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お守り?

「可哀そうか……。まぁ、確かに哀れな娘だな」

「哀れ?」


 スズメの言葉に、クロは首を傾げる。


 八真名の家についた座敷童として、産まれた時から華子を見ていた。

 馬鹿で愚かな娘だと思ってはいるが、哀れと思ったことはない。


 八真名家はクロがタロを気に入り家に入ってから、ずっと裕福な家柄として続いてきている。

 あれ以来、あの家が衣食住に困ったことは一度もない。

 それ以前でも、大きな事件があの家を悩ませたことは()()()()ない。

 まったくないとは言わないが、それは今回の華子のような、本人の過ぎた我儘や欲――言ってみれば本人の愚かさから引き起こされた事件はたまにある――。


「ああ、そう言う意味では哀れなのか…」


 愚かもの――という意味ではカワイソウなのかも……。

 

「少し意味が違うな」

「それ、どういう……?」


 スズメにクロが問いかけた時、スズメが、ぱっ!と黄魚の頭の上から飛び立つ。


 はっ、とする黄魚とクロ。

 人間たちの方に動きがあった。






 スタッフ――自分の味方が来たことで、美矢は少し油断した。

 というか、美矢はまだ十五才の中学三年生。

 いくら兄思いの性格をしていても、出来ることと出来ないことがある。


 そう、子供を護るのは大人の仕事。

 子供が子供を護りきるには無理がある。

 たとえ、危害を加えてくる相手が同じく子供だったとしても――だ。


 で、そんな大人の隙をつき、いらんことをやらかすのが華子という人間だった。


「お兄ちゃんっ!」


 美矢の悲鳴が響いた。




 何があったか―――。


 千早を通せんぼしていた華子が、美矢の手が千早の車椅子から離れたすきを見て近づき、千早の車椅子のブレーキを外すと、手すりを手前に引き寄せ、そして……力いっぱい押し出したのだ!


「!!」


 ブレーキを外され、勢いをつけられた車椅子は、壁へ向かって走り出す。

 咄嗟のこと、そしてまさかそんなことをされるとは思ってもいなかった千早は、自分でブレーキを引くという行動が出来なかった。


 ――壁に、ぶつかる!


