2.森の中
お待たせしました……
亀更新2話目です。
どすっ!
「痛っ!」
謎の穴らしきものに吸い込まれるように落ちたあたしは何の前触れもなく地面に叩き付けられた。
幸い……と言うか体感で感じていたよりも低い高さから落ちたらしく大きな怪我はなかったが、木の枝か何かで切ったのか手のひらにはじわりと血が滲んでいる。
「え?木の枝……?」
そう思って見上げてみればそこは先ほどまでいたお城の本丸広場ではなく、木が鬱蒼と生い茂る深い森の中のようだった。
一緒にいたはずの剣士の姿もどこにも見当たらない。
ぐるりと一周どこを見渡してみても目に入るのは苔むした大きな木ばかりだ。
混乱しながらも、とりあえず剣士を探さなくては……と立ち上がり荷物を拾うと、なるべくこの場から離れすぎないよう気をつけながら森の奥へと足を進めることにした。
「剣士ー?」
試合の時の掛け声は何処へやら、な小声で声をかけながら奥へ進んでいくと急に視界が開けた先に大きな泉が現れる。
月明かりで反射した水面がキラキラと揺れ、とても幻想的な景色だった。
こんな状況でなければ何時間もうっとりと眺めていたかもしれない。
ズキン!という手のひらの痛みで現実へ引き戻され、とりあえず手が洗えそうか泉の様子を見てみると、底が見えるほど水は澄んでいた。
視線を上げれば月に照らされている泉の奥の方では、時折魚が跳ねているようなので生き物が住んでも問題ない綺麗な水なのだろう。
そう判断し、水に手を浸した。
「うぅ、冷たい……痛い……」
洗っても洗っても血は滲むばかりで、中々止まる気配がない。
手を洗うことに夢中になっていたその時、背後からガサリ、と何かの気配がした。
ドクン!と一瞬心臓が止まりそうになりながら恐る恐る振り向いてみるとそこには……
マルチーズがいた。
泥で汚れていたし、毛足も短かったがどう見ても犬、それもマルチーズに見える。
未知との遭遇になるかと思いきや可愛らしい動物だったので緊張感が一気に抜け安堵しているとそのマルチーズ(仮)は、とてとてとあたしに近寄りぺろぺろと手を舐め出した。
「君、どこの子?迷子になっちゃったのかな?あたしもなんだよー」
家で飼っているマルチーズと面影が重なり、舐められている手はそのままに、反対の手でわしゃわしゃと耳の辺りを撫で回していると、そう言えば舐められている方の手のひらは血がまだ止まっていなかった事を思い出し慌てて再度泉で手を洗う。
泉にじわりと染みていく血を何気なく見ていたその時、突然先ほどまでいくら洗っても止まらなかった血がぴたりと止まり、更には傷まで綺麗さっぱり無くなってしまった。
逆再生のようにみるみる消えていく傷跡を見ながらあたしは完全に悟った。
「あ。これ夢だ」
思えばお城の広場にいたのに急に森にいるはずがない。
あの辺りからきっと夢だったのだろう。
「へっくしょい!!」
夢とわかっていても寒さは感じるようで、段々と体が冷えてきた。
元々暗い森の中、泉を照らしていた月も雲で姿を隠し深い闇があたしを包む。
幸いすぐにまた月が顔を出し辺りは明るくなったが雲が多くなってきたのでいつ月が隠れて辺りが暗闇になってもおかしくない。
雲の様子も雨雲のような厚い雲に変わっており天気も崩れそうだ。
今日は試合だったため制服ではなくジャージ、しかも下に何枚か着込んでいたので急激な寒さは感じなかったが森で一晩明かすには心許ない装備かもしれない。
風さえ防げれば眠ることはできそうだが、泉の対岸に見える洞窟らしきところではお尻が痛そうだ。
どうしようか途方に暮れていると、くいっ、とジャージの裾を先程まであたしの手を舐めていたマルチーズっぽい動物が引っ張る。
「なぁに?」
しゃがんで目を合わせるとまた、くいっ、と裾を引っ張る。
まるで『こっちに来て』と言っているように。
「そっちに何かあるの?」
立ち上がりあとをついていく素振りを見せると、そのマルチーズっぽい……ええい、めんどくさい!うちで飼ってるマルチーズの名前で呼んでやる!マルチーズもどき、もとい、命名リュータはチラチラとこちらを振り返りながら歩き出した。
なるべく先ほど気がついたところから離れないよう気をつけていたがどうせ夢ならば……と荷物を背負い直し、リュータについていく。
「どこまで行くのー?」
慣れない山の中、制服じゃなくてジャージで良かったと思いつつも体力的に厳しくなるくらい歩いた頃、視界が開けた。
森を抜けた先には広々とした草原が広がっており、その先に灯りが見える。
「あそこ……人がいるのかな?」
その呟きに呼応するようにリュータが『わんっ』と鳴いた。
そしてその灯りの方へと再び歩き出す。
辿り着いた先は柵に覆われた牧場のような場所だった。
所々に小屋があるので恐らく動物たちはその中で休んでいるのだろう。
ぽつりぽつりと建っている小屋の中で、ひとつ飛び抜けて大きなログハウス風の建物が目に止まる。
先ほどの灯りはこのログハウスから漏れているようだ。
とりあえず母屋と思われるログハウスへ向かう途中、扉の開いた小屋があったので中を覗いてみる。
この小屋には生き物はおらず、ただ魔女が荷物を運ぶアニメで見たようなこんもりと積まれた藁が目に入った。
「わぁ!藁のベッド!あのアニメ見た時からちょっと藁の上で寝るのやってみたかったんだよねー!とりあえずまだこの夢覚める気配がないし、今日はここで寝ようかな……」
山盛りの藁を見て、幼い頃憧れた光景を思い出す。
どうせ夢なんだし、起きるまでこの夢の世界を堪能しようかなー?
ただ、いくら夢とはいえ持ち主に黙って借りるのは気が引けたのでまずはやはり母屋に行ってこの小屋を今晩貸して貰えるようお願いをしに行こう!
家主の元を尋ねるのにあまり遅くなっても迷惑だろうと、すぐに小屋から出て母屋へと向かう。
辿り着いた母屋は立派なログハウスだった。
チャイムらしきものが見当たらないのでドアをノックし、声をかける。
「夜分にすみませーん!どなたかいらっしゃいますかー?」
するとすぐに応答があった。
「はーい、今行きまーす!」
ガチャ!
開いたドアから出てきたのはこれまた恰幅のいい、あのアニメで見たパン屋さんのような女の人だった。
次話もなるべく早く投稿できるよう頑張ります……!