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山師の鏡

(これって、スズメの配慮なのかな?)


 その日、ようよう動けるようになった紫鏡を、井戸まで連れてきたクロはそう思う。


 自分の罪と向き合うことになったあの時の井戸との遭遇を思うと、今もこの井戸に対する苦手意識は払しょくできないでいる。

 いや……苦手というより、むしろ恐怖に近い。

 自分(座敷童)に罪は無い。悪いのは人間――そう思っていたのに、実は有ったと指摘されるのだから……。

 

 見たくなんか無い!

 知りたくなんか無い!

 が、気にはなる――とても気になる……それがこの井戸だ。


 紫鏡と共に井戸を覗くと、()()()という気持ちをより強く持つ紫鏡の思いが反映され、映るのは紫鏡に関するもの。

 紫鏡に対し申し訳ない気持ちはあるが、クロ的には自分の罪に対面させられる――という恐怖から逃れつつ、井戸に慣れる機会になる。


 いつかはここ(療養所)を出て、また座敷童として人の世に行きたいのなら、避けて通れぬこと……。

 スズメがクロに紫鏡の介護をするよう言い出したのは、そういった思惑からじゃないか?と思う。


 アオなどは、何度もここと人の世を行き来しているので、井戸を覗くことにさほど躊躇はなさそうだが、そうではないクロに対してスズメなりの配慮なのではないかと……。

 

(ただ、スズメって、あんまり他の存在に気を配るってタイプではなさそうに見えるんだよなぁ……。てか、アオってメンタル激強だよな……)


 若干失礼な思いを色々抱きつつ、クロは紫鏡と井戸を覗く。


 井戸に映ったのは、困った様子で紫の袱紗(ふくさ)に包まれた箱を睨む幼女――紫。

 






「やだな……」


 紫はつぶやく。

 自分の部屋の真ん中で座り込んでいた。


 紫鏡――。

 祖母の玲が玉石家の家宝だというそれを、紫は結局受け取らされてしまった。

 幼い顔のその眉を寄せ、難しい顔をして目の前の紫色の包みを睨む。


「これは探宝(たんぽう)の鏡とも呼びます。昔々、玉石の祖先が時の帝に仕え宝を探す任についていた時、これを下賜されたのだそうです」


 紫にそれを渡すとき、祖母はそんな説明をした。


「タンポポ?」

「探宝――宝物を探すということです。祖先はこれを懐にいれ、山々を歩いて、金銀や翡翠などの宝の山を見つけたのだと言われています」

「え?これを持っていたら、宝物が見つかるの?」


 紫は産まれた時から玉石の家にいるので実感としてはあまりないのだが、母や通に聞くところによると、この家は他所から比べるとかなり裕福なのだそうだ。

 この鏡を持っていると宝物が見つかるというのなら、コレが裕福さの理由ということ――そう思ったが……。


 紫の言葉に、祖母は少し困った顔をする。


鉱脈(こうみゃく)のそばに行くと、なんとなくそうとわかるそうですよ」

「コンミャク?」

「鉱脈。金や銀が沢山埋まっている場所のことです。ただ…今はもうほとんど掘り返されてしまったので、この国に未発見の鉱脈は残っていません。残念ですね……」


 要するに、宝物のありかを示す道具らしいが、その宝物自体がもうすでに無いということ。


 そんなものもらっても、意味がない……。


 そう思う紫だが、玲は続けた。


「そしてこれには探宝以外の力もあるとの伝説があるんですよ」

「……」

「持つ者の身を護ってくれる……。そう言われているのです」


 それは祖先が鉱脈を探索中のこと、山賊に襲われ矢で射られたが、その矢は祖先が腹に入れていた紫鏡に当たったため事無きを得た――ということからだとか……。


「忠も、旅に行くとわかっていたら、お守りとしてこれを持たせてやっても良かったのに……」


 玲はしみじみと言った。

 言ったが、「持たせた」とは言っていない。「持たせてやっても良かった」――だ。

 可能性を示唆しただけ……。


 紫たちの両親はしばらく前に二人だけで旅行に行き、その際事故に遭って亡くなった。


 父の忠はとても優しい人だった。

 祖母曰く、育ちが良すぎて、ちょっと目を離すとすぐに他人(ひと)にいいように騙されてしまう――とのことだが、意地悪な人より、優しい人の方が良いに決まっていると紫は思う。


