待ち人来たる?
「おや?」
スズメが何かに気づいた様子を見せると、いきなりクロの顔に向かって羽ばたいた。
「わぷっ!なにす……」
「気配を落とせ」
「はい?」
クロの抗議を無視して、スズメは緑花に注意を促す。
「緑花」
「なに?どうしたの、スズメ?」
「そなたの待ち人が来たやも知れんぞ?」
「え?」
一瞬首を傾げた緑花だが、すぐにハッと何かに気づいた表情を浮かべた。
「私の領域に…誰か入った……」
そのつぶやきの後、クロも人の気配に気づく。
そして――。
「こ、ここよ……!ここだわっ!あったっ!」
「うぇ…嘘……。マジか、マジであったぁ?!まさかでしょ……」
がさがさと雑木を押しのけるようにして、歓喜の声と共に二人の人間が姿を見せた。
女は嬉しさで飛び跳ねながら男の肩を掴んでいるが、男の方はただ呆然としているようだ。
二人はあちこち泥や土で汚れていて、背負っているリュックにはハーケンやカラビナ、ロープ等が備えられている。
ヘルメットもしっかり被っていて、流れる汗はいかにもがっつり崖を上ってきました――という風情。
(えーと…ここまで来るのって、人にとってはものすごく大変?)
(崖添いの道、半分以上は崩れているはずよ……)
クロの問いに緑花がそう答える。
(あら、男の方……あの男の血筋だわ……)
(え、帰ってきたってこと?)
(さあ?)
緑花は二人をじっと見つめていた。
座敷童二人とスズメは、人間二人が入り込んできたと同時に泉から離れ、大木の枝上に移動している。
そんな人外たちの存在などつゆ知らず、侵入者の二人は周囲を用心深く観察しながら、ゆるゆると中へと進んできた。
ただ用心しながらも(草むらは蛇や毒虫等の危険があります。また「こんなところに穴が…」もあり得る)女の方は満面の笑顔で、男の方はまだ「嘘だろ…」「信じられねー」とつぶやき続けている。
男は広場の真ん中にある水の枯れた泉の縁辺り……、この地――隠里の真ん中までたどり着き、周囲を見回すと「はぁ…」と息を吐きだして言った。
「信じらない……。萌先輩、ここで間違いないです。うちにある古文書の絵の配置と一緒です!絶対にここ、染織の隠里です」
「でしょ、でしょ?!やっぱしあたしの睨んだ通りだったわ!」
「ええ、参りました。これぞ執念の賜物ってヤツですか……」
はあ……と息を吐きながら、男の方はまだ信じられねーっとつぶやいている。
男の名は彦神千夜といい、手織り職人を目指す大学二年生だ。
「何言ってんのよ!ここからがスタートじゃないの!これが賜物だなんて、冗談じゃないわ!」
浮かれる千夜に力強く釘をさすのは、水上萌という。
染色家志望の大学三年生。
「はい?何言ってんですかー!もう何百年――たしか、六百から七百年くらい、うちの先祖たち代々が探し続けて、見つけられなかった隠里ですよ!これ見つけるなんて、すっごい快挙です!」
何が不満なんですか…と言う千夜に萌は言う。
「だーかーらーっ!なんのために探してたかって話でしょー!」
「なんのためにって…それは……」
萌の指摘に、千夜はむぅ…と言葉を止める。
「えーと……。うちの先祖の秘伝の調……」
「違っーうっ!」
またも言葉を止められる千夜。
「ああ、もう……。てか、とりあえず水飲んで小休憩しよーよ……」
「……なんでそんなマイペースなんですか!」
自分から話題振ったくせにーっと文句を言う千夜を無視して、萌は自分のリュックから水筒を出すと、大きめの石に座って水を飲んでいる。
「ったく……」
だが休憩したかったのは千夜も同じだったので、不満げな顔をしながらも、自分もリュックから水筒を出すとどっかり地面に座り込んだ。
「ふぅ……」
水を飲んで一息ついてから、萌が言った。
「あんたんちのご先祖様――染織の神って言われた人が織りあげた帯、緑珠……。その染色の秘密の調査ももちろんするわよ?でもね、それは私にとっては通過点の一つでしかないの、目的じゃないのー」
「うちの秘伝、萌先輩にとっては通過点ですか……」
萌の言葉に、千夜は少ししょぼくれた顔をする。
萌はなかなかの美人の部類だ。
身長は一七〇くらいで、痩せ過ぎでもない、太り過ぎでも無いいわゆる健康タイプの体型。
手足が標準より少し長めで、実際の身長より背が高く見えるタイプだ。
染めていない黒のショートカットは前髪を軽く片側に長して耳にかけてスッキリさせ、きりっとした眉は、猫っぽい大きめの目を際立たせ、口元はキュッとしまっていて清潔感がある。
フィールドワークが多いせいで少し肌は焼けているが、薄汚れた感じはなかった。
千夜に対し少々きつめに出る傾向はあるが、休憩を促したり、否定しつつも言い分を認める言い回しをしたり、相手に対する気遣いも忘れていない。
千夜は萌を先輩と呼んでいるが、それ以上を狙っていたりする……。
