隠里
「竹は家壊しだからな……。ここを護っておる緑花にとっては天敵だろう」
スズメが笑う。
「家壊し?」
「知らぬか?竹は勢いが良すぎるのでな、少し油断すると木造の家屋などは、すぐに筍に穴を開けられてしまうのだ」
「あー、聞いたことあるかも……。さっき岩盤に亀裂入れたせいで水脈が変わったとか言ってたし、そういうこともあるんだろうな」
「ええ、迷惑な話だわ」
まだ眉をしかめている緑花がいう。
「筍の内に食っちゃえばいいのに……」
クロにとって筍は、美味な食材という認識だ。
竹も人に役立つ植物という意識の方が強い。
竹は生活の便利品として利用できるだけでなく、薬効の効果も様々持っている。
「うちの連中、竹をよく利用してたけどなぁ……。薬草摘みのときは軽くて丈夫でいいって竹籠持って行ってたし、乾燥させた薬草を保存するのにも使ってた、水筒にもしてたな……。行李籠も竹だったし、竹炭も作って色々使ってた。薬として調剤に混ぜてて、竹酢液ってのもある。もちろん筍も毎年、煮物はもちろん、白和えや佃煮、てんぷら――」
「そういう問題じゃないの!」
緑花がむくれた顔で声を上げた。
「人が管理しているならいいわ。でも、野放図に放り出された竹藪は害でしかないの!竹を管理する人がいないのよっ!」
そう竹林でなく竹藪――。
療養所からスズメの力で飛んできたので、ここがどこかは詳細にわからない。
以前どうだったかは知らないが、ここが今は人里離れた地になっている――というのは、周囲に人の気配が全くないことでわかる。
(※竹は外来種なので、本当に人が全く入っていないところには存在しない)
「あー……」
納得した声を出したクロに緑花が大きくため息をつく。
「スズメ――なんだか私、とっても腹が立つの……」
そういう緑花にスズメは笑って言う。
「何しろクロは己以外の座敷童に、今まで会うことなく来ているのだからな。各々が持つ様々な恨みになど、なかなか思い至りはできんだろう」
「ご、ごめん……」
つい謝ってしまうクロ。
今までの経験で、つい竹を擁護することを言ってしまったが、この地を護る緑花にしては禁句だったようだ。
水脈が竹のせいで変えられて、本体の泉の水が枯れたと言っていたし、恨み骨髄となっていてもおかしくはない……。
(俺、また地雷踏み抜いた……?)
以前、緑花の部屋に赴いた際にも、機嫌を損ねて窓の外に誘導するような言を吐かれた。
(見た目は穏やかな容姿なんだけどなぁ……)
クロにとって、緑花はすっかり相性の合わない居心地の悪い相手になっている。
「とりあえず、私の思いを遂げるまでは、ここを竹ごときに壊されるわけにはいかないの」
「えーと?」
どうやら緑花の思惑には期限があるらしい。
「だって、知らしめなければ、嫌がらせにならないじゃない?」
「あー」
いくら嫌がらせと言って、(人にとって)無駄にこの地を護ろうと、その対象となる者たちがそのことを知らなければ、何の嫌がらせにもなりはしない。
(つまり、嫌がらせの対象である人が、この地に気がつくのを待っているってことか……。ずいぶん気長で平和な、座敷童らしい嫌がらせだな……)
「ここはね、染織を生業とする者たちの隠里だったの」
「隠里?なぜ隠れてたんだ?迫害されてたとかか?」
「いいえ。秘伝をよそ者に盗られない為よ」
緑花曰く、この地に住んでいた者たちの祖となる男がいて、その男が残した染色技法や織の技法を護っていたという。
「ここって、海に面して山腹の出っ張りのようになっているの。この手の地形にしては結構な広さがあるのと、木々が茂っているせいでわかりにくいだろうけど、後ろは人が下りてくることが出来ない聳え立った崖になっているの。前と左右は土手を作ってうっかり踏み越えないようにしてあるけど、その向こうは落ち込む崖でその下は荒海――。唯一右の崖の一か所に細い道があって、そこから狭い砂浜に降りることが出来るの。その砂浜から後ろの山に入り込んで、他所に行くことが出来るのよ……」
その砂浜も、満潮時には水の下になるんだけどね……と緑花は言った。
「……なんか、思った以上の隠れ度だな……。よくこんな場所に里を作ろうとなんて思ったもんだ……」
秘伝を盗られたくなったとはいえ……。
「というのは、里においての表むき……」
「はい?」
「秘伝だどうだのとか、隠里だのというのは後付けのことよ。元々は一人の男が彩色の為に色々探して、この地の水を探し当てた――それがこの地の起こり……」
緑花は泉の湧水口を見つめる。
「元はそれだけなの――。一人の男が、自分の求める色を求めてこの地に入り込んで、ここの水を見つけた……。変な男だったわ……」
クロに視線を向けて肩を竦める。
「私が座敷童になる切っ掛けになった存在よ。只々、美しい布を作りたい……その熱意だけでこの水を探し当てたの……。とんでもない男よ――」
「探し当てたって……水?」
「そう、ちょっと他とは違うのよここの水は。この水を使って糸を染めると深みのある艶が出るし、強度も出るの。美しくて長持ちするって、それはそれは人気があったそうよ」
「何それ?」
「昔話よ……」
ふふふと、思い出す顔で緑花は笑う。
「この地の質ゆえだろう。ここの水は他のところの水とは成分が違っておるようだ」
クロの肩に止まっていたスズメがクロにそう教える。
因みに飲用に関しても、他所の水より人の身に良い効果がある――と付け足す。
「冷水温泉みたいな感じかな?あ、この地じゃないとダメって……」
「そう……ここの水じゃないとダメなの。他所に行ったら、あの色は出せないのだもの……」
緑花が呆れたように空を向いてため息を付く。
「なのにあの愚か者どもは、あの男が残した書付を後生大事に『秘伝』と呼んで隠していたわ。直系の子孫で、一番腕のいいものが引き継ぐんだ――なんて言ってね……」
単に年を取ってきて、色の配合を覚えきれなくなったから、書きつけただけのメモだったのに……。
「私だって、ついて行けるものなら、ついて行きたかったわ…。見捨てたくなんかなかった……。あの男と約束したから――」
「約束?」
「誰よりも、何よりも美しい布を作るって……。日の出の色より明るい赤、日暮れの色より優しい朱、山百合より美しい花――そんな素晴らしいものすべてを織り込んだ布を、いつかきっと作って見せてやる。自分が出来なくても、きっと子孫が成し遂げるって……。だから、この地を――水を護ってくれって――」
そう言ってたのに……。
しょんぼりと緑花は肩を落とした。
「わかっていたわ……人の命が短いことは……。約束が守られないことだって……」
自然より美しい人造品など作れるわけがない。
「それでも、私はあの男の心意気が好ましかった……」
「……」
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