イライラの理由
(これって、馬鹿にされてる!?)
そう思いながら、華子は可愛いと言われて嬉しくなってしまった。
いつもは「可愛くない子!」と言われることがほとんどだ。
稀な体験のせいなのだろうか?(馬鹿にされてるんだ……!)と思うのに、嬉しい感情が勝手に湧いてくる。
「八真名って、座敷童のいる家って言われてるんだよね……」
ふと気がつけば、華子はそう話し出していた。
お婆さんの問わず語りに釣られたのか、もしくは可愛いと言われて嬉しくなってしまった照れ隠し――または両方か……。
「有名な話だねぇ……」
お婆さんは唐突に話し出した華子の言葉を、穏やかに聞いてくれる。
「やっぱ、有名なんだ……」
「ああ、有名だねぇ。八真名の家をちょっとでも知っとったら、皆聞いたことあるだろうさ」
「そっか……。あのさ…。そう言うのって、なんかさー、ズルいって思わない?」
「ズルいかい?」
「そう、ズルいでしょ?腹が立つでしょ?ねぇ?」
華子は変に歪んだ笑いを浮かべながらそう問うた。
座敷童の話題は、華子にとっては自虐ネタだ。
が、そんな華子の事情なんて、お婆さんには関係ない。
のんびりした調子で、相槌を打ってきた。
「そうだねぇ……やっかむのは、確かにおったと聞くねぇ」
「え?」
お婆さんの返事に、華子は驚く。
大概の人は、華子がこの話を向けると「いやいや、そんなことは……」と曖昧に誤魔化すのだ。
けれど、お婆さんはあっさりと認めた。
「恵まれたもんを、そうで無いもんがいいなぁって思うんはどうしようもないだろう?八真名がこの村に来たんも、最初におったところを、座敷童が原因で追われたからだったんだと、村の古老は言うとったよ」
「え、それ知らない……。追われたって、どういうこと?」
「一番最初……まだ八真名の名も無いころに、座敷童はついたんだと。そしたら、家がどんどん豊かになって、そのうち都の偉い人から名までもらったんだとさ……」
偉い人の病を治す薬を作ったそうだと、お婆さんは言った。
「けどねぇ……そしたら、昔からの豪族にやっかまれたんだとさ」
「え……なに、その悪代官的な流れ……」
目を見開いて驚く華子。
そんな話は今まで聞いたことが無かった。
華子の反応に、お婆さんは笑う。
「ホントにねぇ!時代劇に出てくる悪代官みたいだよねぇ。で、その悪代官な豪族が座敷童を奪おうとして、八真名の家を乗っ取りに来たんだと。けど、そうはならじ!大切な座敷童を護らねばっ!と、一族みんなで逃げてここに来たんだと。そうこの村では伝えられとるよ」
羨ましいと思うんは仕方ないにしても、それで相手に危害を加えるんは間違っとるよね…と、お婆さんは苦笑いだ。
「座敷童がついて、良いことも沢山あったんだろうが、住み慣れたところを追われたんでは大変だったろうねぇ…」
しみじみと言う。
「で、その乗っ取り屋はどうなったの?」
「さてね?わしは古老の昔語りで聞いただけだからね。けど、座敷童は八真名についてここに来たんだから、そいつらは座敷童を手に入れることはできなかったってことだろうねぇ……」
「……なんか、日本昔話みたい……」
思わずそう言った華子に、お婆さんは全くだと笑う。
「だったらきっとその悪代官な豪族は、罰が当たって没落したに違いないねぇ!昔話ならそうと決まってる」
「え、決まってるわけじゃ無いと思うけど……」
そう言いながら華子は、そういえば日本昔話って、そんなのが多かった気がすると思った――。
「ふーん……」
お婆さんが「寒くなる前に中に入るんだよ」と言って、華子の側から離れた後も、華子はまだ庭の端で山を見ていた。
風が少し冷たくなってきている。
言われたようにそろそろ中に入らなくては、きっと風邪をひいてしまうだろう。
「なんだかなぁ……」
さっきお婆さんから聞かされた話を華子は全く知らなかった。
どうやら自分が預けられたこの療養所は、八真名と縁がある場所だったらしい……。
これでは何の縁もゆかりもない所に捨てられたと思って、恨み言を散々言っていた自分はいかにも悪者ポジションだ。
「そう言うのって普通、教えておいてくれるもんじゃないの?」
ぶつくさと文句が出てしまう。
親たちが知らずにここに預けたとは思いにくかった。
親たちからしたら、ここが元は八真名の慈善行動により発生した施設などと知れば、華子が無駄に偉そうな態度や行動をとる可能性がある――と判断したので伝えなかったのだが……。
要するに華子の我儘な性格が原因……が、それを教えられるものはここに居ない。
