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23. 雪菫パンセ

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memo:

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回想編/ベリィ視点

 僕は、一人で居る時間が好きだ。


 煩わしくないし、知りたいことも研究したいことも山のようにある。


 一つを知ればまた一つ疑問が生まれる。人生はいくらあっても足りない。


 人には憐れまれることもあるが、--むしろ、このような体に生んでくれた母妖精には感謝している。


 一度会ってみたいものだ。


 だが、彼女が僕の愛称を「ストロベリィ」にしたことはいまだに許せていない。


 子どものころ、どんなにばかにされたことか。


 僕は、本名を名乗るのが気恥ずかしくて、いくらかもじって「エリアル」という通り名を使っていた。








 人間の中で暮らすのをやめたのは、八十年ほど前のことだ。


 それまでの僕は、森の外の街に住んでいた。



 きっかけは、クロッカスという男だ。


 つい先日生まれたと思っていた赤子だった。けれども、赤子だったと思っていたクロッカスはいつのまにか成長し、所帯を持ち、子を育て、……七十歳で没した。


 僕は、彼のことがきらいではなかった。


 研究の邪魔ばかりして鬱陶しく思うこともあったけれど、たまに話をするのは良い気分転換になった。




 彼との距離が縮まったのは、ある出来事がきっかけだ。


 クロッカスの娘が、プチ・ウィンテルクシュという見捨てられた街へと嫁ぐことになったことだ。


 彼はひどく気落ちしていた。




 この国は、なぜだかすべての価値観が花で決まるという異常な国である。


 北の果てにウィンテルクシュという大陸がある。

 プチ・ウィンテルクシュは、その大陸にかなり近い気候を持ち、一年の半分が雪で覆われているという土地だ。


 そもそも、街の名前も大陸名に由来している。



 そんな環境で植物を育てろというほうが無理だろう。


 異常な価値観を持つこの国で、冬の街は蔑まれ、流刑地となっていた。

 誰もすみたがるわけがない。


 クロッカスの娘は、そのような土地に花嫁が足りないからと領主命令で嫁がされることになった。


 彼女のほかにも十人ほどの娘が選ばれたが、行方をくらましたり、身投げしたものまでいる。


 僕からすると、花など取るに足らないものなのだが……。


 クロッカスの娘に、命令を取り下げさせようかと尋ねてみた。これでも、僕にはこの国にたくさんの貸しがある。


 しかし、彼女は首を振った。家の立場が悪くなってしまうから、と。



 僕は考えた。そして、土産だと種を持たせることにした。


 花の咲かない土地に花を咲かせることができれば、彼女が暮らす街の地位が少しでも良くなるのではと思ったからだ。


 クロッカスの娘は平民だ。平民の声など取り合ってくれないだろうから、確実に大切に育てられるように、名ばかりの名声を使って、プチ・ウィンテルクシュの領主宛に一筆したためた。


 そこには、娘を花の世話係に任命すること、そのため彼女が望むタイミングで納得した相手と婚姻を結べるようにと書いておいた。


 僕が持たせたもの。それは、研究中だった雪菫の種である。


 雪の中でも立ち上がるように咲く花を目指して作った。


 一年のほとんどを雪に覆われて過ごす、北の果てのネージュニクス王国から取り寄せたすみれの種をベースにする。


 そこにいろいろなものをかけ合わせてみたのだが、幻の王国と呼ばれる雲の国の雲菫と交配したところ、寒さに強く、美しい銀葉を持つ花が生まれた。


 あくまでも育種中であったので、花色も形も安定せず、植えるたびにまったく様相の違う花が咲いた。


 だが、それが功を奏した。変わったものが好きな貴族の興味を引いたらしい。





 二、三十年が過ぎた。いろいろなことがあった。


 雪菫が成功したことで、さまざまな勧誘を受けて煩わしがった。


 クロッカスの娘は子を産んだ。しかし、息子は雇い主の伯爵令嬢を連れて駆け落ちしてきた。


 二人の間には男の子がふたり生まれた。ムスカリとフォンダンと名づけられた。


 ムスカリはクロッカスによく似ており、幼き頃の彼のように、僕の家に入り浸っていた。


 しかしあるとき、クロッカスは死んだ。病気だった。






 僕は、森に住みたくなった。


 そのままではとても住める状態じゃなかったので、転移魔法で世界中を物色した。


 アスメル大陸の奥地に、隠されるように建てられていた屋敷を見つけた。どうやら、古代の魔法使いの住処だったらしい。


 設備も遜色なく、誰にも知られていないようだったので、土地ごとくり抜いて持ち帰り、森の奥に移設した。



 クロッカスの子らが、街に戻るよう何度も説得に来たが、屋敷が気に入っているのだというと帰っていった。


 そんな中でも毎日のように通い詰めていたのは、彼のひ孫であるムスカリだった。



 彼は屋敷を破壊し、散らかし、研究の邪魔をし、とにかく僕を困らせてばかりいたが、いつのまにか大きくなり、世話ばかり焼いてくるようになった。


 そうして数十年が経ち、ムスカリは、痩せぎすの少女を連れてきた。





「あの子は貴族令嬢なんだが、実家ではひどく冷遇されている。見かねた義母が連れ出してきたのだ」


「継母が? 追い出されたのではないのか?」


「ーーああ。彼女の味方は義理の母だけだったらしい」


 なぜだかムスカリは誇らしげに言った。


 その継母というのが、ムスカリの姪であることを知ったのはずっと後だ。


「それで、ここで働かせろと?」


「いいや」


 ムスカリは首を振る。


「ここで匿ってほしい。どうにもきな臭くてな。連れてきた男は詳しくは話さなかったが、彼女は何やら狙われているんだと。

 だから、結界を張り、外に出るときには守りをつけてほしい。儂が迎えに来るが、念には念を入れて」


「まあ、いいだろう。ちょうど研究に集中したかったところだ」


 こうして僕は、行き場のない少女ラヴェンディア・パンセを受け入れた。


「ーーそれに、あんた自身のためにもなると思うんだがな」


 ムスカリの言った意味は、僕にはわからなかった。


ベリィが暮らすずーーっと前の森の屋敷を舞台にしたお話(完結済)があります。


『蛍姫は、雨と墜ちる』→『胡蝶姫は、罪と堕ちる』

の順番がおすすめです(˶'ᵕ'˶)



【ラヴェンディア・パンセ(17→18)】


淡い紫色の髪に、新緑の瞳。

実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。

十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。

冬の街プチ・ウィンテルクシュ出身。

実は酒が好き。

義弟によって「誰かに愛されるまで自信を持てない呪い」と「死ぬまで誰にも愛されない呪い」をかけられていた。(解けている?)



【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】


ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。

ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。

人と妖精とのハーフ。

本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。

夏の街プチ・アスメルの森に住む。

雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。


【ムスカリ爺さん】

エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。弟がいるが、すでに故人。


【ソレイユ】

ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。

褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。(本当は紫色の目)

母親が異国(砂の王国)の高位貴族(?)であり、祖母がパンセ家の令嬢。

実は魔法が使える。

ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。



【エンツィアン】

ラベンディアと同い年の義弟。

"望まれない子ども"(?)

薄紫の髪に、濃い紫の瞳。

ラヴェンディアに2つの呪いをかけていた。




【ソフィ】

ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。

その正体は、三大魔法使いの一人「綿毛の魔女」。


【リグラリア先生】

ラヴェンディアの家庭教師だった人。老齢の魔法使いのような見た目。魔法マニア。気になることがあるとそちらに夢中になってしまうタイプ。

魔法は使えないが、知識は膨大。



・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。


・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。


・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている


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