緑花の本体
(あれ?そういえば、紫鏡もなんだかんだで屋敷を護ってたなぁ……。俺たち座敷童が護るのは『家』という人の集まりで、家屋としての家ではないはずなんだけど……)
クロは緑花の言葉を聞いて、少しおや?と思う。
紫鏡があの屋敷を護っていた理由と、緑花がここを護っている理由は恐らく違っているだろうが、家屋を護ったという面においては同じだ。
何だかんだで、こうして座敷童が家を護ってしまっているのでは、座敷童が建物のとしての家についていると、人が勘違いしてしまうのも仕方ないと思う。
もしかしたら座敷童の方にも、無意識で家屋としての家を、人の繋がりとしての『家』の象徴としてとらえている部分があるのかもしれない……。
「てか……もったいない!」
弾けて消える帯を見て、ついクロは口に出して言ってしまう。
帯としての価値は恐らく人にとって数百万。
込められている力は、座敷童にとって数年分……。
それが一瞬に消え、この地に吸い込まれていく――。
人がいうところのもったいないお化けが出てきてもおかしくない。
「だから嫌がらせになるんじゃないの」
「そうなんだろうけど、なんでここまでしなくちゃならないんだ?」
「だって私を置いて行ったんだもの」
緑花は当たり前のように言う。
「屋移りについて行けばよかったじゃないか。特に何か制約を受けているようにも見えないぞ?」
「……私に制約は無かったわ。でも、ここでなければダメなのよ、この地以外では……」
「え?」
「ついて行って座敷童として、家を護ることはできたわ。でも……ここでなければ出来ないこと――。しなくちゃいけないことがあったのよ……」
緑花は、井戸――とクロが思った場所を目で示しながら「あった――」と過去形で言った。
「あの井戸か?」
「失礼ね!井戸じゃないわ。泉よ――私の本体」
「え、泉?…てか、本体?」
緑花に言われた言葉に、クロは目を見開く。
慌てて井戸と思ったその辺りの草をかき分ける……。
「あ…ホントだ、井戸じゃないわこれ……」
井戸枠と思っていた石積みはほんの一部分で、石積みの範囲は、池のような凹みになった場所を広くぐるっと取り巻いている。
ただその石積みには高低があり、高い所の頭の部分が草から出ていた部分だけを、クロは見ていたのだった。
そうと知って、全体をゆっくり見渡してからクロは言う。
「そっか……泉の深い部分は石積みを高くして、うっかり水にはまったりしないように囲ってるんだな……」
そして浅い部分は、人が楽に水辺に出入りできるように石積みを低くしている。
石積みは周囲の土が流れて泉を埋めない為でもある。
「深い所が水の湧き出る所で、そこからあふれた水が向こう側に流れて、ちょっとした池になるよう仕立ててあったの。流れの先は地下に入って行って、その後は地上には出てこないのよ」
この泉の地上露出部は、ここだけだった――と緑花は言った。
「昔はね、ここに祠もあったの」
「祠か……」
それだけ人に大事にされていた水場だったということだ。
「この辺りには川も無くて、水場と言えるのはここしかなかったの」
「そっか……」
「でもその祠、私が護らなかったから、ずいぶん前の大きな風の日に吹き飛んで、きれいさっぱり無くなってしまったわ」
人がいなくなった祠なんて、あっても腹が立つだけよね……。
と、フン!と緑花は言う。
座敷童に祠なんて必要ない。
必要とするのは、祈る対象を必要とする人の側だ。
「そ、だな……」
緑花の言葉にクロは頷く。
必要ないのにクロのために蔵を作った、自身の家をつい思う。
「私のためにと祠を作って、そのくせ置いて行くなんて――。私が恨んでムカつくのって、当たり前でしょ?」
「なぁ……ここでしか出来ない事って、なんだったんだ?」
クロは守護家の恨みつらみを吐きだそうとしていた緑花の言葉を止める。
同じ座敷童として、愚痴を聞くのはやぶさかではないが、それ以上にここでしか出来なかったこと――というのがどうしても気になった。
「水よ。当然でしょ?私、元は泉の精なんですもの」
胸を張って言われるが……。
「いや…当然って言われても、初耳なんだけど?」
