真面目にやってください
我儘娘。
こんな妹いらんな……。
大樹は橋の欄干にもたれて、ぼんやりと空を見上げた。
初春の空はうっすら霞がかったパステルブルーだ。
冷たさの中に、そろそろ春の暖かさもはらみ始めている。
とはいえ……。
はぁーっと息を吐いて、大樹は手をこすり合わせた。
春近し……が、橋の下から吹いてくる風は川面に冷やされかなり冷たかった――。
大樹が居るのは、華子が通うリハビリセンターの脇を流れる川にかかる橋の上だ。
華子はあの事故のあと、下半身がマヒして歩行が困難な身となった。
命があっただけましというほどの酷い事故だったが、不幸中の幸いというか、上半身には全く損傷が無く、介助さえあれば椅子に座ることもできるので、車椅子での移動ならば可能。
しかも、しっかりリハビリすれば、多少足をひきずることにはなるだろうが、杖をついて歩けるようになる――という診断が出ていた。
もちろん、この不幸中の幸いというヤツは、八真名家の座敷童蔵の王の犠牲あってのものだが……そのことを、当の本人は全く知らない。
「ったく!わがままにもほどがある!」
大樹は不満げに言い捨て、自分の背後の建物にギロリと目を向ける。
欄干にもたれる大樹の背後に見えるのは、モダンで美しい白いコンクリート造りの建物。
一見すると、「デザイナーズマンション?プチホテル?」な外観で、門にある看板(これもセンス良くスマートに作られている)でも見なければ、恐らくここが医療関係の施設だなんてすぐにはわからないだろう。
それが、華子が週二で通うリハビリセンターなのだった。
リハビリセンターの建物は、有名どころの建築家が設計に携わっているとかで、おしゃれで綺麗なのはもちろんだが、建物の周囲には花や植木がふんだん植えられていて、今風なグリーン環境(ESGと言われる系統)が整えられている。
車椅子もゆったり移動できる幅広な遊歩道が設えられ、その遊歩道からはなだらかなスロープで河原に降りられるようになっている。
河原には美しいモザイク模様に石が敷かれた広場があり、ベンチがいくつか置かれていた。
辛いリハビリに疲れたら自然の中で一休みし、リフレッシュしてまた頑張ろう!――ということらしい。
地下には天然温泉を利用したスパ施設があるとパンフレットには書いてあった。センター利用者は申請すれば利用できるのだとか……。
入院施設はついていないが、長期施術を受ける遠方からの患者のための宿泊施設がついている。
そしてリハビリ機器は最新式とのこと。
当然、お高い。
華子に医療関係者の知り合いはいないはずなのだが、どこからともなくこのセンターの噂を聞きつけて、両親に強硬に強請って通うことになったのだった。
八真名の家にとって、高額とはいえ支払えない金額ではないが、家からは結構離れている&センターによる送迎サービスが無いため、家族の誰かが送迎をしなくてはならなかった。
父親の冬也は仕事があるし、大樹は大学、祖母のカナは蔵の王がいなくなったショックでそれどころではない――。
母親の真理もお花の講師の仕事があるが、優先度の都合上、真理が講師の仕事をお休みして、華子のリハビリに付き合っている。
事故のときに最大限の力を尽くし、命を救ってくれた病院にも付属のリハビリ施設があり、そこなら家から近いので、普段から家でのヘルパーを受けもってくれている人達に頼むことが出来たのに……。
なによりその病院は、大樹も華子も、産まれたときから通っているかかりつけの病院だというのに……。
大樹は大きく息をついて髪を乱暴にかき上げる。
「はぁ…なんか、ムカつく……」
なんかもなにも、自分がムカついている対象ははっきりしているのだが……。
実はつい先ほどまで、大樹はあのリハビリセンターの中にいた。
大学が休みだったわけではなく、華子のリハビリについて行った母から電話があり、華子が家に忘れ物をしたので、それを持ってきて欲しいと言われて出てきたのだった。
因みに忘れたのは診察券。
家を出るときに母の真理に忘れないように念押しされたのに、置いてきた。
そう…置いてきた。
忘れたのではない、わざとである。
大樹を引っ張り出すための迷惑行為。
学生の身で新薬を開発した大樹は、医療関係者の中では有名人の一人だ。
医薬品に関係する仕事をしている人間の中には、テレビに出てくるアイドルよりも憧れると言われることすらある。
以前通っていた病院は、大樹も通っていたので特に話題になることはなかった。
が、このセンターに通うようになって、母の都合がつかなくて大樹が華子の付き添いで来た際、ちょっとした握手会的なことが起こり、実妹である華子まで周囲にちやほやされて……。
味をしめてしまった……。
大樹にしたら、まったく知らない人間から馴れ馴れしく話しかけられ触られたり、大学卒業後このセンターに勤めないかと言われたり(どうしてリハビリセンターに誘われるのか、大樹には不思議だったが、父の冬也情報によると医薬品開発部門がグループにあるらしい)、いかにもな女性に迫られたりして「酷い目にあった!」と感じている。
ただ、いくらお金が(家が傾かない程度で)かかっても、華子の送迎に手間暇かかろうとも、それで華子の回復が進むのなら構わないと思っていた……。
だけど――。
「いったーいっ!って、言ってるでしょ!」
「しんどいーぃっ!なんなのこれ?」
「やだ、こんなの!意味あるの?」
「何よ!あたしなんか死んだ方が良かったんでしょ!」
「歩けるようになったからって、どうだっていうのよ!」
「あたしがこんなに苦しんでるのに、座敷童は何やってんのよ!」
華子の口からは、文句しか出てこない。
綺麗で派手で最新式なリハビリセンターに通うことだけが目的なのだ、肝心のリハビリに真剣に向き合うそぶりは一切なかった。
「いくら機械が最新式だったって、本人やる気なかったら意味ないだろ!なんのためのリハビリセンターだよっ!」
怒りのあまり、川面に向かって吠える大樹はきっと全然悪くない――。
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