9.花びらの船
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memo:
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【ラヴェンディア・パンセ(17)】
淡い紫色の髪に、新緑の瞳。
実家から逃げ出してきた元伯爵家長女。
十三歳のころから、森の屋敷で住み込み家政婦として働いている。
冬の街出身。
【妖精魔道士エリアル(見た目17歳/実年齢約300歳)】
ストロベリーブロンドに、色素の薄い青い目。童顔。
ラヴェンディアの雇い主。三大魔法使いの一人「叡智の妖精魔道士」。
人と妖精とのハーフ。
本名「ストロベリアルドベック・コプロスマ」。愛称「ベリィ」。
夏の街の森に住む。
雪の中でも咲く花「パンセ」を開発した。冬の街では英雄扱い。
実家への挨拶は要らないと告げた。けれども、ベリィは納得していない顔だった。
「ーー私は実家から逃げてきたのです。ご存知でしょう? 居場所を知られたくありません」
「それについては問題ない。僕がなんとかする。居場所を知られたところで、妖精魔道士の妻を害せる者がいるとは思えないな」
ベリィはきっぱりと言った。
「でも……」
「ーー会いたい者は?」
さっと脳裏にソレイユの顔が浮かぶ。
「だ……ベリィ、実家への挨拶は不要です」
「だが、会えるときに会っておくべきだ」
私たちの話し合いは平行線を辿っていた。何度帰りたくないと告げても、彼はまだ納得していない顔だった。
ベリィにしては珍しく頑なだった。
「ーーあの、お願いがあるのです」
私は話題を変えることにした。
「昨夜、友人と会う約束をすっぽかしてしまったので、出かけてきてもいいでしょうか?」
作戦は成功したらしい。ベリィはさっと顔色を悪くした。
「……! すまない。ラベンダーの都合も聞かず強引なことをしてしまった」
彼はうなだれている。
「いえ、ただ、説明も兼ねて出かけたいので……」
「もちろんだ。送っていこう」
一人で行きたいとは言えなかった。
ベリィは、私の手を取ると庭に出た。
「ベリィ? あの、街はあちらでは……」
彼は森ではなく、裏手にある小川へ向かった。そして、そこに花びらを浮かべると、手をかざしてなにかぶつぶつとつぶやく。
花びらは流れていくことなく、その場に繋がれたかのように動かなくなった。
どうするのだろう?と不思議に思っていると、ベリィがこちらをちらりと見る。繋がれた手から熱を感じて、くらりと目眩がする。
まぶしさに似た感覚に思わず目をぎゅっとつむった。
次に目を開けると、信じられない世界に立っていた。
初めに思ったのは、空がひどく遠いということ。そして、まるで森の中に立っているような風景が広がっているのだけれど、植物を支えるのがごつごつした幹ではなく、細くしなやかな茎であること。
「私、縮んでる……?」
「正解」
ベリィが私の腰を抱く。
まるでワルツを踊るようにふわりと浮かび上がり、そのまま宙を歩いて、花びらの船に着地した。甘い香りに包まれる。
「転移でもいいのだが……。街中だと目立ちすぎるだろう」
彼は、いろいろと配慮してくれたらしかった。
彼に促されて恐る恐る腰を下ろす。花びらは沈むことなく、ほとんど揺れも感じられない。座ってみると、ふわふわと柔らかく、しっとりとした布のような質感。わずかに濡れていた。
「では、行こう」
ベリィは私の手を握ったまま離さない。彼がなにかつぶやくと、花びらの船はゆっくりと動き出した。
意外にもゆったりとした船旅という感じではなく、飛ぶように進んでいくスピードに驚いて、私はベリィにしがみついた。
彼はぽかんとした表情をしたあと、くつくつと笑い、しっかりと私の肩を抱いた。
はじめは驚いたけれど、魔法の影響なのか、驚くほど揺れもない。船酔いすることもなく、私たちはあっという間に街へと運ばれていったのだった。
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レシピを更新しました!
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活動報告に「妖精魔道士の家政婦ラヴェンディアの、ある日の夕食レシピ」をUPしました。
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memo
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【ムスカリ爺さん】
エリアル唯一の友を自称する筋骨隆々とした老人。病弱な妻を愛している。
パンセ伯爵家長女の母親と使用人の父親を持つ。
弟がいるが、すでに故人。
【ソレイユ】
ラヴェンディアの乳母であり義母であり、はとこ。
褐色の肌、焦げ茶の髪、金色の目。
ムスカリ爺さんの姪で、成人したのをきっかけにパンセ家で働くようになった。
【エンツィアン】
ラベンディアと同い年の義弟。
・ブルムフィオーレ王国の子どもは「正式名」と、愛称となる「守護花名」の二つの名をもらう。
・ブルムフィオーレ王国には、魔法を使える者はほとんど生まれない。三大魔法使いとして歴史に名を残す者たちがいる。
・ブルムフィオーレ王国は、四つの地方に分かれている。