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19.秘密

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memo:

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結婚してから一年近く経った、夏。

実家にて←now


【ラヴェンディア・パンセ(17)】


淡い紫色の髪に、新緑の瞳。

実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。

十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。

冬の街プチ・ウィンテルクシュ出身。

実は酒が好き。



【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】


ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。

ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。

人と妖精とのハーフ。

本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。

夏の街プチ・アスメルの森に住む。

雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。

 ラベンダー、と私の愛称を呼びながら駆け込んできたのは、ソレイユだった。


 彼女はエンツィアンを突き飛ばすようにして、私との間に滑り込んだ。そして、私を庇うように前に立った。


 彼はよろけた体勢を立て直すと、なんでもなさそうに頭をかく。


「ねえ、ママ?

 今度はじゃましないでって、俺そう言ったはずだけど」


 エンツィアンがこてりと首をかしげる。心底不思議だという表情だ。


「あなたはどうして……」


 ソレイユの体がこわばった。


 私は、いつのまにか自分が彼女の背を追い越していることに驚いた。私よりも小さく、華奢なその背中は震えている。


 うなじには、傷跡のようなものが見えた。


 ふと部屋が明るくなっているのに気がつく。


 ソレイユのてのひらから、炎の渦が出ているのだ。


 


「へえ、魔法を隠すのやめたんだ」


 エンツィアンが意外そうに言った。


「ーーただでさえこの国では浮くもんねぇ。隠しておいたほうがいいと俺は思うんだけど……」


 薄暗い部屋の中には、私たち三人の影が煌々と照らし出されている。


 ソレイユが練った魔法は、すでに天井に届きそうなくらいの炎の柱になっていたが、彼の顔に焦りは見えない。


「まあ、撃てるなら撃てば?」


 エンツィアンは、軽い調子で言い、にんまりと目を細めた。


 ソレイユは震える手で、声にならない叫びを上げながら、実の息子に向けて火を放った。


 しかしそれは、エンツィアンの頬にを少し掠っただけで、壁に向かって飛んでいき、そして、消えた。




「この部屋はね、魔法が漏れないように作ってあるの。前にママが義姉さんを逃しちゃったでしょ? だから、こんなこともあるかと思ってさ。

 改築するのにかなりお金がかかったんだよ?」


 エンツィアンがにこにこ笑いながら近づいてくる。


 私たち二人は身構えたが、彼は軽々とソレイユの華奢な腕をひねりあげ、引きずるようにして廊下へと投げ出してしまった。


 ソレイユにしがみつくようにして止めたけれども、私は無力だった。


 施錠される音に絶望する。


 ソレイユの声と扉をどんどんと叩く音とが響いた。




「--あなたは、自分の母親になんていうことをするの」


 怖い。ーー涙がこぼれ落ちそうだ。立っているのもつらい。

 でも、なんとかそれだけ絞り出した。


 どうしようもなく怖くて、ここから逃げ出したくて、悲しくて、ーーでも、エンツィアンへの怒りに燃えていた。


 そんな私に視線をよこして、彼は不思議そうに首をかしげている。


「おかしいなぁ、俺が知ってる義姉さんとは違うみたいだ。なんでかな、気が強いな。--昔みたいに」




 私は震える手で、音を立てないように少しずつ窓を開けた。


 ソレイユの魔法の炎が消え、部屋の中はまた暗くなった。多少のすきまくらいなら気づかれないかもしれない。



 ここから落ちて助かるかはわからない。でも、ここにいるよりもましだと本能が告げていた。


「あれ、もしかして、呪いが解けてる?」


「呪いですって?」


 思わず窓に添えた手を止めた。


 キィ、という音が鳴ったが、エンツィアンは気づいている様子がない。


「うん。あなたが幼いころから少しずつ注ぎ込んできたんだよ!」


 ほのかな月明かりの中、闇に慣れてきた目に映るエンツィアンは、ほめられた幼子のように顔をほころばせている。


「一つ目は、自信を持てない呪い。

 これは、俺以外の誰かに愛されないと解けないの。というか、あなたが愛されてるんだと気づかないと」


 私はひゅっと息を飲んだ。いつも頭の中で、私を責めていたあの声……。


「……なーんか、それが解けてるような気がするんだよなぁ」


 彼は訝しげな顔で、私を上から下まで眺め回した。


「それでね、もう一つが死ぬまで誰からも愛されない呪い! 」

「死ぬまで?」

「そう!だから、一つ目の呪いが解けるわけないんだよ。面白いでしょ?」


 エンツィアンは、にこにこしながら訊く。


「あ、もちろん俺を除いてだよ。俺はあなたのことをずっと愛してるからね。

 だから、あなたが結婚なんてできるはずがないんだけど……」


 エンツィアンは、心底分からないといった顔をする。


「ああ、政略結婚か! そうだよね。そうじゃないと辻褄が合わないもの」



 エンツィアンは、自分の中で落とし込めたらしい。


 意識が少し逸れた。


 その瞬間をみはからって、私は彼に背を向けた。


 そして、ほんの少しだけ開けておいた窓に向かって、跳んだ。




 窓が全開になる。


 強い風とともに、木の葉や綿毛が吹き込んできた。私は風にさからうように進む。体が傾ぐ。


 眼下には、屋敷の庭園が広がっていた。一年のほとんどを雪に閉ざされるこの街でも、さすがに夏には雪がない。


 硬そうな地面。--落ちたら助からないかもしれないと思った。


 でも、ここにいるよりは、万に一つの可能性に賭けたい。








 --けれども。運命は残酷だった。

 遅かった。鈍い痛みとともに引き戻され、床に強く頭を打つ。


「もう逃がさないって、そう言ったじゃない」


 紫色の目が、冷たい光をたたえてこちらを見下ろしていた。

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memo

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【ムスカリ爺さん】

エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。弟がいるが、すでに故人。


【ソレイユ】

ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。

褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。(本当は紫色の目)

母親が異国(砂の王国)の高位貴族(?)であり、祖母がパンセ家の令嬢。

実は魔法が使える。

ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。



【エンツィアン】

ラベンディアと同い年の義弟。

"望まれない子ども"(?)

薄紫の髪に、濃い紫の瞳。

ラヴェンディアに2つの呪いをかけていた。




【ソフィ】

ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。


【リグラリア先生】

ラヴェンディアの家庭教師だった人。老齢の魔法使いのような見た目。魔法マニア。気になることがあるとそちらに夢中になってしまうタイプ。

魔法は使えないが、知識は膨大。



・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。


・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。


・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている。

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