因みに千夜の容姿も整った系で、身長は萌より高く一八〇くらい。
萌と同じくフィールドワークで日に焼け、ぜい肉も無い引き締まった体躯をしている。
それなりに女の子人気はあって合コンのお誘いは多い方だが、肝心の萌にはまだ後輩としか思われていない残念男子である。
「萌先輩?あれって国宝ですよ。国宝緑珠。帯に織り込まれた孔雀の羽色がまるで真珠のような深い艶を持っていて、どうやってあの色を出したのか、今だその技法が解明されていない国宝中の国宝って言われてるんですけど?」
「知ってますー、だから何だっての?」
「だから……うちの先祖たちや、他の高名な染色家たちが、ずっとチャレンジしてるけど全然再現できないんですよあの色……。織技や糸の質はなんとか再現できたけど、何百年もの間、誰もあの深みのある艶をだすことが出来ずにいるってのに、萌先輩はそれを通過点っていうんですか?」
「当然じゃないの。あれって、もう既にそこにある結果なのよ?目指すなら、それ以上でなくちゃ意味なくない?」
当たり前だと言う萌に千夜はため息を付く。
「どんだけ自分に自信持ってんですか……」
「自信はないわっ!」
千夜の言葉に萌は自信を持って言う。
「はい?」
「自信なんてないわ。あるのは目標よ!」
怪訝な顔をする千夜に萌は言う。
「あたし、あんたんとこの古文書読ませてもらったじゃない?」
「ええ、ここの情報を得る為ですよね……」
「それもあるけど、他にも色々よ。あんたんちの古文書、凄い興味深いこと色々書いてあったわ」
「そういえば、あるだけ読んでましたねぇ……」
萌が自分の家に残されてた古文書を、必死に読み漁っていた姿を思い出して、千夜は頷く。と同時に、なぜ今まで自分も含む彦神一族が、ここに至れなかったのか疑問に思う。
国宝となった緑珠の帯は、染織の神と呼ばれる先祖が隠里で織り上げたものだと言い伝えられていた。
先祖の軌跡を知るため……再現できないその技を何とか解明するために、今までに何人もこの地を探し、見つけられずに挫折を繰り返していた。
国宝となった緑珠と同じレベルのものを作り出すのは、千夜の一族の悲願でもある。
代々受け継ぐ書付にその秘伝が書かれているとされているのだが、秘伝書通りに染めても、緑珠のような艶を出すことがどうしても出来ないのだ。
もしかしたら、隠里に忘れてきた秘伝書があったのかもしれない……。
そんな思惑もあって、隠里を熱心に探す者は多かった――。
今は手織りの職人になると公言している千夜だが、昔は染色家を目指していた。
だが、いくら頑張っても思うように色を出せないことに嫌気がさして、進路変更をしたのだ。
染色家を目指しているころ残されてる古文書を読み、隠里を探し回ったことがあった。その頃、ここに近いところまで来ていた記憶もあったのに……。
(どうしてここに辿り着けなかったんだ?)
「おおい、大丈夫?」
考え込んだ千夜の顔の前で萌が手を振る。
「大丈夫……。なんか、ちょっと理不尽は気分になったけど……」
「ん?」
「いや…えーっと……うちの古文書に興味深いことって?隠里以外になんかあったっけ?」
千夜の問いに、萌はうんと頷いてから嬉しそうに答える。
「日の出の色より明るい赤、日暮れの色より優しい朱、山百合より美しい花、そんなすべてを織り込んだ布――。そう言うのを作るんだって書いてあったの。つまりあんたのご先祖の目標ってヤツよ」
なんか成し遂げた人ってのは、目標ってヤツを持ってるもんなのよ――。
そう嬉しそうに言った萌に、千夜が言わずもがななことを突っ込む。
「あれ?なんでそこに緑色入ってないんだろ……」
「そこじゃない!」
「いや、でも……緑珠が緑だから……」
「だーかーらー、そういうこと言ってんじゃないの!あんたのご先祖――染緑珠しか作ってないことないでしょ?赤も青も黄色も茶色も紫も……色々な色を染めて、それを使って織りをしていたはずよ」
萌の指摘に今さらながらと言うように、千夜は「あ……」と言う顔をする。
「そ、それは……そうか……」
「ったく!いくら緑珠が国宝だからって、緑色だけ突き詰めてどうするのよ?まぁ、もしかしたら人によっては、そう言う道の究め方もあるんだろうけど、あたしが目指すのは、唯一の最上級!」
「唯一の最上級?」
「そうよ。あたしは緑珠を超える帯を作り上げる――。あれが今の唯一の最上級なのでしょ?だったらあれを超えるものを作ることが出来たら、それが唯一の最上級ってことじゃない?」
それが目標――。
壮大な目標だ……。
それを見ていたスズメが人には聞えぬ声で緑花に言った。
「待ち人来るだ、緑花」
スズメの声が聞こえているのかいないのか……二人の人間を見つめ続ける緑花だった――。
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