馬に蹴られろ
我儘娘VS母
「なんであの女が兄さんと一緒に来るのよっ!」
スペースが広く、車椅子でもゆったり過ごせる心地の良いロビー。
高級感のあるソファセットが数セット配置されている。
穏やかな曲が静かに流れ、観葉植物も豊富に配置された癒しの空間――。
最新鋭と高級感を売りとするこのリハビリセンター自慢の一つだ。
そんな場所で、華子は母の真理にくってかかっていた。
「あの女って…華子、口が悪すぎるわ。立夏さんは将来あなたの義姉になる人よ。ネットでうわさになるような、意地の悪い小姑にでもなるつもり?」
「はぁ?なに馬鹿なこと言ってんの!あたしはそんなこと言ってるんじゃなくて!」
「あらだって、なんでも何も……。あなたにも、今日は大樹はデートに行く日だって、ちゃんと教えておいたじゃないの……」
それを無理やり呼び出したのはあなたよ……と、困り顔で答える真理。
「大学の講義が午前中で終わるから、その後立夏さんとお出かけするって……。立夏さんが、夜の水族館見たがっているから、講義後に待ち合せたらちょうどいい時間になるって言ってたって……。その話、したわよね?なのに、診察券忘れたから、持ってこいなんて……」
因みに診察券が無くとも、受付で申し出ればリハビリ訓練はできる。
あった方が色々スムーズだが、無くたってなんとかなる。
なのに華子はなんだかんだと駄々をこねて、大樹に持ってくるように要求したのだった。
「だから何?」
「一緒に来るのは当たり前だ、って言っているのよ。前から約束してたんですもの。恋人同士なのよ。会いたいのは当たり前じゃないの」
「はあ?あり得ないでしょっ!歩けなくなった妹が、リハビリに来てんのよ?そんなところに、のうのうとついてくるような女いるぅ?悪いと思わないの?」
「……」
『悪いのはあなたでしょう?』と、言いかけた言葉を真理は飲み込む。
態度の悪い娘を怒鳴ってやり込めたいが、ここは公共の場、このセリフを言ったら、華子が逆上して今以上に騒ぎ出すのは想像に難くない。
それでなくとも、いつもならこのロビーにはもっと他に人がいて、穏やかに時を過ごしているものなのに、今は真理と華子の二人しかいない。
自分たちが迷惑がられているのをひしひしと感じて、真理は華子と一緒にいることが恥ずかしかった。
真理にしたら、歩けなくなったのも、歩けないのも、すべて華子自身のせいだ。
ヒステリーを起こして、勝手にスクーターで暴走しての大怪我なのだ。
誰が見たって、暴走した本人の責任と言うだろう。
真理は心中でうんざりとため息を付く。
わがままで、うっとおしいと思っても、我が子だ――。
腹立たしくとも、情は消えない。
(だから、余計に腹が立つんだけど……)
あの時通りかかっていたトラックに突っ込まなかったのは何よりだった……。
あれにぶつかっていたらまず命はなかった。
生きていた幸運に泣いて感謝した――。
ただ、その後が―――。
ある程度回復してきたときに、なぜあんな馬鹿なことをしたのだと叱ったら……。
「知らない女がうちの蔵に勝手に入り込んで、わが物顔してたからむかついたのよっ!」
と宣わって、聞いた方は唖然とした。
立夏と大樹のお見合いに、何の問題もなかったことは皆知っている。
立夏はちゃんと節度を守って、八真名の家に――蔵にいた。
華子に責められるようなことは何もない。
責任転嫁も甚だしい。
周囲に多大な迷惑をかけているというのに、華子にはまったく反省の色がなかった。
(なんでこの子はこんなに、自分勝手で我儘なの?)
