お若い二人
「大樹さん、お待たせしました!」
自分でも意味のない叫びをあげたせいで、一人ちょっと凹んでいた大樹。
そこへ、軽く息を切らせた立夏が小走りでやってくる。
そんな立夏の姿に、大樹は優しい目を向けた。
「そんなに慌てて戻って来なくても大丈夫なのに……」
「だって、これ買いたいって言ったの私ですもの。お待たせしたら申し訳なくって!噂で聞いて、食べてみたいってずっと思ってたんです。今日ここに来れて良かったです」
そう言って、立夏は大樹に向けて手にした紙袋を掲げて見せる。
にこにこ笑う立夏の顔を見て、大樹はつられたように笑う。
「てか、本当なら、君が行きたがっていた水族館に今日は行くはずで、前々からそう約束してたのに…。これだからなぁ……」
大樹はつられた笑いを苦笑いに変えながら、背後に見えるリハビリセンターに目を向ける。
「……忘れ物、ですから…。仕方ないですよ。うん!」
気にしませーん!という調子で、元気に言い切る。
「それに、大樹さんにちょっかい掛けたがる人達にけん制出来たんで、私は満足です」
そう言って大樹をひっぱって、橋の歩道上に作られているベンチに腰掛ける。
「はい、これアイスティー。ストレートで良かったですよね?」
立夏は手にしていた紙袋から、カップを出して大樹に渡す。
「ああ、ありがとう」
「こちらこそ!これの出資者、大樹さんですよ」
「でも、美味しいものあるって情報見つけてきて、買いに行ってくれたのは君だからね」
「スウィーツ情報はなんだかんだで女子が有利ですからね」
「だねー」
立夏の言い分に頷きながら、大樹はアイスティーのストローを口にする。
「で、はいこれ。二種類買ってきました。胡麻塩とシナモンシュガーです。シェアして食べましょうね」
「サツマイモのフライ?大学芋――とはちょっと違うか……。大学芋の亜種って感じかな?」
「亜種って……。そんな難しい言葉、こんなファストフードに使うの、きっと大樹さんくらいですよ……」
「そう?でも、サツマイモが揚げてあって、蜜がついてたら大学芋って言うよね?」
「これはさつまいもスティックって言うんです。細長く切ってあるでしょ?」
「……まんまなネーミングだねぇ」
「もう!こんな素朴な食べ物に、奇異を狙った名前つけられても困りますよ」
「それもそうか……」
立夏の指摘に、大樹は笑ってさつまいもスティックを齧る。
シナモンとさつまいもの相性はなかなかのもので、今あるものを食べきったら、家への土産にもう一袋買って帰ろうか…なんて考える。
(あ、でも他にもフレーバーあるんだっけ。どうせ買って帰るなら、違う味の方がいいか……)
立夏情報によると、さつまいもを棒状に切り、揚げたものに、シナモンシュガーや胡麻塩、蜜、ミルクパウダーなどなど色々なフレーバーで味付けされたものが売っている人気店なのだそうだ。
そのうち行きたいと思ってチェックしていた店だと、デートの約束をキャンセルするために連絡したときに教えられ、それが件のリハビリセンターの近くにあるので一緒に行くと申し入れをされた。
(連絡メールして、数十分間があってからの返信だったから、その間に調べてたのかもしれないけど……)
会いたかったのは大樹も同じ。
それを、自分が行きたい店があるからと、自分の責任にして大樹のお使いに付き合ってくれた――。
(リハビリセンター……。しかも、自分に意地悪する相手がいるところなんて、本当なら来たくなかっただろうに……。これがデートなんてなぁ…)
大樹的には「ないわぁ……」と思うが、立夏にこのことを責める気配は全くない。
同じ年齢なのに、我儘三昧の実の妹と比べると、少々……というかだいぶん情けない思いが湧く。
(しかしまぁ、久しぶりにのんびりした気分かな……)
川面を眺めながら、二人並んでさつまいもスティックを食べなら、時々アイスティーを飲む――。
それだけ……。
贅沢なデートではないが、こういうのもたまには良い――そんな風に大樹が思っていると、立夏が笑った。
「ふふ……」
「何?」
「大樹さんと一緒に美味しいもの食べれて、嬉しいなって……」
「いや……俺的には、せっかくのデートがこんなチープな感じになっちゃって、なんか申し訳ないんだけど……」
当初の予定では、水族館を楽しんだ後、人気のビストロに行くはずだった。
水族館のチケットは、日付指定が無いタイプなのでまた違う日に行けばいいが、ビストロは人気店ゆえ次回の予約がいつとれるか不明だ。
