逸話
ロクデナシ――。
クロのその言葉に、紫鏡が笑う気配がする。
相変わらず声を出せるほどの力は戻っていないようだが、ちゃんと井戸の光景を見定める程度には回復しているようだ。
「紫鏡……笑うけどさぁ…。おまえ、連れていかれる先って、アレだぞ?」
ああいう場所、好きなのか?と問う。
クロは好きではない――というか、大っ嫌い!な場所だった。
そこは人間の身勝手な欲が渦巻く場所だ。
綺麗な感情が好きな座敷童としては、天敵とも言える場所…家屋――。
クロの問いに紫鏡は好きとも嫌いとも答えず、ただこう返す。
(私はただ、連れていかれただけ……)
紫から紫鏡を借りだした通が向かったのは賭場。
博打場だった。
※ ※ ※ ※ ※
「これぞ山師の仕事ってやつだぜ!」
通は懐に手をやり、そこから確かな手触りを得て、一人つぶやきにやにや笑う。
山師とは本来鉱脈を探したり、価値のある銘木を山の中に入って探す職をさすが、その結果の当たり外れが大きいために、投機的に大儲けを狙う人間のこともさす。
なので、博打打も大儲けを狙う職の部類……と思えば、山師と言って良いかもだが――詐欺師やいかさま師のことを指すこともある。
通がどの山師に当てはまるかは、その結果次第――。
で……。
「まぁ!素敵っ!」
派手に化粧した女が、通にしなだれかかってくる。
その視線は通が手にしている膨らんだ札入れに釘付けだ。
「おうっ!この店にある一番上等な酒持ってこいやっ!金ならあるぜ!」
最高に上機嫌な声で言いつける。
それもそのはず、なんと賭場に入ってその閉場まで、通は勝ち続けたのだ。
義理とは言え、名家玉石の子。
それなりに所持していた小遣いという名の軍資金は、賭場を出るころには数十倍に膨らんでいた。
「笑いが止まらんぜ!」
酒を飲みながら女を複数侍らかす。
二、三人侍らせたところで、気にせず飲み食いできるほどの大勝だった。
「あんた、今日一度も負けが無かったんだってねぇ!強い男って好きよぉ、あたしぃ」
「あらっ!あたしだってそうよー。強い男大好き!」
「はっはー!明日だって、俺は勝ち続けるさ!ずーーーとだっ!」
持ち上げる酒場女に、通はご機嫌に返事をする。
「お前らも、どんどん飲めっ!」
「素敵ぃ!」
女達は黄色い声を上げるが、酒を運んでくるボーイは張り付けたような笑顔だ。
博打はあくまで時の運。(いかさまが無ければ…という前提はあるが)
毎度勝ち続けるというのは、ありえない事というのが一般常識だ。
そして、勝ち慣れないものほど、勝ったときに分不相応に散財することも、とても良く知られている。
だが……。
「え?ちょっとぉ…あの客、今日も勝ち続け?」
「らしいわよぉ…」
「今日でもう三日続けてだって!」
「いやいや…。それってさ、おかしくね?」
「それがさー!賭場のほうでも調べたらしいんだけど、なーんもなかったんだってさー」
「あ、でも、どっかの賭場は出禁になったって聞いたよ!」
「そりゃあねぇ……」
「負けが一個も無いらしいじゃない!」
「どうなってんだ?」
「ちょっと、気味悪いよね……。うちら金もらうにしてもさぁ……」
ヒソヒソ、ヒソヒソ――。
通の周囲でうわさが回る。
「いい気分だぜ!」
当の噂の人物――通は、全くそんな噂なんぞに頓着していなかった。
三日間、通は毎日勝ち続けで気分は絶好調だ。
玉石家から紫鏡を持ちだして、すでに四日。
家には一度も帰っていない。
家にいるのは口うるさい婆様と、半分しか血の繋がっていない幼い子供。
そんなつまらない所に、わざわざ帰る必要性なんて通は感じない。
「勝ったもん勝ちだ!」
通は紫から取り上げた山師の鏡――紫鏡を懐に入れて博打を打っていた。
賭場で身体チェックは受けたが、誰が見ても紫鏡はあくまでもただの銅鏡。
