燃え落ちる村
めでたし、めでたし…の裏側であったこと。
バチバチ、バチバチと木が燃える音がする。
時折炎が立ち上がり、それに少し遅れてゴーっと轟音がする。
村が燃えていた。
小さな村だ。
険しい山の麓で、村人皆で支え合って生きている――そんなささやかな村……。
そんな村が今、音を立てて燃えていた――。
「な、なんで!なんで…こんなことに……」
荒い石が転がる地面に膝をつき、呆然と赤い炎を見ながら男はつぶやく。
男がいるのは村から少し離れた河原。
いつもなら、村の女衆が姦しく話しながら洗濯をしたり、野菜を洗ったりしている川の傍だ。
本当は自分の家がどうなっているのか気になって、様子を見に行きたいのだが、炎の勢いが強すぎてこれ以上近づくことが出来なかった。
男の周囲には、男と同じように避難してきている村人が他にもいる。
恐らく数十人……。
ここに住む村人のほんの一握りの数――。
「ほかの連中は……」
おどおどと、耐えかねたように誰かがつぶやく。
「……わからん」
「う、うちのおっかあは!」
「わからん!」
「うちの子……」
「知らん!気になるのなら自分で見に行けっ!」
見に行けるはずがない。
河原から村まではそれなりに距離があるのだ。
なのに、村を焼くあの炎は、音だけでなく髪を焼きそうなほどの熱気をここまで寄こしている。
「もし…あの中におったら…。生きておられるわけがない……」
つぶやく者がいた……。
誰が誰にというのではない。
ただ口にせずにはいられなくて、出た言葉だろう。
けれど、口にせずとも皆わかっている……。
助かるはずがない――。
「……大槍の旦那は…どうなったんだ?」
恐怖で体を縮こませながら、誰かが言う。
「大槍の旦那、わし等を守るって言ってたよな?」
大槍――。
先の戦で長くて大きな槍を使って多くの敵を倒し、その褒美としてこの村の近くに領地をもらった豪族だ。
彼等はその領地に館を構えて暮らしていたが、しばらく前からこの村で暮らしだし、まるでこの村の長のようにふるまうようになっていた。
この村には元々村長のようなものはおらず、何か決める必要があるときは年長者の何人かが話し合い、それを他の村人の意見も聞いて決める――そんな習わしの村だったのだが……。
「これから、この村のことは儂が決める!」
大槍の旦那――そう呼ばれる男は、この村の薬師の屋敷を乗っ取ったあと、そう村人たちに宣言した。
「力の無い薬師なんぞが大きな顔をしてのさばっていては、守れるものも守れんわ!これからは、儂がこの武でもって、この村を守ってやろう!」
この村に暮らす薬師の館――。
良い薬を作ったことを都の尊き方に褒められ、八真名という名を賜った者たちの館……。
その館は、名と共に褒美として賜ったもので、都から派遣された大工によって建てられた立派なものだった。
大槍はその館を、武でもって奪い取ったのだ。
幸い薬師の一族は大槍の襲撃を事前に知り、襲われる前にこの村から逃げ出したが――。
「大変なことになるかもしれない……」
そんな予感は、うっすらとだが村人たちの中にあった。
大槍というのは『名』ではない。
大きな槍を使って戦をするので、いつの間にかそう呼ばれていた。
言ってみればあだ名だ。
戦で功績をあげ、領地を与えられたが、彼は名をもらえなかった――。
なのに……『武の無きひ弱な者ども――』そう見下していた者が名を賜ったのを知り激怒した。
恐らくだが……かの豪族に領地を与えた都の尊き方は、武功を上げた者に、まさか名が無いなんて思いもしなかったのではないだろうか?
そしてそれが、名を賜った者へのやっかみとなり、お気に入りの薬師が追われるきっかけになるなんて……。
「大槍の旦那は…真っ先に、都から来た兵に…突き殺された……」
河原に避難している村人の中で、一番村に近い位置でうずくまっていた男がそう言った。
村を焼く炎の明かりが、男を赤く染めている。
「…おまえ、大槍の旦那んとこに、下男で入ってたのだったか?」
猟師だったはずなのに、最近大槍の館で姿を見かけるようになっていた。
その言葉に男は頷く。
「ああ…。山に蜂の巣採りに行くのに、人手がいるってんでちょっと前にな……」
「そうか…で、見たんか?」
「見た」
男は頷く。
「都から兵が来たって聞いて、大旦那はお褒めの使者が来たって……。俺に門を開けさせた……俺が門開けて、旦那が一歩出た途端――」
剣で刺しぬかれていた――。
しばらく前に都に薬を送ったから、その褒美を賜れるんだと思ってたらしい――。
自分は褒められるんだと、嬉々として外に出て……。
「薬って……大槍の旦那は薬師じゃないだろう……」
「けど、蜂の巣を団子にしたのを、薬だって言って都に送ったんだよっ!」
「は?なんでだよ?」
「前と同じ薬を作って送れって、都から使者が来たからだよ…」
「いや…でも……」
そんなもの、薬とは呼ばない――。
聞いていた村人たちは一瞬火のことを忘れ、なんて馬鹿なことを――と思う。
「これ……もしかして、大槍の旦那が、都の尊き方をたばかったせいなのか?!」
ハッとした誰かが叫ぶ。
「……そうだ…」
大槍の館で下男となっていた男が頷く。