 その場で見ていた皆がその瞬間、そう思った。


「――っ!」


 慌てた黄魚が力を使おうとするのを、スズメがその目の前に羽ばたいて止める。


「どいてっ!」

「手を出してはならぬ!人のことは人に任せよ!座敷童などただのお守りでよいのだ!」

「スズ……っ」


 スズメの『メ』の音は発せられなかった。

 その音を黄魚が発する直前に、千早の車椅子が止められたからだ。


「あ……」


 車椅子が壁にぶつかる直前に、壁と車椅子の間に身を滑り込ませて、衝突を止めた人間がいた。


「真理……」


 クロがその名を呼ぶ。

 お手柄――と言っていいかどうかはわからないが、それは華子の母親である真理だった。





「お兄ちゃん!」

「……美矢……」


 車椅子が壁への衝突を避けられたことに、一瞬ほけっと息を吐いた後、すぐに我に返った美矢が千早に駆け寄った。

 衝撃を受けたのは千早も同じ――というか、危害を受けた当人なので、ショックは恐らく美矢以上。

 美矢が車椅子の前にかがんで顔を窺うと、蒼白になっていて、手も細かく震えている。


「ご、ごめん、お兄ちゃん……。わたしが油断して、手離したから…ごめんね……」


 ぽろぽろ美矢の目から、涙が落ちる。


「い、いや……美矢は、悪くないから……」


 なんとかそういう千早の声は震えていた。


 普段健常者なのに、何かのきっかけで車椅子に乗る羽目になった人ならわかるが、車椅子に乗るのは結構怖い。

 慣れればそうでもないのだろうが、自分の足で立って歩くのとは、視線や速度が全く変わっての移動態勢は、そうそうすぐに慣れるものではない。

 自分で輪を回して進む分にはまだましなのだが、慣れていない人間に車椅子を押されると、背中の方に何とも言えないぞわぞわした感覚が走る。

 いわゆる()()()だ。

 ましてや今回は、後ろ向きに悪意のあるものに押し出されたのだから、千早の感じた恐怖はいかほどか――。


「大丈夫。俺は強いから、大丈夫だよ。美矢――」


 だが、美矢の涙を見て、すっと目を閉じた千早はその一瞬で気を静めて、美矢に穏やかに声をかけなおした。

 美矢が最初見た震えも、目の錯覚だったのか……と思えるほどに止まっていた。


 千早は競技はできなくなったが、優秀なアスリートだ。

 水泳を続ける中で得た心構えを失ってはいない。

 レース前、高ぶる気持ちや恐れ…色々な雑念を払う心の強さ――。


 そんな心の強さを発揮し、自分の感じた恐怖は心の奥底に沈めて蓋をし、怯えた妹に、穏やかで安定した自分を見せる。


「大丈夫だよ」


 妹を安心させるために、もう一度言ってへらりと笑って見せる。

 千早の押し沈めた恐怖心も、そのうちそこで消えるだろう……。


「……うん」


 歩けなくなる前――まだ、有望な水泳選手として周囲にちやほやされていた時、千早と美矢の距離が空いたことがあったが、最近はまた昔のように仲の良い兄妹に戻っていた。

 というか、障害を負ってしまった今の千早は、家族の助け失くして日常生活を円満に送ることが出来ない。

 千早を中心とした船山家は、以前よりずっと強固な絆のある一家となっていた。


「申し訳ありません……」


 兄妹に向けて、謝罪の声がかかる。


「あ……」

「えっと、ありがとうございます」


 二人に謝罪の言葉をかけたのは、千早の車椅子の暴走を止めた人――真理だ。


「本当に、申し訳ありません……」


 辛そうな顔で謝罪を述べられ、困惑するのは船山兄妹――。

 彼らにしたら、真理は車椅子を止めてくれた恩人なのだけれど……。


「あれは、私の娘です。本当に申し訳ありません!」


「「……」」


 返す言葉がないとは、恐らくこのこと――美矢も、千早もそう思った……。


(マッチポンプとは違うよなぁ……)


