崩れる屋敷
クロがオロオロした気持ちで井戸底を見つめていると、屋敷を取り壊すために移動していたユンボが、キャタピラーを止めた。
予定位置についたのだろう。
「紫鏡っ!どうするんだ?」
クロは側にいた紫鏡に声をかけるが、紫鏡は答えず黙って井戸底を見つめている。
その様子は何かを待っているようにクロには見えた。
(まさか、自分の本体が、屋敷と共に壊されるのを待っているとでもいうのか?)
一瞬そんな風に思ったクロだが、紫鏡が微かに身じろぎしたことに気がつく、それと同時に井戸底の光景に動きがあったことにも気がついた。
(なんだ?)
屋敷の中から数人の作業員が出てきて、現場監督らしき人のところへ向かっている。
その中の一人が何かの包みを持っていた。
(あれは……)
その包みの布はすっかり色褪せてはいたが、かろうじてその元の色が紫色だと見てとれた。
(あの、袱紗はっ!)
「施主っさーん!物が一つ残ってましたよー」
作業員は、現場監督のそばにいるヘルメットは被っているが、作業服を着ていない男にむかって呼びかけてその包みを渡す。
渡されたその男は一瞬驚いた顔を作業員に向け、すぐに慌てたように包みを受け取った。
「これ……!ど、どこに?」
そう問いながら、包みを受け取った男はすぐにその包み――袱紗をほどき、中の桐箱の蓋に指をかける。
「それ、お宅さんので間違いないっすよね?」
「あ…。は…はい!あ、ありがとうございます」
蓋を開け中を確認すると、男は持ってきてくれた作業員に深く頭を下げる。
「…探してたんです…。よかった……」
「そっすかー?お役に立てて、良かったっす。それ、一階居間の作り付け棚の隅っこにありましたよ」
「そ、そんなところに……」
男は小さく「そこは探したはず……」とつぶやいているが、作業員の耳には入らない。
「当たり前の場所過ぎて、見落とされたんですかねー?」
作業員は少し不思議そうに首を傾げた後、現場監督に向けて報告を上げる。
「邸内くまなく確認しました!残留者いませんでした!作業開始オーケーっす!」
「おう!わかった。作業開始だ!全員、気ぃつけてかかれ!」
そして作業員たちは仕事にかかるべく重機の方へ向かう。
その間、男は箱のふたを開け、じっと中身を見てからほっと息を吐き、天を仰いだ。
「箱の中身は無事ですかい?」
「ええ…。ありがとうございます…」
「大事なもんだったんですかい?危なかったですねぇ!うちの作業員が見つけなかったら、瓦礫の下になるとこですよ!」
ガテン系のリーダーらしく、ちょこっと恩に着せながらも、軽い調子で施主の男にそう言う。
「ええ、本当に……。まさか、見つかるとは……」
現場監督はオヤ?という目を施主の男に向ける。
「大事なもんだったんですか?」
「うちの家宝だったそうです……」
「え?か、家宝?」
そんな大事なものを取り壊し予定の屋敷に置き去りにしていたのかと、目をむいて聞き返す現場監督に男は箱の中身を見せた。
「なんすかそれ?灰皿?……いや、壁飾り?」
現場監督の言葉に、男は首を振る。
「銅鏡です。古代の鏡ですよ」
「古代の鏡……。あ、むかーし、学校で習ったことありますね!ナントカエンシンジュキョウとかいうヤツでしょ!」
「三角縁神獣鏡です………」
「おお、それそれっ!へぇ、なんかいかにも家宝っぽいっすね!博物館とかにありそうだ」
監督の言葉に苦笑いしながら男は答える。
「ええ、そうなる予定です」
「え?」
「流石に家宝なので売却することはできないんですが、私のような一介の博物館員では品質を保護しきれない可能性があるんで……。
もし出てくるようなことがあったら、勤務先の博物館に、公開展示前提でお貸しするって約束になってまして……」
そう言って、男は銅鏡の表面を撫でる。
「この屋敷の元々の持ち主は――玉石といったんですが、昔々時の帝に仕えていて、山で鉱脈を探すことを生業としてたそうで……。その時に沢山の鉱脈を見つけたそうです。その褒美に時の帝からこれを下賜されたとかなんとか……」
「っほー!すごいじゃないですか!それって、本当っすか?」