(お婆様がキツすぎるだけだよ……)


 そう紫は思っていた。


 母は再婚で、通は母の連れ子――。

 紫にとっては優しい母だったし、兄もそれなりに構ってくれる。

 いつも厳しい顔をして、母にもキツイことをしょっちゅう言っている祖母のことはあまり好きじゃなかった。

 ただ、そういう気持ちを表に出すと、母への当たりが余計にキツクなるから止めるようにと父に教えられ、口に出して言わないようにしていた。


 物心ついた時から、母が祖母にいつも遠慮していることに気がついていたし、通がほとんど家に居ないのは祖母と仲が悪いせいなのだと思っている。


 この家が何より大事な祖母にとって、血の繋がりがない母や通はどうでもいいのだと、通はことあるごとに紫に教えていた。


(お父さんたちが旅行にいったのは、元々はお婆様のせいなのに……!)


 そう言いたいけれど、紫は黙って俯く。

 事故は祖母のせいで無いことはわかっていたからだ。


 だいたいが、旅行というには御大層なほど、ちょっとしたお出かけくらいの気晴らし遠出だったのだ。

 そう、()()()()


 ここのところ、通の素行があまりよくなくて、そのことで母は祖母にかなりキツク叱責されていた。

 当人()に直接文句を言えばいいのに、物理的に力の強い相手より、姑の立場で強く出れる母のほうが言いやすかったからだろう。

 通の夜遊び頻度が高く、なかなか顔を合わせる機会が無いこともあったかもしれないが……。


 だがその行為は無駄に母を疲弊させ、その結果、父が少しでも気晴らしになればと、夫婦水入らずの旅行を企画し――。


 その結果、事故に遭った。


 観光して、美味しいものを食べて、一泊して……。

 ちょっとした命の洗濯。

 敢えて祖母には言わずに二人は出かけた。

 帰宅してから嫌味は言われるかもしれないが、その時は父が自分の母である玲を、「言い過ぎだ」と軽く窘める切っ掛けにもなるかもと……。


 そのはずだったのに――。


「お父さん…お母さん……」


 一人きりの部屋で、つい声に出して呼んでしまい、返事が無いことに涙がこぼれる。

 

 紫鏡の包みの紫色が、涙でにじんで目に映る。


「こんなの……っ」


 祖母の玲は、紫の戸惑いも通の抗議も受け流し、紫に大切にするようにと言って紫鏡を手に取らせた。

 玲としては良かれと思ってのことのようだが、紫にしたら押し付けられたとしか感じられない。


 コウミャクとかどうでもいいし、普通に生活をしていて、矢に射られることなどあるはずがない。

 本当に身を護る力が有るというのなら、今さら紫などに渡さずに、もっと前に父に渡しておけば良かったのだ。

 

 玲にしたら、まさかこんな事故が起こるなんて思いもしていなかった。

 大切な我が子()を亡くし、孫まで亡くすわけにはいかないと思った故の行動だったが――それは紫には全く通じていなかった。


「紫」


 名を呼ばれるのと同時に、コンコンとノックの音がする。


 はっと顔を上げると、紫の部屋のドアを開け、通がドアにもたれるようにして立っていた。


「泣いてたのか……」


 通に言われ、ただ紫は頷く。

 ノックより先にドアを開けられていたのだが、それを咎める気にはならない。

 両親亡き今、通だけが紫にとっての家族だった。


「父さん、母さん……同時だものな……。好きなだけ、飽きるまで泣けばいい。悲しくて当たり前なんだ」

「うん」

「良い子だよ、お前は……。長男である父さんが死んだ途端、代わりに紫にさっさと鞍替えするバーさんとはえらい違いだ」


 憎々し気に通が言う。


「鞍…替え?」

「そうだ。玉石家って名門だからな、跡取りになりたい血縁がわんさかいるんだ。でもな、今まで付き合いのなかった家とか、自分の血の入ってないとこだと、バーさんの好きにできないだろ?今までは実の息子だったから、その心配なかったけどな」