「な、なんで、そんなことをっ!」
そんな気は無かったようだと下男は言う。
「座敷童が何とかしてくれるって、思い込んでたんだ……」
「蜂の巣の団子を薬にするなんて、座敷童がいても無理だろうよ!」
「ああ、俺もそう言ったさ!八真名の奴らは蜂の巣を使って薬を作ってたって、旦那に教えたのは俺だ。けどっ!けどそれは、他にも色々混ぜて、ちゃんとした薬にしてたって言ったのに!」
「おまえっ!」
薬を作る配合や手法は、薬師ごとに秘伝がある。
蜂の巣を使う――というのは、きっと八真名が薬を作るうえでの秘伝の一つだったはず。
たまたまこの男は猟師という立場でそれを知り、この村の権力者に収まろうとした大槍に話してしまった――。
何か美味しいことにありつけると思って……。
「こんなことになるなんて思ってなかった!俺だけじゃないはずだ!皆、そう思ってただろっ!」
「そんな……」
「……」
言い返せない者ばかりだ――。
「あの薬師一家――八真名の名を戴いた、連中を見殺しにしようとした…」
殺される前に彼らは逃げた。
けれど、もし彼らがそうと察知していなければ――。
「で、でも!これはやり過ぎだろう!」
村人の一人が、燃え盛る村を指さす。
都の尊き方が、この村の薬師を贔屓にしていたのは皆知っている。
都では誰も治すことのできなかった病を、薬一つで治してしまった――故に名を賜った。
都に来て欲しいと望まれたのに、都では思うように薬が作れないと、この地に残ることを選んで……。
だが実は、他にも多くの薬師が存在する都に行くより、自分達しかいないこの地に残ることを選んだのだと、村を見捨てられなかったのだと…大概のものは気づいていたのに――。
「こ、こんなことになるんなら、とっとと都に行ってくれてたら良かったんだ!」
「そ、そうだな!あいつらが、この村におらんかったら、こんなことにならんかった!」
恨み言が口々に出る。
薬師が――八真名の一家が悪いわけではない。
火をつけたのは都から来た兵だし、その兵を呼び込むことになったのは、八真名の名を羨んだ大槍の暴挙のせいだ。
下男の男はため息をついて、そんな恨み言を止める。
「それ、言うな……。もし、聞かれたら危ないだろうが……」
「な、なに……?」
「都の兵たちは、大槍の旦那が何をしたのか調べてから来てんだよ。旦那を刺した一番偉そうな男は、稀有な薬師を迫害した罪思い知れ!……みたいなことを言いながら、兵連れて屋敷に雪崩れ込んでた…」
もしこんな話を都の兵に聞かれたら……。
「わし等は何もしてない!だ、だいたい!あ、あの連中はもう逃げていないだろ!」
「ああ、屋敷も家財道具もここに残してな……。まぁ、あの炎でもう全部燃えただろうが……」
連中が逃げるような羽目に追い込まれたのが問題なんだと男は言った。
「やったのは、大槍の旦那で俺たちじゃない!」
「けど、その旦那をいさめることはしなかったし、むしろ旦那にへりくだってたよな……。俺らは大槍の旦那と一蓮托生だよ……」
諦めたように吐き出された言葉に、村人たちは一瞬押し黙る。
「そ、それは、おまえだろ!蜂の巣のこととか、バラして!だいたい!おまえどうやって助かったんだよっ!」
「門を開けたとき、ちょうど裏に入り込んで見つからなかったのさ……。おかげで、連中がなだれ込んだ隙に逃げ出せた……」
大槍の家人たちは、褒められるつもりで着飾って全員出てきてたから、逃げようもなく兵達に蹂躙されていたが――。
「都の兵の目的は大槍の旦那の粛清だ……。俺らの家につけられた火は、行きがけの駄賃みたいなもんさ……」
つけられたというより、うっかりついてしまってそのまま燃え広がったんだろう――。
「わざわざ燃やす気はなかったけど、だからってついた火を消すほどのことも無い……。名の無い俺らなんて、都の尊き方々にすればそんなもんだろ……」
どさんっ!と大きな音が村の方から響いた。
どこかの家が燃え落ちた音だろう……。
「罰って、事かよ……」
誰かがつぶやく。
八真名が大槍に目をつけられ、困った立場になったことを多くの村人は気がついていた。
が、何とかするにも大槍は力があって、ごく普通の人である自分達にはどうしようもない――そう思うものがほとんどだった。
それに、あんなにも力のある大槍が賜れなかった名を受けたのだから、自分たちで何とかすればいい……そんな風に思う気持ちもあった。
八真名の家はほんの二代前まで名も無い貧しい猟師の一家だったのに、いつの間にか薬草の知識を持ち、段々と裕福になって行ったことを他の村人たちは知っていた。
羨んでいた――。
だから大槍との仲を取り持ったりとか、もしかしたら何か出来ることがあるかも?と思っても、誰も手を出さなかった。
自分たちが病にかかったり、怪我をしたときに、八真名の薬に助けられたことが何度もあったのに……。
罰が当たった――。
否定できる者は誰もその場にいなかった……。
たまたま……。
運がそう向いただけ…。
でも、そう思ったから『罰』となる。
お読みいただき大変ありがとうございますm(__)m
よろしければぜひまた続きを読みに来てください(o_ _)o))