なんで?と、色々問い詰めたいのは自分の方だと真理は思う。
事故から約一年たち、派手な事故だったというのに、華子の怪我はすでに全快している。
そう…歩けはしないが、怪我はすっかり治っているのだ。
医者からは、リハビリを続ければ歩けるようになる――という診断が出ていた。
大樹は八真名家から座敷童が居なくなったと言っていて、確かに色々ついてないことが昔より多発するようになってはいたが、華子の事故に関しては『さすが座敷童つきの家!』――と、そうと知る人々からは言われている。
なのに、いつまでたっても歩けないのは、本人がちゃんと訓練をしないからだ。
そう、やればできるはず。
今だって歩行器を使えば、ゆっくりとなら移動できた。
本人のやる気さえあれば、歩けるようになる――。
だからこそリハビリという観点だけなら、昔から懇意にしている家から近い病院で十分だったのに、通所が困難で、通うには家族の協力が不可欠なうえ、治療費が高額なこのリハビリセンターに通うことを華子に許した。
すべて、華子本人にやる気を起こさせるため――。
なのに……。
「あなた、今日の歩行訓練メニューどこまでこなしたの?」
そう聞いた母の言葉に、華子はシラーっと顔をそらす。
「兄さんが付き合ってくれるなら、やっても良かったんだけどねー。あんな女連れてくるから、なんか気が削がれちゃった。兄さんに会いたがってた職員の人たちもつまんなそうな顔になってたしー」
「……あなたが歩くためのリハビリよ?」
「だから気が削がれたって、言ってるじゃない!」
「あなた、なんのためにここにきてるのよ?大樹の名前使って、看護師さんたちにちやほやされるため?」
「なによそれ!」
「わかってると思うけど、大樹の名前出してあなたをちやほやしてくれる人は、あくまでも大樹が目当てで、あなたはおまけですらないのよ?」
おまけならまだ手に取ってもらえるが、目当てを引き寄せるための紐でしかない。
道具でしかない紐は、目的物を手にしたら捨てられるものだ。
そんな風に母親に言われて、華子は怒りで顔を朱に染める。
「私は、あの女が嫌いなの!ここの看護師さんやトレーナーさんの方が、ずーーーーーーっと優しいし、将来性あるじゃない!」
もうすでに医療関係で働いている人たちだから、大樹の役に立つはずだ。
そう主張する華子に、呆れた目を向けた。
「彼女たちが優しいのは、あなたが患者――お客様だからよ。将来性に関しては何とも私から言えることはないけれど、まぁ、あなたよりあるのは確かね」
「何よっ!自分の娘を馬鹿にするの?」
「したくもなるわよ……。だいたいね、大樹は立夏さんを気に入ってるの。あの子、わざわざ自分から向こうのお家に言って、正式に婚姻の申し込みしに行ったんだから……。
ああ、そういえば、あなたが入院中してすぐのことだったから、言ってなかったかもしれないわね……。
事故の後始末や、家のごたごたで大変な中、あの子必死に時間作って行ったのよ…。過労死したらどうしようかって、ものすごく心配だったんだから……」
「は?お見合い申し入れしてきたの、向こうだって言ってたじゃない!」
「だから何?たとえきっかけは向こうからの申し入れでも、大樹は立夏さんを好きになったの。あなたが口を挟むようなことじゃないのよ」
絶句する華子は、大樹が立夏と付き合いだしたことは知っていたが、正式に婚姻を申し込みしていることは知らなかった。
ましてやそれが、自分が大怪我をして入院している最中のことだったなんて……。
「ちゃんと家同士、仲人入れてお見合いしたんだから、双方気に入ったら結婚に進むのは当たり前でしょ」
「ありえない……。マジであの女が、あたしの義姉になるって言うの?」
「だからそう言ってるでしょう?あなた、さっき大樹がいるときに、ここの人たち呼び寄せてたけど、あの子はもう決まった相手がいるんだから、面倒を引き起こすようなことはやめて頂戴。とういうか、変な希望を相手に持たせるようなことしたら、恨まれるのはあなたの方よ?わかってるの?」
「……」
ちなみに……大樹が来た時まとわりついていたのは、女性だけでなく男性もいた。
が、そっちに関しては恐らく引き抜きを企んでのこと……。
だが、会社絡みのことは、社長である夫の冬也が対処するだろう。
親の会社から子供を引き抜く気…?と思うと、文句を言いたい気持ちはあるが、会社の仕事に携わっていない真理が口出すことはできない。
というか、そう言ったこともまったくわからず、ただ誰かに自分がちやほやされたいがために、家族利用する華子の教育を、この先何とかしなくてはいけないと思う真理だった。
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