緑花の嫌がらせ
「緑花、帯見せてくれる?」
クロは緑花が携えている風呂敷包みを示して言う。
「ええ、良いわよ」
緑花は何の躊躇もなく包みをクロへ渡した。
「あー、あたしも見るー」
スズメとわちゃわちゃしていた紅が、クロの動きに気付いて寄って来る。
「織ってるところはしょっちゅう見てたけどー、完成品ってーちゃんと見たことなかった気がするー」
「へー、そうなんだ」
「だってー、気がつけばいつーの間にか、新しいのにとりかかってるんだもーん」
そう言って紅は頬を膨らます。
「タイミングが悪いのよ」
紅のぼやきは、緑花にあっさりと結論付けられる。
冷たい物言いに、さらにぶーっ!とふくれっ面をする紅だが、緑花にはまったく気にする風情はない。
絡んでくる紅を緑花が淡々といなしている様子は、一見仲が悪そうにも思えるが、言いたいことを言い合っている――という目で見れば、気安い関係とも言えるだろう。
ブツブツ言っている紅を横目で見ながら、クロは囲炉裏から少し離れて風呂敷包みを開けた。
丁寧にたたまれている帯を広げると、思わず「ほう…」と息が漏れた。
「見事だな……」
その一言に尽きた。
帯に織り込まれているのは様々な草木――。
つゆ草、蕗、蕗の薹、ススキ、葛、イタドリ、菫、山帰来、笹、柏などなど……。
緑の濃淡で生き生きと帯に描かれている。
そう、使われている色は全て緑――。
普通、菫やつゆ草などはその花が柄として採用されることが多い。
山帰来の赤い実や、ススキの金の穂なども織物に採用されることがよくある。
が、この帯の柄にはそう言った草木たちの、葉や茎のみが描かれていた。
「……みごとに緑色しか使ってないのな……」
「緑花だからな」
思わずつぶやいたクロに、銀河が当たり前のように言う。
「そう言う問題?」
「あら、良くないかしら?この帯」
気がつけば、そっとクロの側に移動してきた緑花に問われる。
「え、いや…そんなことは無いんだけど…」
「無いけど?」
「……見事な帯だよ……。とんでもなく力が籠ってるし、でも…だから……」
クロは考えるように首を傾げながら言った。
「何てゆーか…。もったいない――。そう、もったいないって思う。例えば、ここに山帰来の赤い実があったら、もっと華やかな帯になるだろ?蕗の薹だって、花が咲いた時の白……」
緑花がクロの言葉を遮るように手を伸ばし、クロの目の前にあった帯を畳む。
「これは、これでいいの……」
そう言いながら風呂敷に包みなおす。
「そっか……。うん、てか緑花……そんなに力を込めて、いったいその帯なんに使うんだ?」
我が身に着けるものではないのだろうと言うのは当然わかる。
他の座敷童に渡すというのでも無いだろう。
(これ…もし人界に有ったら、ものすごいお宝になるよな?)
緻密に美しく織られた帯――恐らく数百万の価格になるだろう。
しかも、座敷童の力が籠っているから、人に幸運を呼ぶ力をこの帯は持っている。
気がつかなければただの高級な帯で済むが、もし気がつく者がいたら――。
初めて緑花の部屋に入ったとき、その時に目にした織りかけのときもかなりの力を感じたが、織りあがったこれには、どう見積もっても数年分の座敷童の力が込められているとわかる。
というか、この帯に籠っているのは力――というより……。
(ここまで籠ってたら念だろーこれ……)
座敷童の力なので怨念にはならないが、それに匹敵しそうなほどの念――思いの重さ……。
ちょっと怖さを感じたクロに、緑花は笑って言った。
「嫌がらせって、言ったでしょう?」
「……」
穏やかに笑ってそう言う緑花を見て、スズメの言う通り、こうなったらその嫌がらせとやらを一緒に見に行くしかないな……と思うクロだった。
「ここよ」
「着いたぞ」
囲炉裏部屋を出た後、力を使いやすいから――という理由でスズメに井戸端に連れてこられたクロは、その数瞬後には緑溢れるちょっとした広場の真ん中に立っていた。
因みに銀河は、最初一緒に来ようか…?な雰囲気はあったが、むくれた顔のアオと紅を見て、苦笑いで留守番を宣言している。
なので、この地に来たのはスズメ、緑花、クロの三名(羽?含む)だ。
「えーっと……?」
そこは様々な草に覆われて、一面緑になっているがその草々の丈はクロの膝位。
座敷童でなくごく普通の人間であっても、肌に当たる草がちょっとくすぐったくても、さほど行動の妨げとなるほどではないだろう。
広さはテニスコート一面くらいで、真ん中辺りに一際こんもりと植物に覆われた場所があり、時々風で揺れる葉の隙間から石積みらしきものが見えている。
(井戸かな?)
広場の周囲は緑の壁のようなもので囲われている――。
周囲を見渡したクロは、広場を囲う緑の壁が蔦や草に覆われた家々だと気がついていた。
この井戸を囲うようにして、人々が暮らしていた名残だ。
(そういや、スズメが緑花の郷って言ってたな……)
郷とは五〇戸くらいのことを指すのだが……。
(二〇戸くらいしかないよなぁ……)
(あ?もしや郷って、故郷の意で言ってる?)
気がつけば、緑花はゆったりした足取りで、緑に覆われた人家の名残を見て回っていた。
満足そうなその様子を見ると、この状況――元は人の集落だった場所が緑に覆われたこのありさまは、緑花の望んだ通りなのだろう。
(よくわからん……。嫌がらせってなんだ?)
クロが最初に足を付けた場のまま動かずにいると、やがて緑花がクロの側に戻ってきた。
「ふふ……いい具合に、草木たちが侵食してくれているわ……」
「んー?完全に覆われてる感じだね。けど、その割に荒れた気配は無いけど……」
クロの言葉に緑花は頷く。
「ええ、だって私がここを護ってるんだもの」
「は?」
この地に人の気配はない、そんな地を護っていったいどうすると言うのか……。
「だから嫌がらせって、言ったでしょ?」
「え?これ嫌がらせ?あ……草には覆われてるけど……」
そう言ったクロに、緑花はくっと笑った。
「草木や蔦に覆われているけれど、その下の家屋は今も立派に立っているのよ」
「は?」
人の住まなくなった家屋を座敷童の力で護っている――そう緑花は言った。
「そう……誰もいない家を護っているの、私。これって、ここを捨てて行った人間に対して、座敷童にできる最大の嫌がらせだと思わない?」
そう言って緑花は大切に抱いていた風呂敷包みから帯を出すと、宙へ向かって高く投げ上げた――。
そこへ向かって、スズメが大きく羽ばたきを送る……。
と――。
途端にパーン!と帯が弾ける。
帯に込められていた座敷童の加護が、閉じられたこの地にキラキラと弾けて舞い散った――。
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