1.森の妖精魔道士
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memo:
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・ラヴェンディア・パンセ(17)
淡い紫色の髪に、新緑の瞳。十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。
・妖精魔道士エリアル(?)
ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。ラヴェンディアの雇い主。
・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。
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この恋は、一生胸の奥に隠しておくつもりだった。
望みなど欠片もない不毛な恋。雇い主であり大陸中に名を馳せる妖精魔道士と、私のような地味で愚図な家政婦が結ばれることなどないとわかりきっていた。
でも、雇われの立場でなら、ずっと彼のそばに居ることができる。愛されなくてもいい。私の心の支えであるこの人を、支えていけたらーー。よくばってはいけない。
何度も何度もそう言い聞かせた。
けれども、私はうなずいてしまった。
唐突な求愛に頭が真っ白になったからだ。なにも考える余裕がなかったからだ。--いや、本当は心のどこかで打算が働いていたのだ。
夢だと信じているふりをすれば許されるのでは、と。
妖精魔道士エリアルは少年の見た目をしている。
他人が彼を見たら、おそらく「十六、七歳くらい」だと答えるだろう。私とほとんど同じような年齢だ。
しかもあどけない顔立ちや、ふわふわしたストロベリーブロンドの髪の毛、色素の薄い空色の瞳といった甘い雰囲気とあいまって、より幼く見られてもおかしくはない。
だが、彼はすでに三百年近く生きる、不老の魔法使いだ。
しかも、ブルムフィオーレ王国の三大魔法使いと呼ばれる偉大な英雄の一人。この国では、魔法を使える人間はほとんど生まれない。そのため、魔法使いというだけでも希少な存在だが、彼を知らぬ人は、おそらくこの国に一人もいないだろう。
三大魔法使いは、愛と正義の魔女、死と闇の魔道士、叡智の妖精魔道士と呼ばれている。すでに没している二人とは異なり、生きた伝説なのである。
エリアルが持つ妖精魔道士の通り名は、彼の生まれによるものだ。
本人から聞いたことはないけれど、母親が妖精で、父親が人間だったと魔法史の書物にあった。少年時代に体の変化が止まったらしい。
そして、森の奥の小さな屋敷で研究に没頭していることから「森の妖精魔道士」と呼ばれていた。
甘やかで中性的な美少年という見た目に反して、エリアルは偏屈な老人そのものだ、と揶揄されている。
確かに、話し方も私が知る同年代の男性とは異なるし、顔のつくりは甘いのに、いつも難しげな顔をしている。その瞳には温度が感じられない。
それを教えてくれたのは、エリアルの”唯一の親友”を自称する老人だった。
今から二、三年前のこと。--私が十五歳くらいのとき、だっただろうか。
私をこの家に紹介したムスカリ爺さんは、幼くして家を出ることになった私をたいそう気にかけてくれていた。
そして、森の屋敷に来るときにはこまごまとした贈り物を持ってきてくれたし、毎週水の日には必ず迎えをよこして、自分の家に私を招いた。
そして、昼食を振舞ってくれた。その日もそうだった。彼は、私の話をたくさん聞いてくれるが、エリアルの様子についても知りたがっていた。
だから、私は彼のふだんの様子を事細かに伝えた。とはいえ、エリアルはほとんど一日中研究をして閉じこもっており、会話をしたことさえほとんどない。
私が伝えられるのは、彼が好む食べものや、表情からわかる些細なことでしかなかった。それでも、ムスカリ爺さんはたいそう喜んでくれた。
ムスカリ爺さんは、エリアルは人嫌いなのだという。理由については口を濁していた。ただ、困ったように笑っていた。
もう半世紀以上、森の屋敷から出てきたことはないのだという。
「彼奴の友など、儂くらいのものだろう」
ムスカリ爺さんはそう言って、壁の方に目をやった。
屋敷の応接間には、壁いっぱいに額装された写真が飾られている。
ほとんどは彼とその妻、子どもたちが写ったもの。
けれども一番端には、他のものより年季の入った写真があった。
そこにはいまと寸分違わぬ姿の魔道士エリアルと、生意気そうでやんちゃな雰囲気のムスカリ少年が写っている。
目の前の筋骨隆々な老人からは想像できない、七、八歳ほどの、どこにでもいるいたずら坊主といった雰囲気である。
私はそのときはじめて、ほのかに恋心を抱く雇い主が、はるかに年上の男性なのだと思い知らされたのだった。
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こんにちは! お読みいただきありがとうございます。
完結まで書き終えているので、修正しながら1日1~2話、投稿していきます。中編です。
他の作品もそうですが、作中に登場する料理には、なるべくレシピを用意しています。異世界の読みもの風に書いたものを活動報告にアップしています。
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