12.甘ったるいコーヒー
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memo:
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結婚してから一年近く経った、夏。←now
【ラヴェンディア・パンセ(17)】
淡い紫色の髪に、新緑の瞳。
実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。
十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。
冬の街出身。
実は酒が好き。
【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】
ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。
ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。
人と妖精とのハーフ。
本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。
夏の街の森に住む。
雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。
あれこれ考えながら洗いものをしていたら、手をすべらせて皿を割ってしまった。
この間ベリィと街に出たときに買ったばかりのスープ皿だ。
どんな料理にも合う白。
けれども、縁取りに小さな真珠のような飾りがぐるりと囲むようについているのが可愛く思えて心惹かれた。
「"あなたは何をやっても駄目だね”」
いつものように、頭の中で誰かが私を責める。
そこまで大きな音ではなかったのに、仕事中だったベリィが飛んできて、魔法で綺麗にしてくれる。
「ーーごめんなさい、壊してしまって」
私がうなだれると、ベリィは「気にしなくていい」ときっぱり言った。
「どんなものだって寿命がある。それが今だっただけだ」
「でも……」
割れてしまったスープ皿を見ていると、目が熱くなってくる。この間の楽しかった思い出まで砕けてしまったような気がして。
ベリィとぱちりと目が合う。泣きそうになっていたのを知られたくなくて、慌てて目をそらした。
彼はふわりと私を抱きしめた。
「また、代わりを買えばいい」
その言葉は、目に見えないくらい細い棘のようになって、私の胸を刺した。私は、自分が傷ついていたことにも気づかなかった。
頭の中で、声が響く。
「”あなたの代わりなんか、いくらでもいるものね”」
ぽろりと涙がこぼれた。
それでも、ベリィの胸の中にいると安心する。これまでかけられてきた声が遠くなるような感じがある。
どれくらいそうしていただろう。ベリィははっとしたように体を離した。それから私の手を握り、切れているところがないか心配そうに確認している。
このときも何か不思議に思うことがあったのだけれどーー自分でもよくわからなかった。
「ラベンダー?」
いたわるような声に胸が疼く。
気がつくと、私は食堂の椅子にかけていて、彼が厨房に立っていた。ふだんとは逆の様子に戸惑う。
「きみがぼうっとするなんて、珍しいな」
ベリィは私の額に手を当てる。ひんやりとした手は、華奢だが骨ばっていて、私のものとは違った。
「おなかが空いているのは、だめだ」
ベリィはそう言うとほかほかと湯気を立てるカップを私の目の前に置いた。
中にはコーヒーが入っている。彼に用意してもらったのははじめてだった。
「ーー僕は研究にもどる。きみはゆっくり休むといい」
そうして、階段を登っていった。けれども、こちらを振り返って
「ラベンダー!」と、呼んだ。
私は驚いてカップを落としそうになる。ベリィが、笑っていた。
彼はと、と、と階段を降りてきて、私の額にキスを落とした。
「どんなきみのことも、好きだ」
コーヒーを飲んで、驚く。それはとても甘かった。甘すぎるくらいに甘くて、とても好みだった。
この風味はたぶん、チョコレートシロップ。それからシュガーミルクもたっぷり入っている。
いつもはベリィの好みに合わせて、自分のものもブラックを用意していたので、飲み慣れない味だったけれど、とても幸せな気分になった。
じゅわりとなにかが滲むように胸に広がっていく。--でも。
「“あなたには無理だよ”」
頭が鈍く痛む。
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【ムスカリ爺さん】
エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。弟がいるが、すでに故人。
【ソレイユ】
ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。
褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。
ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。
【エンツィアン】
ラベンディアと同い年の義弟。
【ソフィ】
ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。
・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。
・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。
・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている。