15.義弟エンツィアン
------------------
memo:
------------------
子ども時代、回想中←now
【ラヴェンディア・パンセ(17)】
淡い紫色の髪に、新緑の瞳。
実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。
十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。
冬の街出身。
実は酒が好き。
【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】
ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。
ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。
人と妖精とのハーフ。
本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。
夏の街の森に住む。
雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。
「お義姉さまだけずるい!」
それが義弟の口ぐせだった。同い年の弟は、ことある事にそう訴えた。
「ぼくには家庭教師なんてついていないのに。女性にはそんなにむずかしい学問なんて必要ないのでしょう?
ぼくは、将来のために、今からしっかり勉強したいのです」
義弟が滔々と述べると、父はいたく感動したように目を輝かせた。
「エンツィアンは本当に優秀だな。それに比べてラヴェンディア。おまえは成績も振るわないと聞いている」
父の猛禽類のような鋭さを感じる視線が私を射抜いた。
それから彼は、無遠慮に私のことを上から下まで眺め回して、それから嗤った。
「そうだ、簡単なことじゃないか」
父は、さも良いことを思いついたかのように、手を打ち鳴らす。
「ラヴェンディアにつけた教師を、エンツィアンにつければいいのだ」
「旦那様!」
声を上げたのはソレイユだった。
彼女は、父の後妻となってからも、使用人時代と変わらぬ話し方を続けていた。
今にして思うと、そのことが、彼女と父との関係性を如実に表していた。彼女は”後妻”として認められていなかったのだ。
名ばかり、そして形ばかりの身繕いをさせただけ。
「恐れながら、お嬢様にも教育は必要です。淑女には淑女の教養が求められます」
父は不機嫌そうに眉根を寄せ、舌打ちをしたが、それ以上何もいうことなく部屋を出た。
翌朝、講義の支度をして待っていると、ソレイユが入ってきた。青ざめた顔を申し訳なさそうにゆがめて、深々と頭を下げた。
「お嬢様の家庭教師は全員解雇だと……。そのうちリグラリア先生はエンツィアンにつくこととなりました」
顔は見えなかったけれど、声の震えがその話が本当なのだと物語っていた。
「お嬢様、ーー息子が申し訳ございませんでした」
けれども、私の心にひびが入ったのは、この瞬間だったと思う。
リグラリア先生の授業を受けられないことが悲しかった。そして、それ以上に、たったひとり、母のように慕っていたソレイユと自分の間に、実子と継子という距離を感じた。
「わたくしでは不足かと思いますが、淑女教育のお手伝いをさせていただきます」
ソレイユの気遣いの言葉も、もう届いていなかった。
それからは、義弟の機嫌を損なうたびになにかを失って言った。
贅沢だと言ってドレスや宝石を売られ、質素な服が支給されるようになった。
広々とした部屋から使用人のための部屋へ移ることになった。
私のせいで使用人がどんどん辞めているからと、私自身が働くように申し付けられた。
そして、そのたびにソレイユは青ざめた顔で息子の横暴を詫び、父への抗議が通らなかったことをひどく悔いていた。使用人部屋へ追いやられたとき、ソレイユは思わずといった様子で実子エンツィアンに手をあげていた。
すると彼はさめざめと涙を流し「母さまは、僕が望まない子だから嫌いなんだね」と言った。
ソレイユは真っ青になり、父はソレイユをそれから三日間、物置小屋に閉じ込めたと聞いた。
ソレイユが悪いわけではないのにという気持ちと、どうしてあの子をあんなふうに育てたのだという憤りとが、いつでも激しくせめぎ合っていて、苦しかった。
しばらくすると、ソレイユと会うことさえむずかしくなった。
「僕の本当の母さまなのに、ずっとお義姉さまに取られていて悲しかった。
お義姉さまはずるいよ……」
義弟のそんな言葉がきっかけだった。
--------------------------------
memo
--------------------------------
【ムスカリ爺さん】
エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。弟がいるが、すでに故人。
【ソレイユ】
ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。
褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。
ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。
【エンツィアン】
ラベンディアと同い年の義弟。
口癖は「お義姉様ばかりずるい!」
【ソフィ】
ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。
【リグラリア先生】
ラヴェンディアの家庭教師だった人。老齢の魔法使いのような見た目。魔法マニア。気になることがあるとそちらに夢中になってしまうタイプ。
魔法は使えないが、知識は膨大。