28.妖精魔道士が捨てたもの
ソフィは、食卓に突っ伏したまま、顔をあげない。
「どうしたんだ?」
「ーー終わってしまった」
「え?」
「もう、なにをしていいのかわからないの。ーーこんなに誰かと関わるのは久しぶりだったから……立ち直れる気がしない」
それは、ものすごくわかる気がした。クロッカスのときも、ムスカリのときも、僕はひどく憔悴した。
クロッカスのときは、少しずつ時が癒してくれた。ムスカリのときは、……ラベンダーが支えてくれた。
「きみは、どうしてラベンダーと?」
「あたしの子どもの子どもの、そのまた子どもの……。これまでずっと子孫を見守ってきたの。
とは言っても、制約があって、向こうが気づいてくれないとなにも干渉できないの。だから、いつも、……どんなときでも見ていることしかできなかった」
ソフィの目が暗くにごった。どんなときでも、という言葉に悲痛さを感じた。
「私の存在に気づいたのは、あの子だけだったわ」
彼女は懐かしむように言った。
「あの子、抜けてるでしょう?
とてとてと酒場に入っていくから、危ないと思って慌ててついていったの。
そしたら、いつも見てくれてますよね、おともだちになってくれませんかって。
不安そうに震えながらそう話しかけられて……」
僕たちは、それからひとしきりラベンダーについての思い出話をした。
「--あなた、不老なんですってね」
ソフィはすでに何本もの酒瓶を空けており、赤い顔をして訊いた。
「ああ。母が妖精で」
「知ってる。妖精魔道士サマだものね。--でも、死ねるんでしょう?」
「ーー君は、不老不死なのか?」
ソフィが、昏い目をして嗤った。
「馬鹿げたことをした対価よ」
僕は、夜中に精神が限界を迎えてラベンダーを蘇らせようとしたとき、何度もソフィに吹き飛ばされて意識を失ったことを思い出した。
「名無しの魔法使いに殺された夫を蘇らせようとして。その対価だった。
禁術には対価がいるでしょう?」
僕は頷いた。
禁術には対価がいる。--おもに、寿命にまつわるものだ。
蘇りの魔法を成功させたものはいないとされている。ソフィもそうだったのだろう。
そして、生の苦しみを与えられた。
けれども、普通は寿命を削られる。
「……はは」
「ーーなによ! なにがおかしいのよ!」
ソフィが顔を真っ赤にする。
「すまない。君を笑ったんじゃないんだ。ーーそうじゃなくて、どうすればいいかわかったんだ。一緒に戻ろう。
ラベンダーが居る世界へ」
きょとんとするソフィを急かし、僕たちは、不老を対価に禁忌の魔法を発動した。
それは「時昇りの術」という。
気がつくと夏の夕方だった。
厨房からバターのにおいが立ち上ってくる。
僕は階段を一気に駆け下りる。
そして、叫んだ。
「ラベンダー!」
ぱちんとなにかが弾ける音がする。
ラベンダー、僕はーー君を、愛している。




