飽きたので
「ふーん……」
クロは紫鏡が通の目の前から、どうやって消えたかの一部始終を見ていた。
通の懐から付喪神としての力を使って零れ落ち、その後馬の足に当たって蹴り上げられ、馬車のステップの端にストンと乗っかったのだ。
――飽きた。
零れ落ちるときに、そんな声が聞えた気がした。
付喪神にも〝飽きる″って感覚あるのだろうかと首を傾げる。
子供の心を持つとされる座敷童は、どちらかというと飽きっぽい性格の童が多いとは思うが……。
「井戸に見えてる紫鏡は付喪神だけど、この時から座敷童よりの性格してたのかな?」
だからこの後座敷童に変化していくのだろうか?
ちなみに井戸の底に見える通は、消えた紫鏡を必死になって探し回っているが、見つかるはずがない。
馬車にのって、既にその場を去ってしまっているのだから。
「てか、あの馬車どこに行くんだ?」
いくら付喪神のついた銅鏡とは言え、足や羽が生えているわけではない。
人の懐から零れ落ちる程度のことはできるが、紫鏡単体で移動できるはずがないのだが……。
「まぁ、あんなロクデナシに付き合ってるよりは、馬車に乗ってた方が面白そうだよな……」
それにしたって、身動きできない銅鏡の身で良くもやるもんだ……と感心してしまう。
などと思いながら井戸を覗き込んでいると、支えていたクロの腕の中で、紫鏡がくたっと力を失う。
「あ、おいっ!紫鏡!」
前回同様またもや意識を保てず倒れる紫鏡――。
「またかよっ!ああ、もう……!つーか…なんで、いきなりこんなに必死なってんだよっ」
つい最近までずっと寝てたくせに!
クロは怒るが、倒れた紫鏡は答えを返してはくれなかった……。
※ ※ ※ ※ ※
「んでークロ、紫鏡はー?」
「この前と一緒。今度はアオに手伝ってもらって部屋に送ってった」
紅に聞かれクロは答えながら、手にした皿から菓子を口に運ぶ。
「おっ!美味い!何これ?初めて食った!」
皿に乗っているのは、黒くて三角の形をしていた。
甘い黒糖の香りがして、黒文字で切ると、たっぷり浸みこんでいた黒蜜が切り口からじわりと染み出てくる。
口に入れたらもちっとした触感と、コクのある黒糖蜜の味、ほんのりと小麦の味わい――。
「げたんはです。駄菓子ですからねぇ……。名家の座敷童のお供えには、なかなか採用されなかったのかな?」
白波がそうつぶやくと、銀河が口を出す。
「地域が限られるからだろう。南の方のごく一部の地域の菓子だったはずだぞ」
「それもありますか……」
げたんはは、生地にも黒糖がたっぷり使ってある。
サトウキビの産地でもなければ、なかなか作りにくいだろう。
白波の前には鍋が置いてあって、そこにはくつくつと黒蜜が煮えている。
脇に三角に切られたげたんはの元があり、童の求めに応じて、その都度暖かい黒蜜に漬けてから皿に盛りつけていた。
「ふーん……。それにしても、変わった名の菓子だよな……」
ちょっと語呂が悪くて言いにくいと言ったクロに、アオが言う。
「下駄の歯って意味らしいぞ。そう意識してアクセントつけたら、そんなに語呂悪くもねーぞ」
「なるほど……下駄ン歯か…」
そう意識していえば、確かにそう語呂は悪くない。
「てか、なぜ下駄の歯?」
「汚れた下駄の歯に似てるからだとさ」
「おい……」
口にする物に対し、ずいぶんな由来のネーミングだ。
伝統菓子だから許されているが、これが新規で作られたものだったとしたら、不謹慎だとか、食べ物を粗末にするな!とかで今なら袋叩きにされそうだ。
「白波ー、あたし次はー、冷めてる方頂戴ー」
紅がそう言って皿を出すと、白波は脇にあった大皿から作り置きのげたんはを乗せる。
「あれ、そっちは表面乾いてるのか?」
「そうよー、これはー外カリカリでー、中はしっとーりしてて美味しいよー」
「それはそれで、気楽に食べれていいよなー。外に持って行って、手づかみで食えるし。お菓子って感じ出る」
「へー、俺もそれもらえる?」
「もちろんですよ」
ここで供される菓子は、座敷童の為のもの。
否はない。
と……。
「そういや、スズメは?」
たしかスズメは黒蜜が好物だったはず――とクロが問うと……。
苦笑いで、白波が窓辺を視線で示す。
そこには暖かい日を浴びながら、畳にコロンとした感じで転がるスズメがいた。
自分が話題になっているのに、うんもすんもない。
あまりに静かすぎて、白波に教えられるまで居ることに全く気がつかなった。
「何してんの、あれ?」
おやつも食べずに――。
と、思ったクロだったが……。
「食べ過ぎです」
「はい?」
「だから、食べ過ぎて動けないんですよ」
やれやれというように、白波が息を吐く。
確かスズメって、神様の力の欠片の具現――だった気がするが……。
戸惑うクロに白波は笑いかける。
「大丈夫ですよ。あとでちゃんと僕が回収しておきますから」
「回収……」
神様の力に対して、あまり適切ではない言葉のような気がするクロだった。
〈げたんは〉
鹿児島地方の伝統菓子です。
一時すたれたけど、近年になって復活させたそうな……。
生地の材料:小麦粉500g 重曹小さじ1 ベーキングパウダー小さじ2 黒糖200g 水200cc
黒蜜:黒糖300g 水150cc
生地を作る
1)黒糖を煮溶かして冷ます。
2)小麦粉と重曹、ベーキングパウダーを混ぜてふるう。
3)2に1を入れ、粉っぽい白さがなくなるまで混ぜる。
4)天板にクッキングペーパーを敷いて3を平らにならしながら入れる。
5)190℃ で約20分焼く。
焼きあがったら冷まして十字に四等分、それぞれを対角線で切り分け三角にする。
6)黒蜜を作る。黒糖を煮溶かす。
7)5の生地を6にくぐらせたら出来上がり。
暖かいままで食べても美味しいし、乾かして食べても美味しい。
市販品を軽くチン!して食べても美味しい^^
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