 千早は頭を下げる真理を見ていてそう思う。

 本当に申し訳なさそうにしている。


 八真名真理と名乗った年配(千早たちからすれば)女性は、千早に因縁をつけてきた女子――華子の母親だという。


「お母さんはまともな人なのね……」


 つぶやく美矢の言葉は、恐らくその場にいた人間の総意だろう。


「お母さん、車椅子押してよ。早く帰りましょう!うっとおしいのよ、ここ!」


 周囲の空気を全く無視して、華子の声が響く。


 真理の顔から一瞬で表情が抜け、周囲に白けた気配が漂う。


「お母さん、聞こえてるの?さっさと……」


 華子の声が途切れた。


「何すんのっ!手、離しなさいよっ!」

「……」


 華子の背後に回り、車椅子を動かしたのは美矢だった。

 華子は身をよじって手を振り回し、美矢をけん制しようとするが、美矢は身をよじってその手を避ける。


「あたしをどこに連れて行く気!」


 怒鳴る華子だが、美矢はそんな華子の声を無視して無言のまま車椅子を窓際まで押すと、その周囲をソファで囲んで自力で動けないようにしてしまった。


「なっ!どういうつもり!」

「邪魔なんで、退かしたんです」

「なんですってっ!誰かーっ!誰かきてーっ!!!助けてーっ!」


 美矢に華子は噛みつくが、完全に怒っている美矢は馬鹿にした目で見るだけだ。

 華子が大声で周囲に助けを呼ぶが、誰も助けには来ない。

 当然だ、誰が見たって悪いのは華子だ。


 そんな華子の現状を見て、真理はただため息をついた。


 美矢が真理に言う。


「あれって、暴力ですよね?助けてはいただきましたけど、わたしのお兄ちゃん、暴力振るわれましたよね?何にも悪いことしてないのに、暴力振るわれましたよね?」

「ええ、そのとおりよ」

「大人の人同士で、お話ししないといけないですよね?」

「そうね……」


 美矢の言葉は穏やかだが、眦は吊り上がっていて、怒りを全く隠していない。

 隠す必要なんてないと美矢は思っている。


 因みに真理が華子のそばを離れていたのは、華子担当のリハビリトレーナーに呼ばれて話をしていたからだった。


 その内容は、華子の今の状況ではとても歩けるようになれないこと、またその原因は本人のやる気の無さにあること、このままここに通われると、華子の態度の悪さもあり、センターの評判低下につながるのでやめて欲しい――。

 要するに、このリハビリセンターから()()()を突き付けられていたのだ。


「お家が良いのは重々存じあげてはいるんですが……。順番をお待ちの方も数多くいらっしゃいまして……。訓練に前向きでない方には申し訳ございませんが、ご遠慮いただきたいな…と」


 話の最後にはここの責任者も現れ、張り付けたような表向きの顔で、申し訳なさそうに言われてしまった。

 不真面目どころか、まったく訓練をしないリハビリ患者など、センター側からしたら邪魔者以外の何者でもないだろう。


 元々華子が行きたいと言い出したこの施設は、高級感が売りの一つではあるが、リハビリによる回復実績も非常に高く、人気のあるセンターだった。

 華子は八真名の伝手を使って、()()なく通所を開始できたが、普通は数か月待たされることがほとんどだという。


 真理は軽く首を振る。


 先ほどの話では1か月以内に、こことの契約を終わって欲しいと言われた。

 その猶予期間の間に、相性のいいリハビリ先を見つければいいと……。


 華子の足は、リハビリの訓練さえすれば歩けるようになるという。

 逆に言えば、リハビリしなければ歩けるようにはならないのだ――。


(こんなことしてしまって……。一か月なんて猶予はもうないわね……。つまり、今日が最終日…。

 どうしましょう?あの子が明日からずっと家にいるってこと……?)


 泣きたくなりながら、真理は大人同士のお話しのために華子を残してその場を離れ――。

 華子はその後、真理が話を終え帰宅するまでの約2時間ほど、そこにそのまま放置されるのだった……。

 

 どんなに騒いでも誰も様子を見にも来ず、可哀そうにも思ってもらえなかったのは――本人の自業自得……。

 




「ただ、お守りでいるって……」

「いらぬことはするでない」

「悪い…のは、あの子……」


 声が枯れるほど叫び続ける華子に顔をそむけるクロ――。


「どうせ、俺、家出てるし、今はお守りにもなってないはず……」


 だから、せめて何か……と言いそうになるクロをスズメが止める。


「帰るぞ」


 車椅子で一人残された華子をクロは心配そうに見るが……。


「何もしてはいかん。それが人のためだ。さっきも見たろう。黄魚が手出しせずとも、あの少年はちゃんと人が助けた」

「ああ、そうだった……」

「でも…間に合わない、こともある…かも…」

「それならそれが、その者の運」


 あるべき運を曲げると、弊害がどこかに出る――。 


「帰るぞ、クロ。黄魚ももう良いだろう。あの娘はもうそなたの家の者に絡むことはできん」

「わかった……」


 あっさりした返事と共に、ぽちゃんとどこかで音がして、黄魚の姿が消える。

 そしてスズメがクロの頭をつつくと――パサッと羽音がしたと同時に、一人と一羽の姿も消えた……。



お読みいただき大変ありがとうございますm(__)m

よろしければぜひまた続きを読みに来てください(o_ _)o))


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