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14.初めに奪われたもの

回想編


【ラヴェンディア・パンセ(17)】


淡い紫色の髪に、新緑の瞳。

実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。

十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。

冬のプチ・ウィンテルクシュ出身。

実は酒が好き。



【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】


ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。

ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。

人と妖精とのハーフ。

本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。

夏のプチ・アスメルの森に住む。

雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。


 

「ラベンダー!」


 その声は、憔悴しきっていた。

 その人のてのひらには、ごくごく小さな炎が浮かぶようにともっている。


 驚いて声を出せずにいると、ふいに部屋が真っ暗になり、温かいものに包まれた。


 彼女が私を抱きしめているのだと気がつくまでに、しばらくかかった。


「ラベンダー……? 聞こえている? どこか具合が悪いの?」


 不安の滲む声にのろのろと顔を上げると、ずっと会いたかった人だった。



 どうしてだろう。

 月光に反射して闇の中に浮かぶ双眸は、私の知っているソレイユの色ではない。--これではまるで……。


 眠気に抗えず、ふたたびうとうとしはじめた。


 そして、夢を見た。

 それはまだ、私がドレスを着て、貴族らしい暮らしをしていた頃の。







 初めに奪われたのは、学ぶ機会だった。


 子どもの頃、私には三人の先生がついていた。


 一人は淑女のための教養やマナーを、二人目は貴族女性の嗜みである刺繍を、三人目はその他のすべてのことを教えてくれた。


 三人目の家庭教師であるリグラリア先生。彼の授業を、私は何よりも楽しみにしていた。




 リグラリア先生は、豊かな白髭をたくわえた、まるで老練の魔法使いのような雰囲気の人だった。


 誰もが魔法を使える国もあるけれど、ブルムフィオーレやその隣国では、魔法を使える人間が極めて少ない。


 この国の下級貴族である彼も、もちろん魔法を使えるというわけではない。だが、魔法研究がライフワークで、その知識は膨大だった。



 彼は、正規の授業が早く終わると、きまって魔法のことを教えてくれた。


 世界各国の魔法の歴史、隣国で魔法の代わりに使われる魔石のこと、魔法の分類や、国ごとの伝承。禁忌の呪いや魅了魔法。


「魅了魔法? そんなものが存在するのですか?」


 私の問いに、先生は苦々しい顔をして頷いた。


「この世界は不自然なくらいに、国ごと、大陸ごとの特色がはっきりと分かれていると思ったことは?」


 先生がまじめな顔をして訊く。


「たとえば、この国は花の王国と呼ばれているじゃろう。なによりも花が尊ばれる。

 南のアスメル大陸にあるサーブルザントは砂の王国、北のウィンテルクシュ大陸にあるネージュニクスは雪の王国……。そんなふうに、人工的なくらいきっちりと線引きがなされている。

 しかし、ここまで違う特色を持つというのに、どの国でも、古代からくり返し現れた”魔”のものがいるのじゃよ」


「魔のもの……」


「それは、魅了魔法の使い手じゃ。

 かつて、異なる世界からやってきた少女がばら蒔いたという説もある。あるいは、妖精の持つ力だったのか。魔族たちの起源だという説も……」


 魔法が身近ではない国で暮らす私からすると、先生の話はまるで夢物語のように思えることがあった。




 そこからリグラリア先生の講義は脱線し、三大魔法使い--綿毛の魔女、魔族と契約した名無しの魔法使い、そして最後が後に私の夫になる妖精魔道士エリアルだ--の話や、海の向こうのアスメル大陸に暮らす妖精族のこと、この家の祖であるパンセ伯爵のことなどに話が及んだ。


 リグラリア先生のことは大好きだけれど、話がどんどんずれていくのには困ることがある。




「どうして、魔のものと呼ばれるのですか?」


 私はようやく知りたいことを尋ねた。


「--魅了魔法の使い手が現れると、国が揺れるからじゃよ」


「国が揺れる?」


「国を継ぐものが変わったり、国そのものが滅びたり。

 いや、もしかすると、表に出ぬだけで、われわれのような下々の者の生活にも、魔のものは混じっているのかもしれぬ……」


 リグラリア先生はぶつぶつと呟いた。


 こうなってしまうと、先生は立てた仮説を整理するまで自分の世界に閉じこもってしまう。


 ものすごい集中力で、なにも聞こえないようなのに、普段通りに無意識に動いている。


 私は、ぶつぶつとつぶやくリグラリア先生を、苦笑しながら見送った。




「明日は、妖精の話を聞きたいです!」


 私は、先生に言った。先生は考え事に夢中になっていたから、その声が届いたかどうかはわからない。脱線してから教えてもらったこともとても興味深かった。


 けれども、私がリグラリア先生の講義を受けたのは、その日が最後になった。



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memo

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【ムスカリ爺さん】

エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。弟がいるが、すでに故人。


【ソレイユ】

ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。

褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。

ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。


【エンツィアン】

ラベンディアと同い年の義弟。


【ソフィ】

ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。


【リグラリア先生】

ラヴェンディアの家庭教師だった人。老齢の魔法使いのような見た目。魔法マニア。気になることがあるとそちらに夢中になってしまうタイプ。

魔法は使えないが、知識は膨大。

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