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綿毛の魔女、縁結びのリボン(1)

番外編 兼 後日談をはじめます。全4話、綿毛の魔女の物語です。

 綿毛の魔女だとか、正義と愛の魔女だとか、三大魔法使いだとか。

 いまのあたしはそんなふうに呼ばれているけれど、もともとはどこにでもいる陰気な娘でしかなかった。




 名門貴族ダンディリオン家に生まれ、幼い頃に魔力を持っていることがわかった。


 家族は喜ばなかった。どちらも魔力を持っていなかったからだ。むしろ、不貞の子だとか、妖精の取り替え子ではないかだとか疑われ、冷遇されることとなった。


 けれども、耳の形も、葉っぱみたいな目の色もすべて父と同じだ。お日さまみたいな顔の色や、厚めのくちびるは母のものだ。






 とはいえ、確かに両親はそれぞれ不貞をしていた。

 それを知ったのは、あるとき開花してしまった自分の能力のせいだ。


 それは七歳のころ。屋敷の離れに閉じ込められ、使用人たちがこっそりと差し入れてくれるものでなんとか生き繋いでいたときのこと。


 ある寒い冬の夜、高熱を出して死にかけた。

 死にたくないと強く願ったら、回復魔法が使えるようになった。そして、それ以来、人に見えないものが見えるようになった。





 はじめに気がついたのは、執事長と家政婦長の夫婦を見ていたときだった。


 ふたりの腰に紐のようなものが絡みついているのが見えたのだ。

 それは煉瓦のような深い赤。


 ふたりの動きに合わせて伸び縮みするそれがなにかわからずに、私は手刀をつくるような形で上からそっとそれに触れてみた。

 すると、その紐はぷっつりと切れてしまった。


 ふたりは落ち着いた同志のような雰囲気を持つ夫婦だったのに、リボンが切れた途端、互いに無関心になってしまった。会話もしない。目も合わせない。


 そんな日が何日も続いた。

 焦ったあたしは、ふたりの紐をぐいぐい引っ張って、固く結び直した。


 すると二人は元通り--いや、それ以上に仲睦まじい夫婦になったのだった。


 どうやらあたしには、人と人との恋や愛に干渉できる魔法があるらしい。のちにそれを「縁結びのリボン」と名づけた。


 けれども誰にも言わず、そのころにはすでに当たり前のように使えていた風の魔法だけを周りに見せた。






 よくよく観察してみると、リボンにはさまざまな色があった。


 茶会だったり、慰問だったり、--両親は外聞を気にするタイプだったから、そういうときだけは着飾られ優しくされた--、放置されていたのでときにはお忍びで街に出てじっくり見たりとしているうちに、リボンの色によって二人の関係性を読み解けるようになった。


 たとえば、限りなく白に近い薄桃色は、恋がはじまったばかり。

 赤は燃えるような激しい気持ち。

 蜜柑色は恋というよりも穏やかな信頼関係を築いた親友のような良きパートナー。


 それ以外に、血のような赤い色、妖しい桃色などもある。



 このリボンは、恋人や夫婦などの場合に見られるもののようだ。

 その関係性に名前がなくても、互いの気持ちが同じ場合--ちまたではそれを両思いと呼ぶらしい--にも現れると推察している。


 ただし、片方からの思いがあまりにも強すぎる場合、互いに繋がるのではなく、蛇が締め上げるように一方的に巻きついている事例も見られた。


 ちなみに、父と母のリボンは、いずれも妖しい桃色で、屋敷の外に向かって伸びていた。

 自分のリボンは、見えない。


 見たくないと願えば見ないようにすることもできたので、自分の能力を把握したあとは、基本的には見ないようにして過ごした。

 もちろん、干渉などもしない。




 気がつくとあたしは十六歳になり、貴族のための学園に通うようになっていた。


 屋敷で冷遇される日々ですっかりやさぐれていたあたしは、縁結びを通して小金を稼ぐことにした。

 もちろん、寝覚めが悪いから、縁を断ち切ったり、強制的につないだりといったことはしない。


 占いという形をとり、正直に「相性」を告げるだけ。

 当人同士の気持ちが一致していて、かつ、婚約者がいない者同士の場合ーーさらに相談者が好ましい清廉な人間だった場合ーーは、こっそりとリボンを結んでやることもあった。




「ねえねえ、なにか見えてるんじゃないの?」


 そう声をかけてきたのは、真っ黒な髪をした男だった。

 学園の制服を着ているけれど、名前がわからない。顔立ちも思い出せない。


 今考えると認識を阻害するような魔法を使っていたのではないかと思う。指摘されて驚いたが、知らないふりをした。


「ふーん。隠したい感じかぁ。まあいいけど観察させてもらうね」

「……あんた、だれなのよ」


 あたしが言うと、男はぱちぱちと目を瞬かせた。


「貴族のご令嬢がそんな口調だなんてびっくりだなあ」

「ーーあいにく放置されて育ってるのよ。不審者相手に取り繕う気はないわ」

「ふうん、おもしろいね」


 男はくつくつと笑った。


「えっとね、俺は、名無しって呼ばれてるよ?」

「なによ、ふざけないでよ」

「……ふざけてないんだけどなあ」


 男はぽりぽりと頭をかきながらそう言うと、「じゃあ、またね」と言って姿を消した。



 それからしばらく、何度か男が現れて、魔法について少し話をした。男も魔法使いなのだと気づいた。あたしたちは互いの詮索をすることなく、魔法談義をするようになった。


 今までは、一人ですべてを抱え、一人で調べてきたから、それは楽しく、ほっとする時間だった。


「あんた、なにか困ってるんじゃないの?」


 男は、きょとんとした顔をした。くつろげられた襟元から、痣がのぞいていたからだ。


「あんたは友だちだから教えるけど……俺さ、生まれ変わりの魔法を研究してるんだよね」


 男ははじめて笑った。それから学園で彼を見ることはなかった。




 --それにしても。男の胸からは、空に向かって真っ黒なリボンが伸びていた。黒いリボンは人と人とを結ぶことがない。一方的に締めつけるように巻き付くもの。

 それは、歪んだ執着の現れだ。


 それを言ってやったとき、男はくつくつと可笑しそうに笑った。そして、楽しみだと言った。


 のちの長い永い生を通して、あたしは、リボンが空に向かうのは、相手がまだこの世界に生まれていないときなのだと知ることになる。

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