1:プロローグ
「ヤァーーーーーーー!!」
パァン!と相手の面へ向け一撃を入れる。
「一本!勝負あり!」
審判が上げた旗を下ろす。
試合終了の合図だ。
対戦相手と互いに礼を交わしその場を後にする。
決勝戦特有の熱気溢れる緊張感の中、決め技を繰り出したあたし、西條美優は今回の試合も優勝を勝ち取った。
17歳なのに身長145センチと一見小学生に見える小柄な体型のせいで初見は必ず舐められているが、いざ試合をすれば負け知らずの実力の持ち主なのだ、あたしは。
試合を終え仲間の元へ向かうと、すかさず後輩の莉乃が駆け寄ってきた。
「みゅーセンパイ、めっちゃカッコ良かったですぅー!!」
見えないハートがぽこぽこ当たるような気がしながら辺りを見渡す。
「ありがと!ねぇ、剣士来てる?」
頭一つぶん大きい莉乃を見上げながら、今日応援に来ると言っていた従兄弟の姿が見えないのでそう尋ねると、莉乃は頬を膨らませ、
「剣士センパイ来てますけど、寝坊したらしくて関係者入口から入れなかったから一般観客席から応援するって言ってましたぁ。終わったら正面玄関で待ってるってみゅーセンパイに伝えて欲しいって言ってましたけどぉ、寝坊するってヒドくないですかぁ?!みゅーセンパイの大事な決勝戦だったのにぃー!!」
と、ぷんすこ怒っている。
まぁまぁ、とその頭をひと撫でしてなだめたりしながら表彰式も終了し、みんなで更衣室へ向かった。
「確か先生、試合の反省会は明日やるって言ってたよね?あたし着替えたら今日は先に帰るね。莉乃、伝言ありがと」
後をついてくる莉乃を見上げお礼を言う。
見上げるのは莉乃が大きいからだ、決してあたしが小さいからじゃない!
…確かに平均より10cm以上小さいけど……
少し悲しくなりながら素早く着替えを終えると、まだ着替えてる後輩たちに声をかけて先に帰ることにする。
「みんな、試合お疲れ様。今日はゆっくり休んでね。反省会は明日やるからね、じゃあまた明日!」
『お疲れさまでしたー!!』
一際大きく手を振る莉乃に微笑ましく思いながら剣士の待つ正面玄関へ向かい、外へ出た。
ひゅう、と会場の熱気とは裏腹に冬の冷たい風が吹き付ける。
空を見上げれば世界がオレンジ色から濃紺に変わってゆく。
昼と夜の間。
あたしの一番好きなマジックアワーの時間帯だ。
空から視線を下ろし、玄関の前のスペースをぐるりと見渡せば玄関前スロープの手すりに腰掛けている剣士が目に入った。
「剣士お待たせー!」
「おう、美優おつかれ!あと優勝おめでとう!」
片手を上げこちらを振り向いたのは従兄弟の剣士。
あたしが通っている剣道道場の息子でもある。
剣士とあたしのお母さんは姉妹で家も隣。
産まれた子供(あたしと剣士)も同じ歳だったので自然と一緒に過ごすことが多かった。
うちは日本舞踊の家元だったけど物心ついたあたしが興味を持ったのは剣士のやっていた剣道だった。
剣士と一緒に習い始めメキメキと力をつけたあたしは今のところ高校の試合では負けなしだ。
剣士もあんなことにならなければ……
ふと顔を上げればニコニコと人懐こい笑顔で喋る剣士が目に入る。
「最後の一本、カッコよかったな~!綺麗に入ってたもんな!俺も……」
そこで一度言葉を止め、ぎこちない笑顔で剣士は話題を変える。
「そーいや今日の夕飯、豪華なの準備するから早く帰ってこいって母さんとおばさん張り切ってた。美優が優勝なのは普段の強さからわかってたし、多分姉ちゃんの結婚祝いも兼ねてるんだと思う」
「わ!一華姉ちゃんとうとう勇二さんと結婚するんだ!おめでとう~!道場は勇二さんが継ぐんだっけ?いつからこっち来るの?」
「来月からうちに入る予定。何気に父さんが一番楽しみにしてる。晩酌仲間が出来たぞ~っつって。うち母さんと姉ちゃん4人だからどうしても女の勢力強くて俺と父さん肩身狭くてさ~!だから俺も男3人になるから嬉しい!」
先程とは違い、心から嬉しそうな笑顔で剣士は言った。
「豪華な夕飯、なんだろうな~楽しみだなー!肉あるかな?焼肉・すき焼き・ハンバーグぅー……ん?」
食べたいメニューを謎の歌にして口ずさんでいた剣士がふと視線を左上に向けた。
「なぁ!美優!!あれ!あれ見て!なんか光ってるんだけどなんだろう?UFOかな!?」
あれ!あれ!と剣士が指を差したのはお城のある方向だった。
あたし達の住んでいるこの場所はお城がある城下町だ。
以前あたしも空に光る謎の光を見つけて『UFOだ!』と思ったらお城のライトアップイベントだったことがある。
なので剣士の見たそれもそうだろうと指の先を目で追うがそれらしき光は見当たらない。
「何も光なんて見えないけど……」
「いや……さっき光ってたんだけどな……あ、よく考えたら左の方だから見間違いだったかも……」
剣士は中学2年の頃、塾帰りに酔っ払いの喧嘩に巻き込まれ左目の視力をほぼ失っている。
多少の光は見えたとしてもあんなに遠いお城の光は見えないはずだ。
見間違いと分かっていても何か気になるのかチラチラとお城の方を気にしている剣士を見かねて、
「軽く散歩がてらお城の中通って帰ろうか?まだ夕飯には少し時間があるし」
と提案してみると相当気になっていたのかすぐに頷き、早くいこう!とワクワクした顔の剣士に引きづられるようにあたし達はお城方面へ歩き出した。
「誰もいないね」
「イベントなら沢山人が集まるよね?やっぱ俺の見間違いかな~?」
しゅん、と落ち込む剣士と共にとりあえずお城を一周することにして、豆汽車が可愛いこども遊園地を抜け天守閣のある本丸前広場に入ると
「あ!あそこ!」
剣士が一本の大きな松の木を指差す。
が、やはりあたしには光は見えない。
近づいていく剣士の後を追うようについて行き腕に手をかけ目線の先を覗き込むと、先ほどまで何故気づかなかったのかと思うほどの眩い光が木の幹から放たれていた。
「え!何!?眩し……っ」
思わず一歩後ろへ下がると後ろへ踏み出した足が地面に着かずそのまま地面に吸い込まれていく。
「美優!?」
異変に気づいた剣士が手を差し伸べ、その手を掴もうとあたしも必死で手を伸ばしたがその手は虚しく宙を掴み、あたしは奈落の底へ続きそうな深い闇に飲み込まれてしまった。
亀更新です。
温かい目でお付き合いください。