屋根の上のクロ
「そういや、そういうこともあったなぁ……」
屋根の上から、華子とお婆さんの様子を見ていたクロが懐かしそうにつぶやいた。
「さっきの昔話か?」
クロの頭の上に止まっているスズメがクロに確認するように問う。
「ああ、タロの曾孫のときだったなぁ…。都の尊い人が病に倒れてさ、その家臣が国のあちこち巡って薬を探し回って……その中に、うちで作った薬も入ってたんだ。で、それが効いて、尊い人が元気になって…その時に、八真名の名を戴いたんだよなー」
「それをやっかまれたと?」
スズメの言葉にクロは頷く。
「すっげえ横暴なヤツがいたんだ。しかもそいつ、その辺り一番の権力者でさぁ……」
土地も金も、手下にする下人も多く持つ相手だった。
同じ村に住む者たちの多くは、クロの護る家の者たちに好意的ではあったが、その地の権力者に歯向かえるほどの気概も力も無かった……。
それにクロの家の者たちが作った薬で助けた者たちの中には、豊かになって行くクロの家をやっかみ、権力者側にすり寄る者もいた。
まぁ、さすがにそんな恩知らずは少数ではあったが――。
「うちは薬作ったり、畑作ったりには長けてたけど、争いごとはからっきしだったからね……。一族郎党引き連れて、夜陰に隠れて逃げるしかなかったんだ……」
いわゆる夜逃げ――。
風の精霊から不穏な情報を教えられて、皆で逃げるように家の者に伝えたのはクロだ。
「タロみたいにちゃんと姿を見て、声も聞けてって…いうのはいなくなってたけど……。あの頃はまだ俺の声を聞けたり、姿を見たりって人間がそれなりに家にいたんだよなー」
「まぁ、まだ最初の者から三代しかたっていないのもあって、血も濃かったのだろう」
座敷童のような人外の存在と繋がりを持てるか持てないかは、人側が持つ素養だ。
恐らくは、タロの血にその素養があったのだろう。
だから代をかさねるほど、その力は弱くなって行く――。
スズメの言葉に「かもね…」とクロは頷く。
「俺とタロが出会った場所だしさぁ、一生懸命皆で大きく豊かに育ててきた家だったから、本当は逃げ出したくなんかなかったんだけどね……」
タロのお墓だって、あの地にあったんだと…クロは言う。
「でも、生きてる連中の方が大事だもんな……」
争いなんて、大嫌いだ。
家という小さな単位で、温和に平穏に生きることこそを尊び、互いが思い合う気持ちを喜ぶ存在――。
そんな思いを糧とする……。
それが座敷童。
理不尽に襲ってくる相手を撃退できる力なんて持ってない。
「逃げることが、戦うことと同義であることもある。その時のそなたらの行動はそれだろう」
「うん。そうだよな……」
大昔のことではあるが、自分の判断を認められて、クロはてへっと笑みを浮かべた。
因みにスズメがクロに付き添っているのは、迷子防止の為である。
明確な『家』という意識から離れてしまった座敷童は帰る先がない。
今はとりあえず、座敷童療養所が拠点となってはいるが、あれは『家』ではないため、何の対処もしないまま外――人界に出てしまうと、戻る目安を失ってしまう。
『家』に戻ることが出来ないまま人界を彷徨うことになった座敷童は力をすり減らし、やがて消滅することがほとんどだ。
が、消滅するだけならまだましで、もし何かの強い悪意に染まることでもあれば、性質の悪い悪鬼になることもあり得る……。
というわけで、前回のお出かけの後、どうしてももう一度華子の様子を見に行きたいと願ったクロに、スズメが付き合っているのだった。
「ところで――。あれは、特に悪とは言えんぞ?」
お婆さんが離れていき、一人庭先に残った華子を見ながらスズメが言う。
「うん…わかってる」
「……哀れで可哀そうな娘だ」
「そう…だね……」
クロ的には自分が力を失い、今まで何百年も護ってきた家を離れる原因になった者だ。
家から離れてすぐのころは、華子に対して憤る気持ちもあったし、助けなければ良かったと思う気持ちも強かった。
それに井戸に見せられたあの景色(華子がトラックに正面からぶつかってしまう)――あれが本来の道筋であり、それを曲げたクロに罪があると言うのなら、華子を助けたことは間違っていたんじゃないか……?とも今は思っている。
「でも俺、きっとあれと同じことあれば、きっとまた助けてしまうんだろうなぁ……」
華子はタロの血を引いた、クロが『家』とした家の子だ。
「まぁ、それが座敷童だな」
クロの頭をスズメがちゅんちゅんとつつく。
春の陽がゆっくりと落ちていく。
薄暗くなっていく庭先で、まだ華子は山を見ている。
「もうすぐ暗くなる……。春の夕は冷えるんだ、そろそろ屋敷に戻らないと風邪ひいちまうぞ……」
クロが屋根の上から呼びかける声は華子には届かない。
心配気に見つめるクロの頭の上で、スズメは言う。
「風邪をひいたら、薬を飲んで治すだろう。昔とは違う。人のかかる大概の病は、座敷童が力を貸さずとも人の力で治せるものだ」
「そっか…な……」
冷たく聞こえるスズメの言葉に、クロは納得し難気に頷く。
ふんわりと、桜の花びらが山の風で飛んできた。
花びらは、クロを慕うように、宥めるように、ゆっくり撫でるように巡って……また風にのって飛んでいく――。
挨拶をしに来たようだ。
「心配されとるぞ?」
スズメの言葉にクロは肩を竦めると、屋根の上に座り込んで暮れなずむ空を見上げた。
「ここの星きれいだろー」
「そうだな」
「変わんないわ、昔っから……」
そう…この屋敷にも、クロは暮らしていたことがあった――。
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