういえば、学園にいたときに、不思議な男に会ったことをふと思い出す。
あの男も名無しと名乗っていた。胸の奥がざわざわとした。
「ーーああ。猟奇的な事件が相次いでいる。君もしっかりと施錠して十分用心するように」
「あたしなら大丈夫よ。あなたが思ってるよりずっと強いわ」
グレンは、いつものようにあたしの頭をくしゃくしゃとなでた。
あたしは結局、魔法を使えることを誰にも話していない。この国では目立ちすぎるからだ。外聞を気にする両親も、結局、魔法のことは隠し通していた。
「君は小さい」
グレンの目は、愛おしいものを見るそれで。あたしは嬉しくなりながらも、つんと横を向いて「あなたは本当に失礼だわ」と言った。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
グレンの向こう側から朝日が差し込んでくる。逆光になって、彼の表情はよくわからない。
それが彼に会った最期のときとなった。




