紫鏡が望んだもの
「あの家を、ずっと保たせていたのは私……」
土煙やほこりが巻き上がる光景を、じっと見つめながら紫鏡は言った。
「……そりゃ、いつまでたっても寝たきりのままだよな……」
玲の魂を生きなおさせたことで力を失いここに連れてこられて、その失った力を大人しく補っているのかと思いきや、実は得る端からずっと使い続けていたということだ。
「急に部屋から出てきたのは、あの屋敷が取り壊されるのを知ったからか……」
「そう…。私が中にいるのに潰すっていうのだもの……慌てるわ」
馬鹿みたいね――と笑う。
「私、どうして座敷童になったのかしらね?どうしてあんな屋敷を、必死になって護っていたんだと思う?」
「……思い出したって、いったよな?」
クロの指摘に紫鏡はゆっくりと頷く。
「玲の中にあった家族に惹かれたの……。彼女の魂を生きなおさせて、彼女の中にあったあの美しい家族を見るために座敷童になった――」
「うん…」
「でも、クロ言ったよね?あれは本物ではないって…夢だって……」
「…言ったな……」
クロは少し気不味い。
自分の言ったことは間違ってないと思っているが、あの夢に惹かれて付喪神から座敷童に変化した紫鏡のことを思うと、心無いことを言ってしまったと思う。
「私もそう思った……。で、『実』のあの家族が見たいって思ってしまったのよ……」
「……」
「びっくりでしょう?死に間際の人の夢に、人ならぬ存在の私が惹かれて、引き込まれて…叶わぬ夢を追いかけていたの。私はあの家族の中に入って、座敷童として生きることをずっと望んでいた……」
だから、ずっとあの家を護り続けてきた――。
「ものすごーく無理して頑張ってたのに、全ー部無駄になってしまった……。どこかで思いを断ち切らなきゃいけないって、わかってたんだけどねぇ。私たちの時間って無限でしょ?だから……」
自分で踏ん切りをつけることが出来なかったと、紫鏡は自嘲するように笑う。
「そんな私に、人が引導を渡してくれたってことよね……」
「そうなるか……」
座敷童があの家についているなんて、人は知りようもない。だから、意図したものではなかったが……。
「あの子――。あの屋敷を取り壊した子ね……。なんどもあの屋敷に私を探しに来てたの。あの屋敷を相続したって言うし、なんども来るから、ちょっと期待したんだけどねぇ……」
『子』と称せる年ではないと、きっと本人が聞けば言うだろう。
見た目からすると、恐らく三十路近くにはなっているはず。
「地方都市にある博物館の職員やってるの。古いものが大好きでずっと見ていたい、でも好きな物を売るのは身を切られるように辛いから、博物館員になることにしたんですって。可愛いでしょう?」
「か、可愛い???」
「ええ。頑張る人間は可愛いわ」
「好ましいとは確かに思うけど……。可愛い…か?」
クロは首を傾げるが、紫鏡的には問題なく可愛いようだ。
「玲の孫の紫の曾孫なのだけど、不器用なの。血筋なのかしらね?あの子は絶対出世できないわ。彼女もいないの。
お金はそれなりに持っているようなんだけど、結婚できるかどうかは…かなーり怪しいタイプよ」
ずいぶんな評価だ。
「誰判定だよ……」
「スズメと私よ」
「てか、あの老女の血縁か……」
期待してしまった紫鏡の気持ちがわかる気がした。
井戸縁に止まっていたスズメが飛び上がって紫鏡の肩に止まる。
紫鏡はスズメに「ね?」と笑いかけている。
「何だかなぁ…てか、元気だな紫鏡……。なんか、力漲ってる感じだ………」
ついさっきまで枯れ枝のような有様だったのに、どうなっているんだ?と、クロは少し目を眇めて紫鏡を見る。
「付喪神……か」
「当たり」
紫鏡はそう言って、すいっと腕を動かす。
と――。
一瞬クロは酩酊を感じ、ハッとしたときには白い部屋の真ん中にいた。
「ここ……」
大きな窓がある、ベッドがポツンと置かれた部屋――。
「紫鏡の部屋――」
ふと見ると、紫鏡は窓辺で外を見ていた。
部屋の戸が開き、他の座敷童たち――銀河、紅、アオ……そして、珍しく緑花も入ってきた。
「何があった?」
「誰だ?」
「え、嘘?紫鏡?」
「……」
どうやら紫鏡が呼んだらしい。
「付喪神……」
最初に気がついたのは緑花。
自分たちに振り向く紫鏡を見た途端、そうつぶやく。
「なぜ……」
「私の本体を引き継いだ人間が、家庭を築けそうにないの。家のアテが無いのに、いつまでも座敷童でいるわけにもいかないでしょう?」
「素直に、気に入ったって言えば?」
「どうかしら?」
緑花の切り込みに、紫鏡は淡々と答えている。
「引きこもり同士の闘争?」
「アオ、ややこしくなりそうな茶々はやめとけ……」
興味津々という風情のアオを、クロは少々うんざりした気分でたしなめる。
「家が無いのに、座敷童のままじゃいられないでしょ?」
「ふーん……。ま、その姿をみる限り、あなたの本体、それなりに大事にされてるみたいだからいいんじゃない?」
付喪神は物から生まれ、そこに宿る。
その本体に対し、捧げられる思いが強ければ強いほど、付喪神の力も強くなる。
「ええ、そうね……」
そう言って頷いてから、紫鏡は窓を背にスッと姿勢を正すと「ぱん!」と、勢いよく両の手の平を打ち合わせた。
「!」
その途端、周囲の景色がぱーん!と破裂したように弾け散る。
破片が座敷童たちの周りを雪のように舞い、キラキラと光りながら、下につく寸前に次々に消える――。
真っ白な部屋も、ベッドも、窓の外に延々と続くあの砂丘も……。
すべてが消えたとき、座敷童たちは井戸の横にたたずんでいた。
「座敷童の部屋だから…ね」
「そっか、そうだな……」
紫鏡の言葉にクロは頷く。
「ずいぶんな後片付けねぇ……」
緑花が皮肉るが、それに紫鏡はチラリと視線を向けただけだった。
「紫鏡、またもし縁があれば会いましょう……」
いつの間に来ていたのか、白波が紫鏡に言う。
「んー?いつ来たんだ白波?」
「勝手口の前でこれだけにぎやかにしていたら、見に来ない方がおかしいでしょう?」
「それもそうか……」
アオの呑気な問いに、白波は苦笑いで答える。
「とはいえ、座敷童がここに来るのはあまり褒められることではないのですけどね?」
そう言った白波の言葉に、アオは耳が痛いと顔をしかめて耳を抑えている。
「ここは座敷童にとって大事な場所よ。私は違うものを選んだから出ていくけど……。出来れば白波には、ずっとここに居て欲しいわ」
「縁起でもない……」
「?」
白波の返事にクロは首を傾げるが……。
「では、紫鏡…。次を決めたのならば長居は無用ぞ。行けばよい」
スズメが紫鏡を促す。
「ええ。ではね……」
紫鏡は軽くそう言うと、残る座敷童たちに手を振り、門の方へと歩き去って行った――。
「こういう事も、あるんだな……」
紫鏡の背を見送って、クロはつぶやく。
こういう事――。
座敷童であることをやめる事。
「あるな」
スズメは端的に、ただそう答えた……。
お読みいただき大変ありがとうございますm(__)m
(月)(金)を目安に更新しております。
よろしければぜひまた続きを読みに来てください(o_ _)o))




