10.ラベンダーの意外な趣味
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memo:
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【ラヴェンディア・パンセ(17)】
淡い紫色の髪に、新緑の瞳。
実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。
十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。
冬の街出身。
【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】
ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。
ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。
人と妖精とのハーフ。
本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。
夏の街の森に住む。
雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。
目的地にたどり着くと、ベリィはぽかんとした表情になった。
地下へ続く階段へと降りる。そこは、陽の光が入ってこない、薄暗い店の中だ。
女性は数えるほどしかおらず、くたびれた老人や、割腹のいい紳士、筋骨隆々とした労働者などが集い、グラスを片手に語らいを楽しんでいた。
「ラベンダーが酒場通いをしていたとは……」
私は苦笑する。成人して二年。今ではすっかりここの常連である。
確かに、年齢よりも幼く見える上に、貧相で地味な私はお酒と無縁に見えるかもしれない。
けれども、成人しているか判断しづらいくらいには童顔のベリィもまた、そこでは浮いている。
「ラベンディア!」
酒焼けした少しハスキーな声が、私の名を呼ぶ。ぱっと振り返ると、そこに立っていたのはソフィだった。
彼女が姿を見せると、いつもしん、と音が消える。誰もが見とれるからだ。
ここの人たちは、それでも慣れたものだが、今日は新しいお客さんがいたのだろう。
目を見開いてソフィに視線を向けたまま、真っ赤な顔でジョッキから溢れるくらい酒を注ぎ、テーブルを濡らす若者がいた。
ソフィは、それくらい迫力のある美女だ。
豪奢な巻き毛は光り輝くような金髪。
瞳の色は私と同じ緑だけれど、眦がきゅっとつり上がった猫目で、くちびるはぽってりと厚く、つやつやとしている。
「ソフィ」
そう口にしたあとで、ふいにざわざわとした気持ちがせりあがってきて、ベリィを振り返った。
「どうした?」
ベリィは、いつもと変わらぬ声音で訊いた。
けれども、いつもはきゅっと一文字に結ばれているくちびるが、わずかに開いていた。
胸の奥をぎゅうっと掴まれたようになり、私は自分でもよくわからなかったので、ふるふると首を振った。
ソフィの方へと歩き出した。
彼女に声をかけるよりも早く、とすん、と体が後ろにかしぐ。ソフィが飛び込むように抱きついてきたのだ。
いつもと同じ、甘い香りがする。
花のような匂いだが、私が知るどの花とも違う。彼女の豪奢な雰囲気からは意外なほど、素朴で優しい香りだ。
金色の長いまつ毛に視線を落とした。
彼女は小柄で、けれどもきゅっと腰のくびれた女性らしい体つきをしている。
痩せぎすで枯れ木のような私とは大違いだ。
私が雑草なら、ソフィは、ただそこにいるだけで抜群の存在感を醸し出す、薔薇のよう。
「昨日、来ないから心配したじゃない! しかもなんで結婚してるのよ!」
ソフィはぷりぷり怒りながら言った。
「結婚のこと、どうして知ってるの……?」
「あたしを見くびらないで頂戴。なんだって知ってるんだから!」
ソフィは腕を組み、口をとがらせてそっぽを向く。ややあって私の後ろに視線を投げ、「--まあ、でも予想通りね」と言った。
「え?」
「こうなると思ってたのよ。--ね、妖精魔道士さま」
ソフィは、私の後ろで黙ったまま立っているベリィにウインクをした。
「貴女は……」
ベリィがなにか言いかけた。
それを遮るように、酒場は歓声に湧いた。
妖精魔道士が森の中に住んでいるというのは周知の事実だが、彼はいつも屋敷に閉じこもっている。
だから、実物を見たことのある人は、ごく限られているのだった。
男たちは、自分たちより年下の少年にしか見えないベリィが、はるか年上なのだということに興奮して、彼から根掘り葉掘り聞き出そうとしていた。
ベリィは困惑しながらも--ただし、表情はほとんど変わらない--一つひとつの質問に真面目に答えていた。
「おめでとう、ラベンディア!」
ソフィは、柔らかく目を細めてそう言った。
その日抱いた違和感には目をつむり、私は彼の妻として日々を送った。
そうして気づけば一年が過ぎ、ーー私たちはまた夏を迎えていた。
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【ムスカリ爺さん】
エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。パンセ伯爵家長女の母親と、使用人の父親を持つ。弟がいるが、すでに故人。
【ソレイユ】
ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。
褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。
ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。
【エンツィアン】
ラベンディアと同い年の義弟。
【ソフィ】
ラヴェンディアの友人。金髪緑目、小柄だけどどこか妖艶な美女。
・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。
・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。
・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている。