不器用で、意地っ張りな女
「では奥様、また明日お伺いいたします。今晩は冷えそうですから、どうぞ暖かくしてお休みくださいませ」
「ええ、わかったわ」
頭を丁寧に下げ、帰っていく通いの女中に鷹揚に頷き、玲は居間のソファに深く身を沈める。
暖炉には薪がくべられ、パチパチと暖かな音を響かせている。
ふっと、息を吐く。
底冷えする冬の夜。
けれど、古くから続く名家――玉石の屋敷の中は暖かい。
物理的な意味でだけど……。
三世帯がゆったり暮らせる程に広いこの屋敷の中で、今暮らしているのは玲一人きり――。
暖炉に暖かな火が常に熾されていようと、毎食暖かな食事がテーブルに並ぼうと、ウールの暖かい召し物を身に纏うおうと……。
「寒いわね……」
一人、玲はつぶやいた。
「え?指が……」
カサカサで皺だらけとなった、年老いた自分の手――その指先を見て首を傾げる。
眠くなるまでの手すさびに、編み物をしようと編針を手にしたが思うように動かなかったのだ。
しっかりと防寒しているのに、まるでかじかんでしびれたように、思うように指が動かない。
いつもなら多少寒さを感じるときでも、編み物のような慣れた動きはこなせないことはなかったのに……。
「……」
しばらくじっと自分の手指を見つめたあと、玲は編み物を片づける。
そして、紫色の袱紗に包まれた桐箱を持ってくると、ソファの前にあるテーブルに静かに置いた。
蓋を開けると中に入っていたのは紫鏡――。
紫鏡をそっと取り出すと、玲は両手で抱くように胸元に抱え込む。
そしてはらはらと涙をこぼした。
「わたくしの、何がいけなかったのですか……?」
そういって、冷たい銅鏡をただ抱きしめる。
「わたくしは、玉石の家を護るために頑張ってきたのに……」
涙が紫鏡を濡らす。
「…誰も、わかってくれなかった……っ!」
あの日――通が死んだと報せを受けた日から、すでに十数年がたっていた。
あの後すぐに、紫はこの家に居たくないと晶子に訴え、田中の家に入って玉石の名を捨てた。
玲にしたら、晶子の母に夫を奪われ、唯一血のつながる大切な孫さえも、晶子にとられることになったということ。
玉石家唯一の跡取りだからと、何度か取り戻そうとはしたが、そのたびに紫本人に嫌がられ、泣き叫ばれて、ついに連れ戻すことは叶わなかった。
仕方なく、いつか紫に子が出来たら、その子を――という約束を晶子の夫である田中としているが、玲が儚くなった後のことなんてどうなるかわからない。
恐らく、古代に紫鏡を時の帝から賜り、それを護って連綿とつなぎ続けてきた玉石の血は自分で終わるのだろう……そう玲は悟っていた。
そして、それはきっと遠くない未来だ――。
高齢の玲を心配する者たちが、通いの女中ではなく住み込みを雇うように助言をする。
けれど玲は、
「この家に、家族以外の者を住まわせたくありません」
そう言っていつもその助言を退ける。
家族以外を住まわせたくない――。
そう言う玲は、我が子忠の家族となった英子と通をこの家に受け入れ、一緒に暮らしていた。
「血がつながらないのに家族面しないでくださいな、厚かましい!」
「ああ、忠がたぶらかされさえしなければ……」
「玉石の血筋じゃないのだから家は継がせません!」
「育ちが悪くて品が無い!」
玲はしょっちゅうそんなイヤ事を二人に言っていたが、そう言いながらも実は彼らのことを家族――玉石の家の者として認識していたということ……。
だから通が死んだとき、警察が〝ご子息″と通のことを称してもそれを「孫」ですとは訂正しなった。
我が子の忠が死んだとき、玲はその子供である紫のことも通のことも、自分の子として育てる気持ちでいたからだ。
通の夜遊びをしつこく注意していたのも、親のつもりだったから――。
ただ玲は、どうしようもなく頑固で、意地っ張りで、自負心が高すぎた。
あまりにも、不器用すぎた……。
通の死を知らされたときに、若いのに年老いた自分より先に死ぬなんて!と、悲しみと同時に、残念で、腹立たしくて、つい「罰があたったのだ」と口にしてしまった。
惜しむ気持ちが強くて、悼む言葉が素直に出せなかった……。
そのせいで、紫に愛想をつかされて――。
玲の本質は不器用すぎる意地っ張りなのだった。
玉石家は鉱石の出る山をいくつか持っており、それが財の元となっている。
宝石となる鉱石が出る山もあり、その縁で知り合った玲の夫は、宝石屋を営む男だった。
希少で美しく高価な商品を扱うから、商売相手は格や財産を持つものがほとんど。
高貴な女性客も多い。
当然そんな客ばかりを相手にしているから、身のこなしは落ち着いていて上品だし、口が上手く、おしゃれで見た目も良かった。
名家玉石家の一人娘である玲は、若いころから少々勝ち気で、自尊心が高く、矜持だって人一倍。
そんな玲がその男に一目ぼれして、家としてもまあ相手として問題はないと婿にとった。
男にとっても渡りに船だったろう。
最初は特に問題はなかった。
どちらも若く美しく、財産もある。
早々に男子も授かり順風満帆――。
が、夫が浮気をした……。
恐らくは出来心。
バレないように、細心に隠していた。
隠していたということは、バレて家庭が壊れることを恐れたということ……。
だが、その頃はまだ玉石の家にも住み込みの女中が何人かいて、そのうちの一人が女と歩いているのを見かけて玲に注進してきたのだ。
知らされた当初、玲は混乱し憤った。
箱入り娘の玲は、自分がただ一人夫に愛されていると、それまでまったく疑っていなかった。
夫の浮気は玲の矜持を深く深く傷つけ、憤りのあまり離婚を考えた。
けれど……忠がいた。
大切な我が子。
愛する夫との子供――。
不器用な玲は、責めることが出来なかった。
離婚を避けて責める言葉が、どうしても思いつけなかったからだ。
その代わり、その浮気相手を妾として囲うことを夫に提案した――。
それは、相手の女を慮ったからではない。
自分が正妻で立場が上であることを、相手にハッキリわからせるためだった。
名家の血筋であり、正妻であり、子(それも男子)も得た自分の方が上である――。
それを相手に誇示するために、妾となれと言ったのだ。
同時に夫に対しては「多少の火遊びくらいは見逃してあげるわ」という、余裕を装うためでもあった。
つまりは、恰好つけの強がりというヤツだ。
心の中では涙にくれ、憤りで泣き叫んでいても、玲は夫に笑って見せた。
大好きで、大好きで、本当は他の女の所になど行かないでくれと言いたいのに、意地を張って言えなかった――。
ただ、それだけの女だった。
最近寒いですねぇ…。
皆さまどうぞお風邪など召されませぬように。
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