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黄魚の我儘

「スズメ…、つつくと、痛い…」


 頭をつつかれた黄魚は、スズメを軽く手で払うようにする。

 が、そんな黄魚の手からスズメは身をかわしてまたつつく。


「痛い…てば!」

「痛くしとるのだ」


 ふくれっ面をする黄魚を、スズメは窘める。


「だって……」


 抗議しながらも、黄魚も自分の非はわかっているのだろう。


「座敷童が直接家の者をどうこうなどすることではない。()()()なのだ。いつも言っておろう。つかれた家に幸運が来るのは、座敷童の持つ性質の為――。座敷童が何かをしているわけではない。してはいけない。不平等になりすぎだろう」


 突出しすぎた幸せは、人を不幸にする――。 


「わか…ってる……」


 ぶすぅと、膨れた顔をしながら黄魚はそれでも言う。


「でも、あの子…邪魔すぎる…。せっかく、千早、ここで頑張ってるのに、あの子、邪魔してくる……」

「すまん……」


 黄魚の訴えに、クロは謝るしかない。


 スズメはそんなクロと黄魚のやり取りを見つつ、華子や千早、そして黄魚が特に気に入っているという美矢たちの方へも目を向ける。


「ふむ……。黄魚の家の子がここに来たのは、どうやら座敷童(黄魚)の呼ぶ幸運に導かれてのようだな……」

「え?」

「そう、なの?」


 スズメの呟きに、クロのみならず、当事者であるはずの黄魚も驚きの声を上げる。


「ここは施設が最新式で料金が高額ということだけではなく、施設側が利用者をかなり選別しておるようだ……。いわゆる、()()()()というヤツだ」


 料金が高額というだけでも利用者は限られるものだが、まだその上に受け入れ側が施設にとって有益かどうかとか、本当に治療にふさわしいかどうか…等を見ているのだという。


「黄魚のおかげで、その選別に選ばれたってこと?」


 クロの問いに、黄魚は軽く首を傾げながら言う。


「千早の…水泳の先生、ここで仕事するようになって…。それで、千早呼ばれたの。もう、歩けないって、お医者さんに言われた千早が、歩けるようになったら、ここ……もっと有名になるって…」


 治療費も免除されているという。


「ほー!それって、かなりの優遇じゃないか。てか、歩けるようになるのか?」

「うーん…多分?」


 座敷童たちはお金は大事とわかってはいるが、あまり重要視はしてはいない。

 大事なのは、守護家の者たちの幸せだ。


「その千早の先生との出会いというのが、座敷童が家についたことによる幸運だ。人は己一人でどうしようもない病気や怪我で倒れた時、何かにすがるしかないが、そのすがったものが本当に助けになるかどうかはそれぞれだ……」

「それは…。うん、そうだな……」


 スズメの言葉にクロは何とも言えない表情になる。

 なんだかんだで、長い間人界にいた身だ。

 八真名の家から出ていないとはいえ、人の世について知ることは色々あった。

 そんな中で、助かったはいいが、他にも何か手があったんでは?と思うようなことを、聞いたり見たりしている。


 例えば事故で酷いやけどをおい、命は助かったが濃く跡が残り、婚家から離縁されたとか。

 病気になり、偉いお医者に掛かって病自体は治ったが、治療にお金がかかりすぎて家が没落したとか――。

 不幸中の幸い――その後、また連鎖で不幸が……的なことはよくある話だ。


 が、船山家には今、座敷童(黄魚)がついている。

 つまり船山千早は、不幸中の幸い――つまり、酷い目に遭いはしたが、がんばれば歩けるようになるということ――。


「ふーん、なるほどねー。元水泳選手だったんだから、きっとプール利用の治療ってのも向いているんだろうなぁ……」


 割に有名選手だったとも言っていたし、ここでの特殊なリハビリで歩けるようになれば、良い広告になるだろう。

 プールとスパを使ったリハビリ訓練なんて、そうあっちこっちでしていることはないだろう。


「うん。…一生懸命…やってる…から、邪魔…させたくない……」

「う……」


 また、黄魚の当初の訴えに戻り、クロは言葉に詰まる。

 黄魚の気持ちはわかる。わかるが……。

 八真名家を離れてしまった今のクロにできることはない……。


(てか、華子のバカさが悲しすぎる……)


 そんなクロの葛藤に気がついていないではないだろうに、呆れたようにスズメが言う。


「クロよ、そなたがたとえあの家についていたところで、出来ることはなかったぞ?」

「でも、家に居れば他所へ誘導したりできただろう?」

「いや、してはいかんからな。そう言うのは、座敷童のすることではない」

「そ、そっか……」


 そっとスズメから視線を逸らす。

 八真名家にいた頃、家人を誘導するため(より幸せにするため)に、目に付くところに特定の頁を開けた雑誌を落としたり、関連性のあるものを転がしたりした。 

 座敷童としてやって良いことから、恐らく少々逸脱している行為だ。


(そういや、大樹のあの薬……俺が誘導した結果なんだよなぁ……)