 通は、玲が次期家長を自分の思い通りにできる者に継がせようとしているのだと言う。


「そうなんだ……」


 跡取りになりたい血縁なんて、紫は会ったこともなかったが、通がいうのならそうなんだろうと思う。


「そういや、家長の意味はわかったのか?」


 通に問われ、紫は頷く。


 最初聞いた時、何の意味かわからなかった『カチョウ』という言葉は、家の長=家長のことで、家族の中で一番偉い人のことを指すのだと教えられた。

 

 家長の役割は、家族()の方針を決め、物事を納め、家運を伸ばし発展させること――。


 先の話とは言え、まだ七才の子にそんな話をしてもどうしようもないことだ。

 紫にしたら、家の方針だの家運だのなんて、今までまったく考えたこともないし、そんな言葉を父や母からは聞いたことすらなく、只々戸惑うしかない。


 玲だってそれはわかっていた。

 ただ、紫鏡をお守りとして渡すにあたり、わからないなりにも話しておいた方が良いだろう――と、その程度の軽い気持ちだったのだが……。


 よくよく考えたら、親を亡くしたばかりの子にするような話ではないと……思いやりにかけることだと、わかったはずのことなのだけど……。

 わからないから、付け込まれた……。


「紫、それ兄さんに貸してくれないか?」


 通の申し出に、紫は「え?」という顔になる。


「これ?」

「そうそれ……。山師(やまし)の鏡、貸しくれよ」

「お婆様、探宝の鏡って言ってたけど?」


 好きではない祖母だが、大事にしてくれと言われたものを、人に貸していいものか迷う。


「玉石の祖先って、金銀とかの鉱脈を探すのを仕事にしてるって言ってただろう?そういう仕事を山師って言うんだ」

「へえ、そうなんだ!」


 山の中に入って、価値のあるものを探す仕事なのだと通は教える。


「なんか良さそうなものの近くに行くと、その鏡が教えてくれるんだとさ」


 だから山師の鏡と呼ぶのだそうだ。


「でも、もう探す宝物が無いって……」

「無いって誰が決めたんだ?もしかしたら、まだあるかもしれないぞ?」

「えー、そうかなぁ?」

「そう思う方が楽しくないか?」


 紫はくすんでいた気持ちが、通と話しているうちに晴れていく気がした。

 祖母に色々わけのわからないものを押し付けられたと嫌な気分になっていたが、その押し付けられた鏡に、ホントにそんな効果があるのなら、試してみるのも悪くないのかもしれない……。


「で、試してみたいから貸して欲しいんだ」

「……お婆様にバレたら怒られるかも……」


 出された通の手を見ながら、紫は躊躇する。

 怒られる()()じゃなくて、バレたら確実に大激怒だ。


「大丈夫!中だけ貸してくれたらいいから。その箱に袱紗巻いて置いときゃバレないさ」


 そう言って、通はさっさと袱紗をほどき、箱を開けて中を取り出す。

 そしてホクホク顔で懐へとしまう。


「お兄ちゃん……」

「大丈夫って!」


 不安そうな紫の頭をぽんぽんと撫でると、通はさっさと部屋を出て行ってしまう――。







「あれ、どう見てもロクデナシだよな……」


 井戸を見ていたクロはぽつりとそうつぶやいた。


お読みいただき大変ありがとうございますm(__)m

(月)(金)を目安に更新しております。

よろしければぜひまた続きを読みに来てください(o_ _)o))

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