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25. 溶けた初恋

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memo:

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回想編/ベリィ視点

 ラヴェンディアは空を背にして立っていた。


 はじめて見る意思の強そうな瞳に驚く。まるで別人のようだ。


 瑞々しい緑色の目が、宝石のようにきらきらと光っている。


 その中に、やつれた僕の姿が映っているのを見て、思わず苦笑した。

 もう何百年も変わらない、ひょろりとした少年の姿。




「ムスカリ爺さんのことで思い詰めているのではありませんか」


 ラヴェンディアは、控えめに言った。


「ーー人間なんか嫌いだ」


 思わずこぼした言葉に、ラヴェンディアは、くしゃりと顔を歪めた。

 それから、僕の手を引いた。




 華奢な体にどうしてこれほどの力があるのだろう。


 僕は、手を引かれて階段を駆け下りながら思った。


 勝手口へと誘われた。そして、いささか乱暴に胸を押された。


 涙をいっぱい溜めた目が見える。ふらりと体が傾いだが、ふかふかの羊草に受け止められる。


「ーーそこでちょっと待っててください!」


 彼女はそう言うと、厨房にぱたぱたと走っていった。






 羊草は、羊のようにふわふわした手触りの草だ。触れると爽やかな香りがある。


 僕は、その草の中に埋もれるようにして仰向けに倒れており、目の前には空と、木の枝だけがあった。


 ふわふわと流れていく雲。風が吹き抜けてきて頬をくすぐる。


 木の枝がしゃらしゃらと揺れる。その隙間から光が差し込んでくる。





 しばらくして戻ってきた彼女は、先ほどの乱暴な様子とはうってかわって、老人の看護をするかのように僕を扱った。


 ゆっくりと僕の体を支え起こすと、スプーンを口元に持ってきたのである。


 香草の香りと野菜の甘さが口いっぱいに広がる。


 それは、これまで生きてきた中で、なによりもおいしいスープだった。


「これ、友だちに教えてもらったんです。

ダンディリオンっていうお花のスープ。はじめて作ったんですけど、お口に合いますか?」


 僕はうなずく。


 彼女はほっとしたように息を吐いて、僕にスープを飲ませ続けた。




「おなかがすいてるのは、だめです」


スープ皿が空っぽになると、ラヴェンディアは言った。


「え?」


「それから、暗いところにいるのも、寝ないでいるのも、不潔なところにいるのも」


「……ふ、ふけつ……?」


「エリアル様は、人間のことがお嫌いかもしれません。あなたの唯一の友も、……もういません。

 でも、あなたを尊敬している人間はたくさんいます。特に、プチ・ウィンテルクシュの住民にとって、あなたは英雄です」


 ラヴェンディアは、まくし立てるように言った。そのまま僕を抱きとめて、そのあと、「も、申し訳ありません……」と真っ赤になって離れていった。


 彼女が片足をつかないようにしていることに気がつく。そして、研究室で硝子の道具を割ったことを思い出した。



 そのとき、僕の心の中に確かに芽生えた感情があった。


ーーけれども、それは僕も気が付かないうちに、()()()()()()()()()()()()()()






 思えば、はじめて会ったときから、かすかな違和感はあったのだ。それは魔力の残滓だ。


 ラヴェンディアの体から、ごくごく微量の魔力を感じていた。


 だが、あのパンセ伯爵の系譜だとすれば、ありえなくはないと見逃してしまったのだ。





 パンセ伯爵家は、綿毛の魔女であるソフィオーネ・ダンディリオンの嫁ぎ先だ。


 つまり、ラヴェンディアは彼女の遠い子孫に当たる。


 先祖返りが起こっていても不思議ではない。


 僕は直接会ったことはなかったが--同じ時代に生きていながらも--ラヴェンディアの新緑の瞳は、伝承に残るソフィオーネと同じだ。


 だから、ラヴェンディアがごく小さな魔法を使って家事をしているのだろうと、僕は決めつけていた。


 それがまさか、心と人生を蝕む呪いだったのだと気がつきもせずに。


 もしも僕が違和感を無視せずに探究していれば。初恋を溶かすことなどなかったというのに。






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memo:

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【ラヴェンディア・パンセ(17→18)】


淡い紫色の髪に、新緑の瞳。

実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。

十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。

冬の街プチ・ウィンテルクシュ出身。

実は酒が好き。

義弟によって「誰かに愛されるまで自信を持てない呪い」と「死ぬまで誰にも愛されない呪い」をかけられていた。(解けている?)



【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】


ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。

ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。

人と妖精とのハーフ。

本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。

夏の街プチ・アスメルの森に住む。

雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。


【ムスカリ爺さん】

エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。

弟フォンダンがいるが、すでに故人。


【ソレイユ】

ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。

褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。(本当は紫色の目)

母親が異国(砂の王国)の高位貴族(?)であり、祖母がパンセ家の令嬢。

実は魔法が使える。

ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。



【エンツィアン】

ラベンディアと同い年の義弟。

"望まれない子ども"(?)

薄紫の髪に、濃い紫の瞳。

ラヴェンディアに2つの呪いをかけていた。

実は、三大魔法使いのひとり「名無しの魔法使い」の生まれ変わり。




【ソフィ】

ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。

その正体は、三大魔法使いの一人「綿毛の魔女」。


【リグラリア先生】

ラヴェンディアの家庭教師だった人。老齢の魔法使いのような見た目。魔法マニア。気になることがあるとそちらに夢中になってしまうタイプ。

魔法は使えないが、知識は膨大。


【グ二ー】

パンセ家の元料理人。


【クロッカス】

ムスカリ爺さんの曽祖父。


・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。


・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。


・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている


・「時氷の魔法」

体の時を止める魔法。

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