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16.実家での日々

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memo:

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実家時代の回想中←now


【ラヴェンディア・パンセ(17)】


淡い紫色の髪に、新緑の瞳。

実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。

十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。

冬のプチ・ウィンテルクシュ出身。

実は酒が好き。



【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】


ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。

ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。

人と妖精とのハーフ。

本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。

夏のプチ・アスメルの森に住む。

雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。




 使用人のような扱いになってから、数年がすぎた。


 時折、ソレイユが夜中に抜け出してくることがあった。週に一度、あるかないかという頻度だ。彼女もずいぶん痩せたように思う。


 それでも、ソレイユは疲れた様子を見せずに、髪をすいてくれたり、話をしてくれたり、食事を分けてくれたり、肌の手入れをしてくれたりした。


「ラベンダーお嬢様、おなかが空いているのはだめですよ。お部屋は綺麗にしないとだめです」


 毎日の仕事が辛くてきつくて、私は屋根裏部屋の掃除まで手が回らなかった。でも、ソレイユが来た夜は、いつも気がつくと眠ってしまっていて、朝目を覚ますと部屋が綺麗になっている。


 戸棚の奥には、日持ちのする焼き菓子が隠されていた。


 私はそれがうれしくて、でも、ひどく憎かった。






 それは、十三歳になったある夜の事だった。扉が静かに開いて、ちらちらと灯りが揺れるのが見えた。


「……ソレイユ?」


 私が訊くと、返ってきた声は、思いがけないものだった。


「また母さまを独り占めしていたの? お義姉さまは本当にずるいなぁ」


 私は身を強ばらせた。


「……エンツィアン」


 声の主は、義弟のエンツィアンだった。


 ほつれた貧相なお仕着せに身を包んだ、枯れ木のような私とは真逆で、彼は上質なシルクの夜着に身を包み、悠然と私を見下ろしていた。


「今日ね、お義姉さまに縁談が来たんだよ」


 エンツィアンはにこにこして言う。


 ふっと気が緩んだ。縁談。それは、この家を出られるということ……?


 自然と笑みを浮かべていたらしい。エンツィアンは途端に不機嫌そうに眉根を寄せた。


 けれどもそれは一瞬のことで、また貼り付けたような笑みを戻した。


「まさか、自分が結婚できると思ってる? 義父さまが握りつぶしてたから大丈夫。これからもずっと一緒にいられるよ」


 エンツィアンは、にこにこしながらそう言った。その目には嘘は見られなかった。そしてその言葉は、私を絶望に突き落とすには十分だった。


「ねえ、鏡見てみたら? 義姉さん、本当にみすぼらしいよ。貴族の妻として失格だよね?」


 何年か前、義弟から下げ渡された大きな姿見に映るのは、幽鬼のような女。


 髪の毛はぼさぼさになり、心が弱っているせいか、抜け毛が絶えなかった。


 生えはじめの短い髪の毛が、やや薄くなった前髪の付け根からぴょんぴょんと不格好に飛び出して、みっともない。


 しっとりと柔らかかった手は、がさがさと固くなり、ひどい赤切れでいつでも痛い。


 私はうつむいて、背中を丸め、自分を抱きしめた。





「そうそう。--平民と駆け落ちしようなんていう、変な気も起こさないでよね? 最近、料理人の男と仲がいいみたいだけど」


「え?」


 屋敷の使用人たちは、ほとんどが義弟と義父の味方で、私は食事も満足に与えられていなかった。


 そんな私を気の毒に思い、賄いをすこし分けてくれたのが、新入りのグ二ー。茶色の髪に、そばかすが浮いた、優しい目元の青年だ。


 それだけではない。食べられる野草の見分け方を教えてくれた。料理長たちの目を盗んで、自分でも作れるようなかんたんな料理を教えてくれた。


 そのため、残飯がないときでも、ソレイユが来られないときでも、彼のおかげでこっそりと厨房のものをくすねて、温かいものを食べられる日もあった。


「あいつには辞めてもらったからね。雇い主の娘に懸想するなんて、使用人失格でしょう?」


「グ二ーを辞めさせたの?」


「そう。すべて、あなたのせいだよ。あなたが思わせぶりなことをして、気を持たせるから。紹介状は持たせなかったから、料理人としてやっていくのはむずかしいだろうなぁ。

 義姉さんのせいで、若者の将来が絶たれてしまったね?」


「--違う! あの人は奥さんがいた。その人をなによりも愛していたの。グニーは私を哀れんでくれただけ。私たちにそういう感情はない!」


 現に、グ二ーの奥さまは、私のためにワンピースを何枚か仕立ててくれた。彼らの暮らしだって裕福ではないのに。


「それでも、そんなふうに見せてしまったのは、あなたのせいだと思わない?」


 私は何もいえなかった。


「いまだにわかってないみたいだから、俺が教えるね。あなたは、誰にも愛されてないんだ」


 義弟はため息をつくと、哀れなものを見るような目を向けた。


「あなたにできるのは、この家のために働くことくらいだよ。

 誰かと結婚したって、うまくいきっこない。あなたには、妻として求められる器量も能力もなにもないんだからさ」


 義弟はそう言い切った。私は無力感に苛まれた。心がぽっきりと折れる音が聞こえるようだった。


 するとエンツィアンは、満足そうに笑った。それからなぜか私を抱きしめて、ーー額にキスを落とした。


 彼が部屋を出ていくのをぼんやりと眺め、そのままへたりと座り込んでしまった。






 よろよろと立ち上がったときには、東の空が白みはじめていた。


 突然、ノックの音が響き、身を強ばらせる。しかし、それは義弟ではなかった。


「ラベンダー……!」


 飛び込んできたソレイユが、ぐしゃぐしゃの顔をして私を抱きしめた。


 そして何度も何度も謝ると、すっかり感情の抜け落ちた私をどうやってか屋敷の外に出し、馬車に乗せた。


 馬車の御者は、義弟に奪われたと思っていたリグラリア先生。グニーとその奥様も乗っていた。


 数日かけて、私はソレイユの生まれ故郷である、プチ・アスメルにたどり着いた。


 そして、ソレイユの叔父であるムスカリ爺さんのもとに身を寄せ、--やがて、ベリィの屋敷に住み込みで働くようになったのだった。


 ソレイユだけを屋敷に残して。


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memo

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【ムスカリ爺さん】

エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。弟がいるが、すでに故人。


【ソレイユ】

ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。

褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。

ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。


【エンツィアン】

ラベンディアと同い年の義弟。


【ソフィ】

ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。


【リグラリア先生】

ラヴェンディアの家庭教師だった人。老齢の魔法使いのような見た目。魔法マニア。気になることがあるとそちらに夢中になってしまうタイプ。

魔法は使えないが、知識は膨大。



・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。


・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。


・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている。


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