変なものだと思われはするが、「お守り」だと言えば、取りあげるまではされない程度。
賭場に通う者の中には、首からいくつものお守りを吊るしている者だって珍しくはない。
所詮博打など、運任せ、神頼みのものなのだから――。
「これこそが、俺様の勝ち要因だとは誰も気づかねーだろ!」
ポンポンと着物の上から、撫でるように紫鏡を叩く。
これこそが、通が勝ちを続けられる理由――。
最初は通も半信半疑――どころか、疑の部分が九割で、試してみるのも一興程度のノリだった。
紫鏡が山師の鏡とも呼ばれているのは、今は亡き義父の忠に聞かされていた。
忠は玲も紫に話していた、紫鏡を持って鉱脈の近くに行くと判るということを通に教えたが、それと同時に、賭け事の際に持っていると勝ち目がわかる――という逸話も教えていたのだった。
玲が紫に紫鏡の話をする際、勝ち目の逸話が無かったのは、幼い紫に賭け事の話はできなかったからだろう。
「まさか本当に当たり目がどっちか、わかるとはねぇ……」
どっちに張ればいいか、紫鏡が収まっている腹の辺りから毎度ピンっと来るものを感じるのだ。
「あんだけハッキリわかるもんを、外しようがねぇよなぁ……」
くつくつと笑う。
通が入り浸っているのは丁半博打の賭場。
丁か半かどちらか――二分の一の確率。
普通に考えたら、勝ち続けなんて考えられない……が、確率論的には無いわけではない。
なにより、通はいかさまはやっていない。
賽の目を動かしてはいないのだ。いかさまではない。
ただ、紫鏡の力で、出目を先に知っているというだけのこと――。
とはいえ――。
あまり勝ち続ければ、性質の悪い賭場では向こうからいかさまを仕掛けてきたり、胴元から難癖がつけられたりもするものなのだが……。
通は毎回そうなる前に抜けだしたり、賭場の入り口を入る前に「今日は向こうの賭場の方が良さそうだ……」などと、事前に危機回避(これもなんとなく懐の鏡から嫌がる気配がある)をしているのだった。
それも、これも……。
「紫鏡様様だよなぁ……!」
腹の中では「山師の鏡」と思っているくせに、口では「紫鏡」と玉石家家宝としての銘を声に出す。
「さて……。昨日の賭場は散々勝たせてもらったし、可哀そうだから今日は違うとこに行ってやろうかね……」
ニヤニヤ笑いながらそう思う。
いかさまの証拠さえなければ(というか、いかさまはしていない)、賭場から難癖つけられることはないはずだが、同じところで勝ち続けると身に危険が降る可能性が出てくる。
だから、たまには相手に勝たせるとか、場を変えることは大切だった。
そして今のところ、通には相手に勝ちを譲る気持ちはなく、場を変えることを考える。
そんな算段をしつつ宿から表に出て――。
「あっ……!」
大事にしまい込んでいたはずの紫鏡が、懐からこぼれ出て、ころころ地面を転がり出す。
「ま、待てっ!」
通は叫ぶ。
特に大きく屈んだという意識はなかった。
確かに贅沢三昧を三日続け、酒疲れは出ていたかもしれない。
多少足元がおぼつかなかったかもしれない…けれど、懐から物が飛び出すほどよろけたわけではなかったはずなのに――。
大切な山師の鏡――玉石家家宝「紫鏡」はころころと転がって通りに出ていく。
「待て待て!」
叫んで追いかけるが――。
「うわぁっ!!」
目の前を茶色いものと、それが引っ張る車輪付きの箱――馬車が、通の目の前を勢いよく通り過ぎ、その勢いで通は尻もちをつく。
そして、慌てて起き上がった通が周囲を見渡したとき、山師の鏡はそこに見当たらなくなっていた。
賭け事する方って、結構お守り持っておられますが、神様や仏様のお守りは賭け事には効果が無いって話を聞いたことがあります。
ま、そりゃそうですよねぇ……。
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