3.牧場
お待たせしました、連載再開です。
よろしくお願い致します。
「お待たせしました~!って……あら?どなた?」
ドアを開けた女の人は夕飯の支度の最中だったのだろう。
エプロンで手を拭きながらあたしの顔を見て首を傾げる。
あたしは慌ててぺこりと頭を下げ、挨拶をした。
「あのっ、こんばんは!実は迷子になって歩いている内に暗くなってしまったんです!今夜一晩、空いてる小屋をお借りして寝かせてもらえないかとお願いに来ました!」
とりあえず迷子ということにしておこう!
そう言い終わり、そろ~っと顔を上げると女の人は目を見開きとても驚いた様子で口を開いた。
「まぁまぁまぁ!迷子になってしまったの?!どこの村から来たのかしら?!」
「え、村……?!あの……ちょっと村の名前も帰る家の場所もどこにあるのかわからなくて……」
女の人の圧にびっくりして返答がしどろもどろになってしまった。
家の場所がわからないと言うと女の人は更にびっくりして、
「おうちの場所がわからなくなってしまったのね?!確かに夜にこの辺りを歩くのは危ないから小屋を貸すのは構わないんだけれど……あ、お外は寒いでしょう?とりあえず中へどうぞ」
と、中へ入れてくれた。
そのまま、玄関で靴を脱がずに土足のまま奥へと案内されたので、あたしとリュータはそのあとをついて行く。
「お夕飯は食べたのかしら?もしまだなら一緒にいかが?」
リビングらしき部屋の前で女の人は振り返り、そう質問する。
ご飯……?
そういえば今は何時なんだろう?
今日は試合だった為、お昼も少ししか食べておらず、夕飯という単語を聞いて急に空腹を感じ始めた。
ただ、寝る場所を貸してもらうお願いをした上に食事までもらうのは気が引ける。
ここは食事は遠慮しようと口を開きかけたところでシチューのようないい匂いが鼻を掠める。
すると断りを入れる前に
グゥゥゥゥ……
と腹の虫が返事をしてしまった。
あまりの恥ずかしさに顔に体温が集まる。
その様子を見た女の人は思わず、と言う感じでくすりと微笑むと
「今日はチキンのクリームスープ煮なんだけれど作り過ぎてしまったのよ。このままだと明日も同じメニューになってしまうから減らすのを手伝ってくれると嬉しいわ」
と言ってくれた。
あたしのお腹はすでに空腹に耐えきれないとでも言うようにさらに腹の虫が鳴こうとしていたので、お言葉に甘えることにする。
「あの、夜分に突然お邪魔してご飯までご馳走になってしまってすみません……」
「いいのよ~、子供は遠慮するものではないわ。男の子なんだから今のうちにたくさん食べないと!たくさん食べれば大きくなれるわよ~?」
子供……は別にいいとして、男の子!?
もしかしてあたし、ちっちゃい男の子だと思われてる!?
「あたし、男の子じゃないです!」
慌てて訂正を入れる。
「あらごめんなさい!てっきり男の子だとばっかり……とりあえずご飯食べながらお互いゆっくり自己紹介しましょうか」
そう言うと女の人は椅子をひとつ引いてくれたのでそこへ座る。
「わんちゃんはこの上にどうぞ~!」
ふわりと、足元にリュータが寝転がれるくらいの大きさの羊の毛っぽいふわっふわのマットを敷いてくれたのでリュータは大人しくその上で丸くなる。
テーブルを見るとそこにはすでに2人分のお皿が用意してあった。
「あなたとわんちゃんの分は今持ってくるわね。あとついでに旦那も呼んでくるからちょっと待っててね」
女の人はキッチンへ行ってしまったので、待ちながら部屋をぐるりと見渡す。
とても広いリビングで、ログハウスらしく天井もすごく高い。
部屋の中にはこの6人掛けテーブルともうひとつ、奥にはゆったり座れそうなソファーも置いてある。
そのソファーの前にはレンガ造りの暖炉に火がくべられていて、暖炉のまわりには薪が積み上げられおり、壁には綺麗な模様のタペストリーが飾られ、所々にランタンもぶら下がっている。
どうやらテレビやパソコン等の電化製品は置いていないようで、部屋の明かりもそのランタンのみみたい。
ただ、それでも暗い訳ではなくランタンの灯りが部屋全体に行き渡っていて部屋の中はとても明るい。
蛍光灯の白い光ではなく、ランタンと暖炉の火から出るオレンジの暖かい光に包まれてとても落ち着く……
うわ~!!