「さぁ?」
「さぁ……って!無責任なっ!」
監督の男に責められるが、男は肩をすくめる。
「私は唯一残ってる子孫ってことで、この屋敷と土地を相続しましたけどかなりの遠縁なんですよね……」
「というと?」
「真偽を確認できるような、直系の子孫が一人も残ってないんですよ……。だいたい、私の苗字も玉石じゃないですしね。紫鏡にまつわる逸話は、直系最後と言われてる私の曾祖母から伝わってるそうですが、眉唾もんだと思ってます」
「博物館に預けるほどなら、ホンモンなんでは?」
「どうでしょうねぇ……。ただ、玉石の家が衰退したのは、この家宝……紫鏡っていうんですが、紫鏡に見放されたせいだって言われてまして……」
「おやまぁ、それは……」
「だから、私より前の玉石の血統の人たちが、あの屋敷でこれを必死で探したって聞いてたんですけどねぇ。因みに、実は私も何度か探しに入りました……。見つけられませんでしたが……」
「ん?うちの作業員、特に探したわけでなく見つけてきたんすが?」
「そんな感じでしたよねー」
監督の男に、玉石の子孫という男の言葉を信じたような様子はない。
それも仕方が無いと男は思う。
自分が逆の立場になれば、ちゃんと探したなんて言い分をきっと信じない。
「因みに私がこの屋敷を相続することになったのは、あの上物を解体できるだけの財力がギリギリですけど……あったのが、私だけだったからなんですよ……。人が住まないまま老朽化しちゃって、あちこちから危ないって指摘がありましてね……」
「ああ、そりゃあね……。昨今は地震とかも怖いですからねぇ」
「ええ、けどせっかく相続しても、その相続税を捻出するために、当のこの土地売却するしかなくて……。だからの、この工事なんです。昔は金持ちだったそうですけど……」
「ああ…相続税って、高いですからねぇ……」
「ま、ここが売れたら、差し引きで手元に残る分は多少有るんですけどね……」
この土地の価格を思うと微々たるものだと男は笑う。
それから男はまた紫鏡を現場監督の男に示して言う。
「これ、結構珍しいんですよ。さっき三角縁神獣鏡の話しをしましたけど。あれは神様と獣がモチーフになってるから神獣鏡っていわれてるんですが……」
「ほうほう」
「紫鏡は山河なんです」
「はい?サンガ?サッカーですか?」
「チーム名じゃないです!『サン』は山…恐らくは神山を表していて、『ガ』は川…神川であろうと思われます」
「……なんか、ずいぶんと御大層ですね……」
そう言って心なしか、現場監督は紫鏡から距離を取る。
「はは、こんな講釈聞いたらそう思っちゃいますよね」
男は紫鏡に目を向け、箱を大切そうに抱えなおす。
「私はこれって、深い山の中に入って金や銀、翡翠や瑪瑙とかを探す玉石の祖先の安全を祈願して造られたもんだと思ってるんです。
帝に下賜されたとかどうのってのは、今さら証明のしようもないし、しなくてもいいんじゃないかって……。
博物館員としてはどうかとは思いますが、誰かの安全とか、幸せを祈願された物ってなんか良いと思いませんか?」
「ああ、お守りっすね!」
それならわかりやすいと、現場監督は笑う。
それに男も笑い返したとき――。
ふいに、作業の準備にかかっていた作業員から声が上がった。
「離れろっ!」
「屋敷から、早くっ!」
「ミシミシいってやがるっ!」
「危ないぞ!」
「重機は後でいいっ!逃げろ!」
「いそげっ!」
バタバタと作業員たちが走って逃げてくる。
「どうしたっ!」
「なにが……」
と――。
轟音と共に屋敷の真ん中がいきなり凹み、けむりのような土埃が舞い上がる。そしてその後を追うように、周囲の壁が内側へと一気に崩れ落ちた――。
「なっ!」
「嘘だろ……」
人為的な力が入る前に、玉石の屋敷はあとかたもなく崩れ落ちたのだった……。
「これで終わり…」
井戸を通して、大量の土埃や瓦礫の欠片が巻き上がる景色を見た紫鏡は、表情を見せない声でそう言った。
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