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18. その顔が好き

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memo:

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結婚してから一年近く経った、夏。←now


【ラヴェンディア・パンセ(17)】


淡い紫色の髪に、新緑の瞳。

実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。

十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。

冬のプチ・ウィンテルクシュ出身。

実は酒が好き。



【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】


ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。

ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。

人と妖精とのハーフ。

本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。

夏のプチ・アスメルの森に住む。

雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。


 砂漠に立っている夢を見た。廃墟のような街並み。その中で異質なくらい豪華な城。私はその城をぼんやりと眺めている。


 ふと城を見ていると、窓のところに誰かが佇んでいるのが見えた。視点が切り替わり、窓の部分が拡大されたように映ったことから、私は自分が夢を見ているのだと気がつく。


 物憂げな顔で街を見下ろしているのは、嫋やかな女性だった。艶やかな黒髪に褐色の肌、そして紫色の瞳を持っている。ーーその顔は、どこかで見たことがあるような。





 少しずつ意識が引き戻されていく。


 気がついたとき、最初に目に入ったのは、見知らぬ男の顔だった。仄暗い明かりの中、すぐ目の前にそれはあった。私は悲鳴を飲み込んだ。


 月の光が天窓からさらさらと落ちてきて、男の顔が白く照らし出される。はっと息を飲んだ。目を離せないほど美しいその顔は、先ほどまで夢で見ていた女性によく似ていたのだ。




 私が目を覚ましたのに気がつくと、彼は切れ長の目を三日月型にゆがめて妖しく笑った。


 私と同じ、パンセ家の淡い紫色の髪。意志の強さを感じさせるアメジストのような深い紫の目は、一重で涼やかな印象だ。


 それを見て、男の正体が同い年の義弟、エンツィアンなのだと思い至る。彼は、十人いたら十人が頬を染めるような美青年に成長していた。





「--起きた? 気分はどう?」


 私が答えずにいた。


 義弟は笑みを深めて、私の頬を乱暴に掴んだ。


「いやだなぁ、義姉さん。相変わらずあなたは陰気なままなんだね。そんなんじゃ誰も結婚してくれないよ?」


 義弟はくつくつと笑う。


 幼いころから、彼のことが怖かった。私が持っているものを一つずつ奪っていく。けれども、邪気を感じさせない様子で、彼を恨む自分がおかしいのではないかと思わされるくらいで……。


 いつでも孤独で、誰かにすがりたかった。



 これまでの私だったなら、彼の言葉一つひとつに傷つき、そのことで頭がいっぱいになり、ますます自分がきらいになっていたと思う。


 いまも、自分のことが好きなわけではないけれど、ーー頭の中に、ベリィと過ごしてきた日々が思い浮かんだ。






 もしかしたら、私はソフィの身代わりなのかもしれない。

 でも、それでも、あの日々が楽しかったことは変わらない。私の気持ちは変わらない。


「--私、結婚してるわ」


 声が震えた。たったそれだけ告げるだけでも、ものすごい覚悟が必要だった。


「え?」


 エンツィアンはきょとんとする。


「夫が待っているの。だから早く家に帰して頂戴」


 ソフィのすこし高圧的な物言いを思い出して、つとめて冷静に私は言った。


 彼女の不器用さに慣れている私だったら、可愛らしく思えるけれど、ほとんど会ったことのない人間からみるときっと、傲慢に見えるだろう。




 ところが、エンツィアンが見せたのは思っていたのと違う反応だった。彼は吹き出し、それからくつくつと笑い続けていた。


「あーごめん。義姉さん。あんまりにも面白すぎてさ」


 ひとしきり笑うと、彼は目尻に浮かんだ涙を拭う仕草をした。


「大丈夫? 寂しすぎて妄想しちゃってる?」


「妄想?」


「だって、もしかしてだけど、妖精魔道士のことを言ってるんじゃないの? あの人が義姉さんなんかと結婚するわけがないだろう?」


 エンツィアンの言葉が、ざくりと胸をえぐる。私が彼と釣り合っていないのは確かに事実だった。


「ーーいいえ。確かに結婚しているわ。嘘だと思うなら確かめてみれば? ーーそろそろ一周年のお祝いなのよ」


 私が言うと、エンツィアンの表情が抜け落ちた。


「そっかあ。じゃあ政略結婚とか? あるいは契約結婚? そういう感じでしょう?」


 彼は虚ろな目をして、しばらくぶつぶつとなにかつぶやいていた。


「ーーちが……」


 頬に食い込む指の力が強くなる。怖くなって、でも、それを悟られたくなくて、思わずくちびるを噛む。


「まあいいか」


 エンツィアンが、とろりと甘く微笑んだ。


「上書きすればいいんだから。記憶も消してさ」


「記憶を、消す?」


「そうだよ義姉さん。あなたは僕のものだから。他の男の記憶なんていらないでしょ? 男はあとで殺せばいいし」


 ひゅっと息を飲む。


 ベリィはこの国の三大魔法使いの一人だ。ふつうの人間である義弟にはどうにもできないとわかっていたけれど、ーーそれでも、私を不安に突き落とすには十分だった。


「--あなたは、私のことをひどく嫌っていたでしょう? そこまでしてなにもかもを私から取り上げたいの?」


 私が聞くと、エンツィアンはこてりと首をかしげた。


「ええ? 何が? 僕はずっと義姉さんのことを愛しているんだけど……」


「愛……?」


 全身にぞわりと寒気が走った。そんな私を見て、エンツィアンはこれまでになく甘いほほえみを浮かべる。


「ふふ、義姉さんのそういう顔が好きなんだ。今度は逃げられないようにするから大丈夫だよ」


 エンツィアンは、無邪気なほほ笑みを浮かべて近づいてくる。私はじりじりと後ずさりして、窓枠に後ろ手をついた。


 鍵はかかっていなかった。






「ラベンダー!」


 扉が開け放たれた。


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memo

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【ムスカリ爺さん】

エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。弟がいるが、すでに故人。


【ソレイユ】

ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。

褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。

ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。


【エンツィアン】

ラベンディアと同い年の義弟。


【ソフィ】

ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。


【リグラリア先生】

ラヴェンディアの家庭教師だった人。老齢の魔法使いのような見た目。魔法マニア。気になることがあるとそちらに夢中になってしまうタイプ。

魔法は使えないが、知識は膨大。



・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。


・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。


・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている。


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