クロの後悔
「この地に来たのはなぜだ?」
スズメが問う。
「ん?風の精霊に連れてこられたんだよ」
「ああ、襲撃を教えてくれたという精霊たちのことか?」
「うん。もっと良いとこあるよーって、連れてこられたのがここなんだ」
風の精霊曰く、凍える高山から吹きおろされた彼らは、山から下りてしばらくは冷たい身のままなのだが、地に近い所を流れるうちにだんだん温もってくるのだそうだ。
温もって行くのを感じながらどんどん流れていくが、生まれた元の山より低くて暖かい山々――つまりこの辺で――にぶつかると、そのままでは山が越えられなくてしばらく流れが止まることになる。
が、そのまま留まっていると、ずんずん温もって身が軽くなり、やがてふんわりと山々を超えられるようになって――。
また色々なところへ楽しく流れて行くのだそうだ。
「つまりここって、冷たい風と暖かい風が入れ混じる土地なんだ。そのおかげで様々な山野草や木々が豊富にあるから、薬草だってたくさんある。畑も作りやすいって教えられてさー」
薬草に通じ薬を作ることを生業とするクロの守護家の者たちにはうってつけの場所だ、そう言われてここに来た。
「ふむ……なるほどな…」
元の地に未練はあれど、逃げてより良い場所に行く方が家のためになる――そう、座敷童として判断したから……。
「んで本当に、ここ良かったよー。俺たちずいぶん長い間、ここで幸せに暮らせてたんだ!」
笑ってクロは言う。
「でも、結局また移ることになった?」
「まぁ、ねー……」
パササと羽ばたいて、スズメはクロの頭の上から屋根へと降り立つ。
ぴょんぴょん飛んで端っこまで行くと、そこにある鬼瓦をツンツンと少し突いてからクロを振り返る。
「極々薄くだが、まだクロの守護の気配が残っておるな……」
幸せそうな気配を感じることができる――。
スズメの言葉にクロは苦笑いする。
当然ここに来た時から、そのことには気がついていた。
何しろ自分の力なのだから。
「俺、ここのこと本当に気に入ってたんだよなー。前のところみたいに、やっかんで足引っ張るのもいなかったし、山も水も風も健やかで、村の連中も気がついたら一緒にうちの仕事してるくらい、気の良いヤツがほとんどだったし……」
この村のすべてが、まるで一つの家のように感じた時代もあったと、クロは懐かしそうに言った。
タロの墓に行けない事だけが寂しかったけど、それもたまに風の精霊が様子を教えてくれたし……。
「それはそれで、人の集まりとしてはずいぶん歪んではいないか?」
興味深そうな視線で、スズメがクロを振り仰ぐ。
はぐれ者が一人もいない人の集団なんておかしい――。
「んー、そうかな?」
「そうだぞ……。その頃の村人の人数がどれくらいあったか知らんが、数百人は居ったのだろう?そんな人数の人が、一つの家の者のように暮らしていけるなど、不自然極まりないだろうが……」
人の多様さ、身勝手さを知らんわけではあるまい?
そうスズメに問われ、クロは頷く。
「だから、この村を離れることになったのかなぁ…」
そうつぶやいた。
「ここを離れたのは、クロの本意ではなかったか」
「そ、だな……なかったな……」
クロは困ったような顔をする。
「そういえば俺は、あのままここで暮らしたかったんだよな……。ここに残ろうって言う家族だっていたんだ……。でも、あの時の家長の男は、一族全員での移住を望んだ――」
「なぜ?」
「人に役立つ薬は、もっと人に知られなくちゃならないって。ここじゃ田舎過ぎるから、ダメだって言ってさぁ」
商いを大きくし、人の役に立つ薬をもっと広く知らしめたい――。
それがその時の家長の思い。
役に立つ薬を知らしめると同時に、それを作る者の名を知らしめたい――という気持ちも、もちろんそこには含まれている。
「人として間違っては無いように思うな…」
スズメが言う。
薬を作りだし、売る立場の者として、より良いものを出来るだけ多くの人に……というのは間違っていない。
そのために人の多い所に移るのは必然の流れだろう。
クロはそれに同意の頷きを返しながら言う。
「ただ、そいつ…俺の声が聞えないヤツだったんだよなぁ…」
「ふむ……」
ちょっと考えてスズメは言った。
「そうか……。つまりは、その者がはぐれ者だったということか」
クロは首を傾げる。
「だったのかな?よくわからん……。なんにしても、俺はタロの血を引く『家』ついた座敷童だからね。ついて行くしかなかった……」
『家』――家族が仲良く思い合って暮らしてくれさえすれば、それでよかった。
それが、座敷童にとって何よりの喜びだ――。
「でもさぁ…。こんな田舎から人の多い所に行ったら色々あるだろう?なんか気がついたら、段々家族の人数へってくんだよ。そしたらそのうち、なんでか俺の為とか言って蔵とか建てちゃってさ…」
クロが蔵の王と呼ばれだしのはその頃からだ。
「蔵なんて、俺には必要ないのにさ……」
あれで俺のご機嫌をとってる気だったんだと、クロはぼやいた。
座敷童の声を聞くことも、見ることもできなくなった守護家の者たち。
かろうじて、気配を感じることを出来る者がたまに生まれることはあるが、意思の疎通はほとんどできなくなって行った。
家の伝承で座敷童が家を護っていることは教えられていた。
家族が多い方が喜ぶらしい――。
お菓子が大好きらしい――。
幼い子供の容姿をしているらしい――。
大切にしなくてはいけない。
なぜなら……。
幸運を家に呼ぶ存在らしい――。
だから……。
逃げられてはいけない!
あの蔵はそんな思いで作られた――。
「自分から幸せを逃したい人間などおらんだろうな」
「まぁね……」
スズメの横にどっかり胡坐をかいて座りながら、クロは頷く。
「わかってるんだ……。最近じゃ、俺の気配すらわかんない者のほうが大半なんだもんな……」
タロのようにクロの声を聞くことが出来て、色々なことを語り合ったり、姿を見ることが出来て一緒に双六で遊んだり……そんなことが出来る人間がこの先生まれるなんて、期待するだけきっと無駄だ。
クロは誰もいなくなった庭を見つめる。
しばらく前に、華子は暗くなった庭から一人で中に戻って行った――。
「……俺、ホントはもっと早くに、あの家出てなくちゃいけなかったんだろ?」
もしそうしていたら、華子の――家の者の、あんなに寂しい姿を見る羽目になることは、なかったのかもしれない。
「さあな?」
スズメはちゅんと鳴いた。
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