めちゃくちゃ素敵すぎる!!
将来こんな家に住みたいを具現化したみたいだ!
一人でこっそりとテンションが上がっていると奥から「お待たせ~」と女の人が手にお皿を持って戻ってきた。
「ほら、あなたも座って!」
ひょこっと女の人に続いてサンタみたいな立派な髭の男の人が席に着く。
「とりあえず冷めないうちに頂きましょ!ちょっとお行儀悪いけど食べながら自己紹介しましょうか。ね!」
パッパっとみんなにカトラリーを配り、リュータには細かくしたお肉のようなものを乗せたお皿を置き、女の人は席に着いた。
そして夫婦揃って胸の前で手を組むと、
『我らを導きし偉大なる聖樹ユリウスドラグ様に感謝を』
と、2人声を合わせて祈り始めた。
あたしも慌ててそれに合わせ、同じように胸の前で手を組んだ。
「さて、それじゃ自己紹介しましょうか!私はシェイラ、そしてこっちが旦那のマックよ」
「あ!遅くなってすみません!私は西條美優です!」
「サイジョーミユー?」
シェイラさんもマックさんも同じ動きで首を傾げる。
なんかかわいい……じゃなくて!もしかして名字要らなかったかな?
「あ、ミユウです!よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
そして目線を下にいるリュータに向け、
「それでこっちの白い犬?がリュータです。さっき森で一緒になりました。どっちに行ったらいいかわからなくて途方に暮れていたら森の外まで連れてきてくれたんです」
「あら、あの森を抜けて来たの?ならそのわんちゃんは神の御使い様かもしれないわね」
「神の御使い?」
聞きなれない単語に思わず聞き返すとマックさんが教えてくれた。
「ミユウが抜けてきた森は神獣の森と言って、聖樹様に遣えていた神獣様の住処と言われている。その森に住む白い獣は神獣様に縁あるものとしてこの付近では見かけたら丁重に扱う習わしなんだよ」
「え!じゃあ勝手に森から連れ出したらまずかったんじゃないですか?!」
「あら、リュータちゃんがミユウちゃんを森から出してくれたんでしょう?多分ミユウちゃんのこと気に入ったのね。リュータちゃんがミユウちゃんと一緒にいたいと言うなら連れていても大丈夫よ」
シェイラさんにそう言われ、ほっとあたしは安堵のため息を吐き出す。
良かった、連れ出しちゃいけない動物だったら怒られちゃうもんね。
ちらりと足元のリュータを見ると美味しそうに用意してもらったご飯をパクパクと食べている。その様子にあたしのお腹もグゥ、と限界を訴えたので目の前に置かれた美味しそうなクリームスープ煮にスプーンを潜らせる。
湯気の漂う暖かなスープは、飲み込んだ瞬間胃と心をほわりと温めてくれた。
「美味しいぃ……」
思わず漏れた言葉に、シェイラさんはニコニコと微笑み「おかわりたくさんあるから遠慮せずに声をかけてね」と言ってくれたので、お言葉に甘えもう一杯おかわりをもらってしまった。
「ミユウちゃんは神獣の森で迷子になっていたんでしょう?ならお家は森の向こうなのかしら?お家の人心配してるわよねぇ」
ご飯を食べながら、そう聞かれたのでどうしようかとあたしは悩む。
どうせ夢だし適当に答えてもいいんだけど、何となく居心地が良くてまだ夢から醒めるのが勿体ないと思い始めたあたしは真実を混ぜつつそれっぽく誤魔化すことにした。
「それが……気づいたらあの森の中にいて自分でも何故ここにいるのかわからないんです……親は……いません」
うん。夢の中にはいないから嘘ではないな。我ながら天才ー!なんて自画自賛していると、シェイラさんとマックさんは何故か涙を堪えながらあたしを見ていた。
え、なんでぇ?!
