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2.ムスカリ爺さん

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memo:

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【ラヴェンディア・パンセ(17)】

淡い紫色の髪に、新緑の瞳。十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。


【妖精魔道士エリアル(見た目年齢17歳/実年齢約300歳)】

ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。

ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。

人と妖精とのハーフ(?)


【ムスカリ爺さん】

エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。


・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。


・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。


 ムスカリ爺さんは、とにかくエリアルの世話を焼きたがっていた。


 エリアルが生活や研究をしやすいように物資を送ったり、私のような家政婦を紹介したのも一度や二度ではないようだ。ーーただし、なぜか皆解雇されており、ここまでもったのは君がはじめてだ、とたいそう喜ばれた。


 また、エリアル自身が使えるお金を工面することにも注力していた。時折屋敷にやってきては、役立ちそうなものを奪い取って、街で売りさばくのである。


 たとえば、庭の薬草や、彼が調合した薬草茶、軟膏など。いずれも王都から買い付けにきた商人に高値で売れるのだという。


 私は何をやっても人並みにさえならないけれど、きっと、エリアルが生み出すものが素晴らしいのは、才能だけではないのだろう。ーーそう思って、自分のできることは、何度も練習し、やり方を見直し、考え、新しいことを試すようになっていった。





「子どもの頃は純粋にすごいという気持ちでいっぱいだったんだがな。不老のまま長い時を生きられるなんて憧れだと」


 ムスカリ爺さんは、白くふさふさの眉を歪めた。それから細く長い息を吐いて、手元のカップを引き寄せ、こくりと喉を鳴らした。


「大人になれば怖いものなどなくなるのだろう。ーーそう思っていたのだがね。いまは明日が来るのも怖いよ」


 それは彼が初めて漏らした弱音だった。


 ムスカリ爺さんの奥さんは、生まれつき体が弱い。思いのほか長く生きたものの、人生の大半を寝室で過ごしたのだと聞く。


「エリアルの薬草茶がなかったら、ーーこんなに長く共に過ごすことはできなかっただろうな」


 ぽつりと漏らすムスカリ爺さんの目は、どこか遠くを見ていた。奥さんの咳き込む苦しげな声が響き、彼はぱっと弾かれたように駆けていった。後で送るから待っているように、と言い残して。




 雨上がりの空は、磨かれたように美しい。濡れていたであろうベンチは、午後の日差しですっかり乾いていた。



 私は、ベンチに腰をおろした。


 小さな庭には、所狭しと木が植わっている。屋敷の東側だけは、窓に合わせて花壇が作られており、背の高い花々が競うように咲いていた。


 寝室に面した場所だった。




「奥さん、もう永くないんですって」


 ムスカリ爺さんの隣人で、おしゃべり好きな奥さんだった。


 その目は、にんまりと三日月をふたつ並べたように笑って見える。私は不快感を覚えて、「そうですか」とだけ言った。


 この屋敷は、エリアルの住まいとは違い、家々が立ち並ぶ場所にある。静かではあるが、森のなかとはまったく違っていた。


 私は冷たく取られるような対応をしたが、彼女は気にしたふうもなく、あれこれと噂を吹き込んできた。


 私は一礼をして、室内に戻ることにした。





「ーーソレイユは元気?」


 唐突に飛び出した乳母の名に、心臓がはねる。


 振り返った彼女は、はじめて見る表情をしていた。その目には、純粋な心配しか浮かんでいなかったのだ。。


 私は首を横に振る。


「ーー実家とは連絡を取れていないんです」

「そう……」


 私は逃げ出してきたのだ。連絡を取りつもりはない。


 けれども、あの寒々しい家で彼女がどうしているのかを考えると、自分だけが逃げ出してきてしまったことを後ろめたく思った。



 屋敷の中から、私の名を呼ぶ声がする。ぺこりと一礼して、ムスカリ爺さんのもとへ駆け寄ろうとした。


「……もし連絡がついたらでいいんだけど!」


 隣の奥さんの声が、すがるように追いかけてきた。彼女は、帰ってくるよう伝えてと言った。





 私はずっと、この奥さんのことが苦手だった。


 詮索好きだし、噂好きだし。しかも、噂をばら撒く時は自分に都合のいいように、ほんのひとさじ、嘘というスパイスを加える。そういう人だからだ。


 でも、乳母のことを尋ねるときの表情には、嘲るようなものも嘘も見当たらなかった。


 そういえばソレイユは、この街の出身だったと思い至る。彼女は、義母の友人だったのかもしれない。


 そのときの私には、まだ友人と呼べる人が存在しなかったので、眩しく思えてならなかった。




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ラベンダー! 植物図鑑

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ムスカリ(Grape hyacinth)


・花期:春

・花言葉:「通じ合う心」など



極度の虫嫌いなのですが、ガーデニングに夢中です。作中に登場する花や、もととなった花などを紹介していきます。


ムスカリ、わが家の庭にも植えていました。可憐で清楚な花です……。


庭の写真はTwitter(@Rinca_366)にたまに載せています。

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