因みにお婆さん曰く、今暮らすあの家の場所は、まだ四代ほどの歴史らしい。
「まだ四代って、昔のことだから平均寿命低く見積もって五〇だったとしても、二〇〇年になるんだけど……」
きっとそれより長生きしただろう(八真名の血筋は長命が多い)から二〇〇年以上はあの地に住んでいるはず。
そんな埒も無いことを思いながら、華子はため息をつく。
「座敷童か……。そりゃね、自分ちにいなくて、他所んちにいたら、欲しいって思うよね?それが、自分より下のヤツだって思ったら、無理やりにだって奪ってやろうと思うの……当たり前だよね……」
昔々の御代官もどきの豪族とやらに、意識を馳せた。
「あたし、そいつらの気持ち……。わかるなぁ……」
お婆さんは恐らく没落しただろうと言っていたが、それを愚かだと笑う気にはなれない。
座敷童がついた家をやっかみ、乗っ取りをかけたものの失敗して、恐らく没落したという豪族……。
そんな豪族の気持ちがわかる。
わかってしまう――。
「座敷童がついているなんて、ズルいもん!」
怒った調子でつぶやいた。
「わかる人間と、わかんない人間がいるのもズルいもん!」
きっとその豪族も、自分に無いものを独占する八真名の一族に腹が立ったんだろうと華子は思う。
「そいつらが乗っ取り成功させてたら、あたしがこんなんなることなかったのになぁ……」
そうなっていたら、きっと八真名家自体が残ることが無く、華子が生まれることも無かっただろうが――。
気がついたら、いつも華子はイライラしている女の子だった。
そのイライラをいつから感じ始めたのかはわからないが、なぜの理由はわかっている。
座敷童だ――。
大樹は座敷童の気配がわかると言う。
祖父が生きていたころは、祖父もわかる人間だと言っていた。
けれど華子はわからない。
華子だけでなく、両親や祖母もわからないと言っていたが……。
「本当にいるの?」
そう聞く華子に、祖父や大樹はハッキリ「いるよ」と言った。
気がつけばいつもそばにいると言う。
が、華子はそんな気配なんて感じたことなど一度もない。
なのに――。
助けてもらっているのだと、華子を羨む人がいる。
護ってもらっていると、華子をやっかむ人がいる……。
華子に良いことがあると、座敷童の家の子だからって言われる。
華子自身が頑張って得た結果でも、そう言われる――。
実際「運が良かったな……」と、華子自身が思うこともあるにはあるが……。
「頼んだわけじゃないのに……」
逆に上手く行かないと、座敷童の家の子なのに……って首を傾げられる。
ちょっとさぼって失敗したら、よっぽど怠慢したんだろうって言われてしまう――。
座敷童が助けてるのに、どうしようもないほどさぼったんだと言われてしまう……。
だから、イライラする。
自分を見てもらえない。
なんでもかんでも座敷童だ。
頑張っても、努力しても、華子の良いものは全部座敷童のおかげ。
失敗したら、結果が悪かったら、ちゃんとしなかった華子のせい――。
イライラする。
兄の大樹は、外野からのそういう評価が全く気にならないらしい。
受験勉強を頑張っていい大学に入って、座敷童の――と言われても、にっこり笑ってその言葉を受け入れている。
頑張った大樹の力なのに……。
新薬の開発だって、座敷童のおかげだって言っている人がいる。
引籠りの妖怪ごときに、薬を開発できるわけがないじゃないか!
華子はそう思うが、そんな理不尽なやっかみすら、大樹は笑って聞いている。
華子はそれが腹が立つ。
「でも、確かに蔵の王はこの家にいて、俺たちのこと護ってくれてるからね」
なんだかんだ言われても仕方ないと、大樹は言うが――。
イライラした――。
イライラする――。
そして気がついた――。
確かに頑張れば良い成果が出る。
――そして、座敷童のおかげってやっかまれる。
さぼるとあまりいい成果は出ない。
――座敷童の家の人間のくせにって貶される。なにも結果が無いわけじゃ無いんだけど……。
頑張っても、頑張らなくても、どっちにしたってイライラするのだ。
だったらもう自分の思うまま、我儘に生きよう――そう思った。
それで歩けなくなって、一人捨てられて……。
華子の事故の後、八真名家に座敷童はいなくなったと大樹が言っていた。
「……頑張ってリハビリしたところで、やっぱりダメって可能性あるんだもんね……」
――しんどいなぁ……。
ぼんやりと、華子は薄暗くなっていく山並みを見つめていた。
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