「ミユウちゃん、辛かったわね……」
「良ければ、好きなだけここにいるといい」
頭と背中をポンポンと撫でられそこでようやく特大の誤解をされていることに気がついた。
あれこれもしかしてあたし、両親いない子だと思われてる?!
否定しようと思ったものの他に上手い言い訳が思いつかず、申し訳ないなと思いながらその設定で行くことにした。
「あの……それなら外にある藁の小屋借りれませんか?」
「藁の小屋?何に使うんだい?」
「えっと、そこに寝泊まりさせてもらおうかなと……」
「ダメよ、ダメダメ!」
ほのかな憧れを胸にそう希望を出してみると、昔よく聞いたようなフレーズでシェイラさんが止めに入った。
「外の小屋で寝泊まりなんかしたらすぐに風邪を引いてしまうわ!うちに空いてる部屋があるからそこを使ってちょうだい」
「ね!」と念押しされあたしはその勢いに圧され頷いた。
「そうと決まればお部屋の準備しなくちゃね。まずは食器を片付けちゃいましょうか」
「あ!あたしも手伝います!」
「ありがとう。それじゃあお皿を持ってついてきてくれるかしら?」
「はい!」
シェイラさんのあとを、お皿を持ってついて行く。
シンプルな作りのキッキン、その奥にある棚のような場所の扉を開けるとそこにお皿を入れるよう言われたので、言われた通りにお皿をしまう。全てのお皿をしまうと、シェイラさんは何かボタンのようなものを押して振り返った。
「さて、じゃあミユウちゃんのお部屋に案内するわね」
「え、お皿は……?」
「後で乾いたらしまうから大丈夫よ」
どうやら全自動食洗機だったようで、洗うところから乾かすところまで全部自動でやってくれるっぽい。
見た目はログハウスだったからもっと手洗い的なものかと思ってた。
すごいなぁ、と感心しつつシェイラさんにあたしが使わせてもらう部屋へと案内してもらう。
「今は家を出てったうちの子が使ってた部屋なんだけどちゃんと掃除してあるからすぐ使えると思うわ。ここ、使ってちょうだい」
シェイラさんが扉の脇のスイッチのようなところに手をかざすと部屋全体がパッと明るくなる。
「うわぁ、素敵……」
藁のベッドで寝るのも夢だったけど、この部屋はこの部屋でカントリー調の木製のベッドにパッチワークの掛布団、壁にはタペストリーが飾ってありとても可愛らしい部屋だった。こんな部屋使っていいなんて夢みたい……!あ、夢なんだった。でも夢だとしても嬉しい!
「それじゃ、ゆっくり休んでね。おやすみなさい」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
パタン
ドアが閉まり、あ!と思い出す。
「お風呂入ってないんだけど借りてもいいのかな……」
「『オフロ』とはなんだ?」
後ろから突然声がかかる。
ひぇ、部屋には誰もいなかったよね……?
恐る恐る部屋を見渡してみても可愛らしい部屋があるだけで人の姿は無い。
あれ、気のせいかな……?
そう思おうとした時、再び声が。
「ここ。こっち」
自分の足元からする声に、真下を見てみればそこには……
二本足で立ち上がるマルチーズがいた。
まるで、『よう』とでも言うように片手を上げたリュータが。