が、立夏はブンブン首を振る。
「私、今日ものっすごく楽しいと思ってます。だって、大樹さんと二人っきりですよ!嬉しいです。華子さんの忘れ物、ありがとうございます!って感じですよ」
「いや、それはないだろ!」
忘れ物――華子が大樹を引っ張り出すために、恐らくわざと置いて行ったのだろう……ということは大樹から聞いて知っている。
だがそのことで大樹を責めるのはお角違いだし、当の華子に言ったところで認めるわけはない。
見え見えだとわかっていてやらかす相手では、言うだけ無駄なことだ。
華子が、大樹と立夏が今日はデートの予定だということを、知った上での邪魔し行動だというのは立夏も察している。
嫌がらせだと、判断している。
たまたまだとか、本当に忘れ物――なんて、お人好しなことは考えていない。
が……。
けれどもし「そんなウソついて!」なんて華子を追及したら、きっと「嘘だという証拠を出してみろ!」というような水掛け論になるだろう。
それならば、忘れ物をするどんくさい妹のフォローをする優しく優秀なお兄さん――な大樹を強調した方が、周囲の受けもいいし、立夏の心情的にも心地よい。
『負けるが勝ち』、そんな風に立夏は考えていた。
むしろその状況を楽しく過ごすことが、嫌がらせをしてきた相手への一番の仕返しになると思う。
それに原因が相手にあるにしても、マイナス感情をはらむ会話が立夏は好きではない。
嫌な言葉を口にしたら、それに引っ張られるような、そんなイヤな気がするからだ。
とはいえ……言わずにいられないこともあるのだけど……。
「にしても……華子さんはやっぱり、私と大樹さんの婚約を認めてくれないんですねぇ…」
デートは楽しいけど、ちょっと困った事かな……。
と、ついつい立夏がつぶやくと、大樹は気にしなくていいと言った。
「それに関しては一切気にしなくていいよ。結婚するの俺だから。華子に口出しされるようなもんじゃない」
「えっと…それは……。は、はい。わかり…ました」
頼もしく言い切った大樹の言葉に、立夏の頬はポッと染まった。
あの日の二人のお見合いは、華子の事故のきっかけでもあった。
だから立夏は、憧れて、やっと縁をつないだ相手ではあったが、もう駄目だ……と一旦は諦めた。
が、大樹の方からぜひとも立夏と縁を結びたいと申し入れがあったのだ。
まさかと思った。
大樹を慕う自分の思いをからかうために、誰かがどっきり的な意地悪をしかけているんじゃないかと、疑ったりしたが……。
華子の入院騒ぎの間を縫い、無い暇を無理やり作って立夏に会いに来てくれた大樹は、憔悴した顔で立夏にこう言った。
「蔵の王、居なくなっちゃったんだけど、それでもいいかな?八真名家にお嫁に来てくれる?俺のところに来てくれる?」
「居なくなった?!蔵の王が?」
「ああ……」
驚いて問い返した立夏に、大樹は泣きそうな顔で頷く。
眉をしかめ、必死に気持ちを我慢している様子に、立夏は我慢できずに大樹に飛びつき、その頭を抱きかかえた。
最初は座敷童への憧れで意識した人だった。
けれど知って行くうちに、どんどんその人自身のことを好きになっていた。
憧れの人――。
立夏に飛びつかれた大樹は一瞬硬直し、その後立夏を身に纏わせつけたまま、その場で座り込んで、立夏の膝に額をつけてうめくように言った。
「…蔵に、気配が…ないんだ……」
「そんな……ああ、でもあのとき……」
「……そう、あのとき……」
二人の意識は、華子が事故を起こしたときを思い出す。
あのとき、蔵の王は門の外にいた――。
門の外に出ることはない……そう思われていた座敷童の気配が外にあった。
座敷童の気配を察知できる二人だからこそ、共有できる記憶と思い。
そして立夏は、大樹が本当に自分を必要としてくれているのだと察した。
蔵の王が居なくなったという喪失感――これを、大樹と同じ感覚でわかる人間は、自分しかいないのだ。
お見合いした日に、大樹は自分以外に蔵の王の存在を察知できる人間に、初めて会ったと言っていたのを思い出していた。
「蔵の王――君が望んだ、座敷童のいる家じゃなくなっちゃったけど、一緒に待ってくれないかな?」
一緒に待つ――それが何か、言われなくとも立夏はわかる。
「はい。私もまたお会いしたいです。ぜひ、一緒に待たせてください。あと、大好きです!」
なんだかんだで、しっかり者の立夏だった。
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