本体が泉というのもついさっき聞いたばかりで、泉の精とは聞いていなかった。
「そう?」
「だいたい俺、緑花のことはてっきり、織物の精か織機の付喪神が前身かと思ってたよ……」
「あら……」
クロが診療所に来た当初の頃、クロの前身を黄魚が指摘し、そのことでちょっとしたお叱りを黄魚が他から受けていたこともあり、他の童の前身の詮索はしない方が良いと思っていた。
「言われてみれば……。もしかしたら銀河や紅も、私の前身なんて知らないかも知れないわね……」
おっとりと緑花が小首を傾げて考える風情をした。
クロだけでなく、他の童たちとも、自分の前身の話などしたことはないと思い出したらしい。
「おい……」
緑花自身が話したことが無いのなら、知っているはずがない。
「うーん……考えてみればそうね。私はずっと機を織り続けているのですもの、誰も私のことを知るわけがないわ……」
まったく……と、ため息をつくクロ。
「てか、泉って言ったけど、水ないよな?」
元泉というべきでは?と思うクロだったが、これが本体だと言う緑花にそれは言えない。
「ええ、水脈が変わってしまったの……」
肩を竦めて緑花が言う。
その様子はあまり残念そうではない。
「水が無くなったから、人がいなくなったんじゃ?」
「いいえ。あの連中、まだここにコンコンと水が湧き出ている時にここを捨てて行ったのよ。厚かましくも、その時にはまだあった祠に向かって、その後の加護も祈っていったわ」
「……」
図々しいにもほどがあると言う緑花に、クロは何と言っていいのかわからない。
(置いて行かれたからと言って、ここまで恨むか?)
なにより置いて行かれたというのは、クロとしては違うと思っている。
緑花が残ったのだ。
ここでしか出来ないことがあったと言うが、座敷童は『家』の守護者。
その『家』は建物じゃない。人自体だ。
屋移りくらいついて行くのが当たり前。
守護家の家人たちの良の気が、座敷童の糧となるのだから――。
水というが、移った先にも水はあっただろう。
人は水が無くては生きていけないのだから……。
(ここ以外の水じゃダメなことってなんだ?)
そう思いながら、クロは泉の跡地に足を踏み入れる。
「結構広さあるな……」
深い所(湧水口の部分は直径1メートルほどある)を入れずに、六畳ほどの広さがあるだろう。
足を踏み入れてみると、元泉の底は斜めになっていて、端の方は大きな岩盤の下へ続いている。
よくよくその辺りに生えている草々を見ると、蕗やつゆ草など湿気を好むものが多い。
土も乾いておらず、適度な湿度を感じる。
湧き水としては枯れているが、湿気が地下から上がってきているようだ。
「湧水の口はそれてしまったが、流れはまだこの下に通っておるよ」
パタタっと空より降りてきたスズメが、クロの肩に止まって教えてくれる。
「お、スズメお疲れ様……。緑花の力をこの地に広げてたのか?」
「ああ、毎度面倒なことをやらせてくれる座敷童よ……」
ちろりと視線を向けたスズメに、緑花は「ふふふ」とただ笑う。
「緑花の本体が枯れたのってなんで?放っておいていいものなのか?」
クロの問いにスズメは頷く。
「緑花がそれを望んではおらぬのでな」
言外に戻すことはできるのだと言っている。
「もしかして、緑花がやったとか?」
緑花自身が、人のいなくなったこの地の泉を枯らせたのかと問えばそれは違うと首を振られた。
「竹のせいよ」
憮然と緑花が言う。
「竹?」
「そう、この向こう側に大きな竹林があるの、そこの勢いが強すぎて岩盤に亀裂が入ったの、そのせいでこの辺りの水脈が変わってしまったのよ……。私、竹って大っ嫌いっ!」
「え……?」
そう言い捨てる緑花に、クロは緑花の部屋を思う。
緑花の部屋の窓から見る景色は、一面の竹林であったはず――。
(でもそう言えば、あの帯の柄に竹入ってなかったな……。マイルームって、その部屋の主を癒す界って言ってなかったっけ?)
困惑するクロだった。
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