まだ無理だと思うのに…
「えー………」
それを見つけて、思わずうんざりした声が出てしまったのは、決して薄情だからってわけではない――と、クロは思う。
一人で山遊びを堪能していたのだが、そろそろおやつの時間だと気がついたので、囲炉裏部屋に向かうべく屋敷に戻ってきたところだった。
「何やってんだよ……紫鏡、寝てろよ……」
見つけてしまったのは、勝手口から井戸への途上で力尽き、地面にはいつくばっている老婆――。
「まだ、部屋から出るどころか、ベッドから起きるのも無理なんじゃないのか?」
数日前、数十年ぶりに起きてきたかと思えば、そのすぐ後にはまた倒れて意識も無かった。
座敷童の力の糧となる白波の菓子は毎日部屋に配達されているし、ここに居るだけでも回復がされているとスズメには教えられたが……。
(俺だって、来た時よりずっとましだけど、まだ全然万全にはなってない……)
座敷童として失った力を、完全に取り戻すのは一朝一夕でかなわない――クロはそう感じている。
紫鏡がどういう境遇でここまでになったのか知らないが、どう見たって今はまだあの井戸を覗いて、自分の罪や責任に向かい合える状況ではないと思う。
なのに……。
恐らく紫鏡は、数日前にやっとぎりぎり井戸に行けるまでの力を取り戻し、そのぎりぎりの部分をあの時に失って倒れ、しばらく寝て、またぎりぎり動けるほどに力を取り戻したので、今またここに倒れている――というのが今の状況なのだろう。
「せめて、井戸まで自力で行けるくらいまで、力取り戻してからにしてくれよな……」
※ ※ ※ ※ ※
「まーた意識なくなってるねー」
紅の言葉に周囲は頷く。
緑花以外の療養中の座敷童と白波が、紫鏡の部屋に集合していた。
あとスズメは言わずもがな。
「ホントにギリギリの状態で起き上がって行ったんだな……。すげえ、ガッツ!」
感嘆したように言うアオにクロは顔をしかめる。
「褒めるなっ!ギリギリどころか足りてないだろーが!井戸端にすら辿り着けてないんだから……。井戸まで行って中を覗き込むとこまで行かなきゃ、行く意味ないぞ!」
「ギリギリアウト?」
「アウトはアウトだっ!」
ギリギリセーフはあってもアウトはない――。
そう言うクロに、アオは「固いなぁ」と笑う。
「しかしまぁ、そんなぎりぎりの状態で井戸を見ても、井戸が応えてくれるとはワシには思えんがな……」
「だよねー。あたしもそう思うなー」
銀河と紅が頷きあう。
「それに何を見せられるかは、その時の井戸次第だが、あれはキツイ……」
弱った紫鏡が見て良いものとも思えないと、顔をしかめ銀河は言うが、それにアオは疑問を呈する。
「黄魚はそうでもなかったんじゃね?」
新しい家を見つけて出て行っただろ?――と、アオは言う。
もしキツイものを見せられたなら、何年も引き込もっていたここから、そうあっさりとは出て行かなかっただろうと――。
「最初のときはー、黄魚も倒れたじゃなーい。この前……行先決めた時はー、そんなでもなかったーってことなんだろうけどねー」
黄魚の退所を知らされたのは、彼女が療養所を出て行った後だったので、彼女が井戸の底に何を見たのか、残された座敷童たちはわからない。
「あ。そういや、そうか……」
紅に言われて、最初の時、黄魚が井戸端で倒れて大慌てしたことをアオも思い出す。
ここに来た座敷童たちは、なぜ自分がここに来る羽目になったのか――まずその部分を自分で知らなければ、次に進むことは出来ない。
そうで無ければ、何度でも同じことを繰り返すからだ。
知っても、同じことを繰り返す、アオのような座敷童もいるのだが……。
それは、さておき。
「紫鏡は自分が今なんでこの状態なのか、知りたくて井戸に向かったってことか?」
スズメが見つけたとき、すでに紫鏡は今の状態だったと言っていた。
だとしたら、なぜ自分が力を失うことになったのか……そこからわかっていない可能性も有る。
気がついたら知らない場所にいて、力もほとんど残ってなかったら?
無理してでも――這いずって進むことになるとしても、知りたいと思う気持ちはわかる……。
「うーん……。でもーだとしてもー、なんでそのこと知ってるのー?ずっと、意識なかったのにー?」
「お?」
「そうだな……」
首を傾げあう座敷童たち。
自分たちはここに来てから先輩座敷童や白波に教えられたが、それは意識がちゃんとあったからだ。
困り顔で白波が言う。
「当然、スズメですよ……」
打ち明ける白波の肩に止まって、スズメは素知らぬ顔で羽繕いをしている。
「井戸を覗けば、自分がどうしてこうなったのかわかると、部屋に行くたびに言い聞かせておいた」
しれっとそう言う。
「えー?」
「今まで意識取り戻したことなかったんじゃないのか?」
首を傾げたクロにスズメは呆れ声で言う。
「そなたらは人間ではないのだぞ。たとえ表層に意識はなくとも、こちらから働きかければ、必要な情報は取り込める。その見かけはあくまでもそなたら自身が作り出したもの――まさか、己が本来は形の無い意識体であることを、忘れているわけではないだろうな?」
「…あ、それは、もちろん……」
ちょっと慌てるクロだが、空気をよまないアオが言う。
「たまに忘れてるなー、オレ!」
ヘヘヘヘッっと笑う。
「だから、なんかにぶつかったら痛いと思うし、痣が出来たりもするんだよなぁ……」
「そういえばー、アオってー猫舌よねー?お茶の熱さで、やけどすることもないのにねー」
呑気に言うアオと紅に、スズメはため息をつく。
「引きずられまくっておるな……。まぁ、良い……。その実態が意識体であることを思えば、この紫鏡に意識が無くとも、周囲の情報は取り込めるということをわかっておけ」
意識体であろうとも、見かけの実態を作ればその形に引きずられる。
人型を取る座敷童は、人の感覚を判断の基準にしていることがほとんどだ。
でもそれは、気のせいなのだと……。
本質は実態を持たない意識体、ただ強い力を持ったがために質量を得ただけなんだと――。
「スズメ……。わかってるけど、あんまりわからせては欲しくないかも……」
ぼやくクロをスズメはパタパタと羽で仰ぐ。
「しかたあるまい、そこのところがわかっておらんと、人の世に戻ったところで、また同じようなことをしてしまうぞ?アオが良い例だろう?」
アオが気まずげに頬を掻いている。
「座敷童が生まれるのは自然の成り行き……。人外の意識体が人の心に触れ、営みに触れ、いつのまにやら座敷童になってゆく……。何故なのだろうな?不思議なことよ――」
スズメのその言葉を聞いて、ふとクロは思い出す。
「そう言えば、紫鏡と一緒に見た井戸の中の紫鏡って、座敷童じゃなかったんだけど……」
「「「え?!」」」
ぽつりと言ったクロの言葉に、他の座敷童は驚きの声を上げる。
「付喪神だ……って、言ってた」
他ならぬ紫鏡本人から、クロは確かにそう聞いた。
「そのあたりの疑問も含めて、クロ――。紫鏡が次に意識を戻したら、また井戸まで付き合ってやれ」
スズメはそう言った。
なかなか話が先に進まない……(-_-;)
紫鏡さん重いよ;;;
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