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11.ダンディリオンのスープ

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memo:

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結婚してから一年近く経った、夏。←now


【ラヴェンディア・パンセ(17)】


淡い紫色の髪に、新緑の瞳。

実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。

十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。

冬のプチ・ウィンテルクシュ出身。

実は酒が好き。



【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】


ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。

ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。

人と妖精とのハーフ。

本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。

夏のプチ・アスメルの森に住む。

雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。



 ベリィの妻になってから、もうすぐ一年。これまでの生活とはなにもかもが変わった。


 いつも、私が掃除や片づけをする音だけが響いていた、静かな屋敷。それぞれが自室に運んで一人でとっていた食事。とりわけ、いつもは朝食以外不定期だったベリィの食事が三食きっちりと摂られるようになったのは良いことだったと思う。



 はじめは今までのように、研究中にさっとつまめるカナッペやサンドイッチと、保温椀に入れたスープを用意していた。


 ところが、彼が時間を決めて必ず食堂に降りてくるようになったので、今は昼食にも、少し手の込んだ、落ち着いて食べるようなものを、彼が来るタイミングに合わせて温かいまま出すようにした。


 キッシュを焼いたり、クロックムッシュにしたり、ガレットにクリームパスタ。オムレツはいろいろな具のものを。お肉の入ったボリュームたっぷりのパンをメインにしてみたり、サンドイッチでも、ビュッフェのように具材を並べて、自分で好きなように食べられるものにしてみたり……。


 ベリィの表情はほとんど変わらないけれど、その微細な動きから、今まではわからなかった彼の好みも少しずつ見えてきた。たまごや、サクサクした食感のものが好き。お肉よりはお魚のほうが好き。トマトは苦手。

 見ていて飽きなかった。






 この日は、はじめての料理を作っていた。ソフィに教えてもらったばかりの「ダンディリオンのスープ」だ。


 まず、鍋にオリーブ油と細かく刻んだにんにくを入れて、弱火で香りをだす。


 そこに、玉ねぎや人参、セロリなどをみじん切りにしたものを加えて炒める。コーンや豆などは、切らずに粒のまま。


 そうそう、忘れていた。刻んだベーコンを入れるのが大事。脂とコクがスープをおいしくしてくれる。


 油が回ったら、スープストックを加えてさっと煮る。塩と胡椒で味を整え、最後に、ダンディリオンの花を散らして香りをつける。




 ダンディリオンは、野原などに自生する野草だ。


 深い切れ込みの入った銀色の葉をロゼット状に広げて、日なたでは小さく、日陰ではひょろりと背を伸ばして花を咲かせる。


 花びらは小さく薄く、細長い形をしている。花色は淡いクリーム色。まれに日に当たると金色にきらきらと輝く”当たり花”がある。



 これは、魔法の触媒に使われることがあるらしい。


 そういえば、綿毛の魔女の物語にでてきた綿毛というのは、この花が朽ちて種になったものだった気がする。




「ふつうのダンディリオンは食べられないのよ。苦味が強いの。でもね、当たり花には辛味と強い香りがあるの。これがスープをスパイシーにしてくれるのよ」


 レシピを教えてくれたとき、ソフィはかごにたっぷり詰めた当たり花のダンディリオンを分けてくれた。






 ベリィと結婚したあとも変わらなかったのは、ソフィに会いに酒場に通うこと。


 そして、変わったことの一つが、そこにベリィも加わったこと。




 彼は、私とともに酒場に入ると、すっかり顔なじみになった酒場のおじさんたちと過ごす。私が彼女と過ごす時間を尊重してくれているようだが、彼自身も楽しんでいるようだ。


 ベリィは終始無表情で、自分から話題を振ることはなかったが、いつの間にかおじさんたちに子どものように可愛がられーーこの場の誰よりも年上だというのにーーすっかりその場に溶け込んでいた。


 たまに目が合うと、じゅわりとにじむように細められる目。そのたびにどきりと心臓が鳴る。


 憧れに近かった恋情が、日に日に色濃く強くなっていき、自分の意思では制御出来ない心を抱えた私は、毎日困り果てていた。





 昼の鐘が鳴り、ベリィが静かに降りてきた。そのとき、なにか違和感があったのだけれど、答えがわからないまま、私は席についた。



 テーブルの上には、モスグリーンのクロスを敷いた。庭で摘んできたネペタの花を生けてあり、爽やかな香りが広がっている。


「ベリィ、お疲れさまです」


 私が言うと、彼は目だけを柔らかく細めて「きみも」と言った。


 今日のメニューは、ダンディリオンのスープと、ジェノベーゼソースをたっぷりかけたパスタだ。パスタには海老と貝も入っている。


 酒場の帰りに二人で選んだ食器に注がれたダンディリオンスープは、食卓にぱっと花が咲いたように鮮やかだ。




「これは……」


 食卓を見たベリィが呟いた。その視線は、ダンディリオンのスープに注がれている。


 私がほくほくして料理について話そうとすると、彼の口からは「懐かしい」とこぼれた。ーーはじめて作った料理なのに?


 それは、聴き逃しそうなくらい小さな、愛おしげにささやくような声だった。





 私の脳裏には、このスープのつくりかたを教えてもらった日のことが浮かんだ。


 あの日のソフィは様子が変だった。私に会うなり泣きそうに顔を歪めた。そして、ベリィと長い間見つめ合っていたーー。

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memo

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【ムスカリ爺さん】

エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。弟がいるが、すでに故人。


【ソレイユ】

ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。

褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。

ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。


【エンツィアン】

ラベンディアと同い年の義弟。


【ソフィ】

ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。



・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。


・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。


・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている。




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ラベンダー! 植物図鑑

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ダンディリオン


たんぽぽを元にした架空の花。


・花期:春~秋

・花言葉:「神のお告げ」「小さな幸せ」など

・別名:魔女の花


見た目のイメージは、ふつうのたんぽぽの「シルバーリーフ」版です。


シルバーリーフ(銀葉)は、白っぽい葉っぱのこと。


この葉っぱが大好きで、シルバーリーフを持つ植物をたくさん育てています。ふわふわの手触りのものも多くて、癒やされます^^

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