 大樹が研究していたのは、違う病の症状を()()させる薬だった。

 が、クロはそんな大樹の研究を一緒に見ている時に、その薬が他の病に効くことに気がついた。


(これ、大樹が想定してるのと別の病なら、緩和どころか治癒させることが出来る――)


 座敷童のクロに、医学の心得はない。

 ただ、「そう」とわかったのだ――。

 人でないモノ故の察知力――。


 教えてはいけないモノだっただろうと、今なら思うが、あの時は大樹の役に立ちたいとしか思わなかった。

 大樹の研究を成功させてやりたいとしか思わなかった。


 行動としては簡単なことしかしていない。

 大樹が広げていたレポートの上に、その対象の病の頁が開くように本を落下させた。

 ただそれだけだ。

 でも、知識があればそうとわかる。

 

 座敷童の気配が察知できる大樹は、それが蔵の王――クロが何かを伝えたがっていると察知し……。

 そして、すぐに伝えたかったことを理解した。

 それが、若干二一歳の学生が新薬を開発できた真相――。


(これ、スズメに言ったら絶対怒られるヤツ!でも、新薬完成させたのが大樹ってのは本当なんだよー!ただ多分、本当ならもうちょい時間はかかっただろうって、思ったりはするけど……)


 大樹の優秀さを考えれば、そのうち自力に正解にたどり着けたと思うが……。

 本来ならしてはいけないショートカットをさせてしまった。

 もっとずっと回り道をして、今よりずっと年を経てから辿り着いたはずの名声……。


 幸いそのことで、その()に大きな不具合は起きなかったが、実はこれが、華子のあの事故つながったんじゃ?という気がしている――。


(大樹を、無駄に有名にさせちまったからな……)


 恐らくは、あの事故の遠因――。

 クロはため息をつく。

 

「あの子…ここに来た……」


 スズメの言葉で内心の葛藤を始めたクロをさておき、黄魚は不満そうに言う。


「ん?」

「あの子、ここに来た。クロのせい」

「え、なんで……」

「あんな子…ホントなら、ここに来れないはず…」

「あー」


 今回のこと(華子がこのリハビリセンターに来たこと)でクロが特に何かしたということはないが、黄魚の言いたいこともわかる。

 どう見ても、華子はこの施設の受け入れ条件から外れている。


 家柄や財産、家族の名声等は基準に当てはまるだろうが、肝心の本人はせねばならないリハビリ訓練をさぼりまくってるし、他の人を不愉快にさせる行為も連発させている。

 そういえば確か、車椅子を乱暴に操作して、他人に怪我をさせたとかいう話もあったはず……。

 あんなのが通所していれば、この施設の評判低下につながる可能性が高い。


「家の力と、あの優秀な兄の存在……。それと、クロの力の残滓故だろうな」

「え?俺の力の残滓?」


 驚くクロに、スズメは頷く。


「そんなに驚くほどでもないだろう……。話を聞くところによれば、そなた数百年に渡りあの家の血について来とるのだろう?離れたからと言って、早々すぐに護りの効果がすべてなくなることはあるまい」

「……」

「まぁ、心配せずともあの様子では、近いうちに相手にされなくなるであろうよ。力の残滓はさほど強いものではないからな」


 何もする必要は無い。

 と、スズメは言う。


「もとより、見るだけという約束であったろう?」


 スズメに念押しをされた。


「見るだけの約束――ていうか、それしか出来ないよ。力ねーもん」


 クロはふてくされて返事をする。

 久しぶりに大樹と立夏を見ることが出来て嬉しかったのに、すっかり華子のせいでやさぐれてしまった。


「…あの子、歩けなくなるよ?」


 ふいに黄魚が言った。

 

「黄魚……。おまえ、華子をここから追い出したいのか、真面目にリハビリ受けさせたいのか、どっちだよ……」


 クロから見て、黄魚の言動は矛盾がある。

 自分の守護家の子――千早の邪魔になるから、華子をどうにかしろと言い、かと思えば、このまま放っておけば歩けなくなるとクロを脅す……。


「さぁ?」

「おまえね……」


 首を傾げる黄魚に、クロは脱力するしかない。


「だって…邪魔だけど、可哀そう、だから……」

「可哀そう……」

「うん」


 クロを見上げた黄魚が、可哀そう――と言いながら、でも邪魔……と、またふくれっ面をした。


お読みいただき大変ありがとうございますm(__)m

よろしければぜひまた続きを読みに来てください(o_ _)o))


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