支えてあげよう
「なぁ、白波…あれって、支えてやったほうがいい気がするのは、気のせいかな?」
「あ、ああ……そうですね……」
普段冷静沈着な白波にしてはかなりの驚きっぷりで、よろよろしている紫鏡の姿を見てただ突っ立っていた。
まぁ、相手は座敷童なので、よろよろしているからと言って、人間の老人とはまた違うのだけれど……。
とりあえず、白波とクロはそっと紫鏡に近寄る。
いきなり駆け寄っては、その勢いで倒してしまうのではないか……そんなことが危惧された。
「紫鏡……」
紫鏡のそばまで行って、そっと白波は紫鏡に呼び掛ける。
その傍らでクロは様子を見守った。
紫鏡は人外である座敷童とは言え、今まで寝たきりであったのだ。
座敷童としての力の多くを失ったとは言え、なんだかんだ自力でしっかり動き回っているクロたちと同じ扱いで良いとは思えなかった。
よろけたり、倒れそうになればすぐに助けられるようにと気構える。
「……どうしたんです、紫鏡?あなたがこんなところまで出てくるなんて、いったい……」
「…………ど……」
「え?」
問いかける白波に、紫鏡が小さく答える。
「…………い…ど……見…た…」
首を傾げ、紫鏡の言葉に耳を寄せる白波の背を見ながら、しかめっ面でクロは言う。
「井戸見たいって、言ってるっぽいぞ」
「井戸、ですか……」
白波も困ったように眉を寄せる。
「……あれは座敷童の見るべきもの、向き合うべきものを見せますが……。それは心に優しいものより、辛いものや厳しいものが多いそうですよ?」
それでも、見たいのか――?
そう紫鏡に問う白波を見て、ふとクロは気がつく。
「あれ?白波には、あの井戸の景色って見えないのか?」
「僕は座敷童じゃありません。人間ですから……。それと…もし見えるとしても、僕はまだ自分の罪に向き合う心が持てません……」
「ふーん……」
白波の微妙な言い回しに気がついたクロは、気乗り無さげな相槌を返す。
そんな間にも、そろそろと紫鏡は歩みを進めている。
「紫鏡は見る気満々みたいだけどな……」
「そうですね……」
白波はため息をつく。
井戸まで支えて連れて行くべきか、迷うそぶりを見せる白波の肩に、ぱさささーっ!と軽い羽音をたて、スズメが降り立つ。
「白波。そなた、その背の籠をおったままでは身動きが取り難いだろう。ここはクロに任せて屋敷の中に入れ」
「え?俺」
いきなりのご指名に、クロは目を丸くして自分を指さす。
「白波はおやつの用意をせねばならんからな。その前に自分の食事と、その芋を蒸したり……色々せねばならんだろ?」
「うわぁ……それ言われると、俺反論のしようがなくない?」
クロのぼやきにスズメは素知らぬ顔だ。
おやつは大事だ。
白波も、人の身ゆえに食事が必要――。
で、井戸に行きたい紫鏡をこのまま放っておいたとしたら、いつになったら井戸に辿りつけることやら……。
(途中でまた倒れて、そのまままた寝たきりになってもおかしくないよな……)
クロはそう思う。
部屋のベッドに寝たきりで、意識も無かったあの時に比べれば、幾分力を取り戻していることはわかる。なにより意識があるというのは大きい。
反応は弱いが、こちらのことも理解しているようだ。
だが、歩む速度や様子を見ると、本当ならまだ寝ているほうが普通の状態だろう。
意識が戻った途端に、ここまでやってきた――と、いうことだと思うが……。
(なんだってまた、こんな無理やりに起き出してきたのやら……)
「ほれ。さっさと、紫鏡を井戸端まで連れて行ってやれ」
スズメがクロをせかす。
「でないと、そなたが栗大福を食う時間が無くなるぞ」
「それ、やめて!」
スズメの脅し文句にクロは悲鳴をあげ、慌てて紫鏡へと手を貸しに走る。
「紫鏡、俺のことわかるか?井戸まで連れてく。大丈夫か?」
クロの問いに紫鏡は返事をすることなく、差し出されたクロの手ではなく腕に両手で縋り付く。
「ちょ、ちょっと!てか、ホントによろよろじゃないか!よくこんなんで部屋から出てこれたなぁ……」
「僕、紫鏡が起きている姿なんて、初めて見たんですが……」
「え?」
白波の言葉に、クロは驚く。白波曰く、上に居るとスズメに紫鏡の存在を知らされたときには、すでに意識がない状態で寝たきりだったという。
「なにそれ……?」
「存在自体いつ消えてもおかしくないほどの状態だったのを、こっちがたまたま見つけてここに連れてきた。ここの空気と、白波の菓子のおかげで、なんとか持ちこたえていた状況だったんだが……」
スズメの補足にぎょっとする。
「え、でも、それじゃあ……」
クロは紫鏡を支えながら困惑する。
そんな瀬戸際な状況下で、あの井戸を見せるなんて――不安がないとは絶対に言えない。
……というか、不安しかない!
「それでもここまで来た理由が、紫鏡の中に有るのだろ。見せてやれば良い」
「う……わかった……」
白波の肩に止まって、偉そ気にいうスズメにクロが返事をすると。
白波はクロの方を心配そうな目で見た後、開いたままの勝手口へと黙って向かう。
座敷童が自分で決めたというのなら、管理人は口を出せない。
「しゃあないなぁ……。じゃあ、行くよ……」
聞こえているかどうかは疑問だが、クロは腕に紫鏡をまとわりつかせたままゆっくりと…でも、紫鏡が一人で進むよりは若干速度早めに井戸へと向かう。
そして井戸辺にたどり着くと、紫鏡に声をかけた。
「ついたよ、紫鏡。俺から手離して……そう…。で、井戸に落ちないように縁持って、こっち……」
乾ききったような老女姿の紫鏡はとても軽く、勝手口からここまで誘導してくるのに何の問題も無かった。
自分の腕をつかんでいる手をほどき、井戸縁を掴ませるのも特に力は必要無い。
骨と皮だけのような細い腕や、カサカサして冷たい手指に変な不安を覚えるが、まぁたいしたことでは無かった。
けれど、前かがみになっている彼女が、うっかり井戸に落っこちないように支えようとして……。
「あ、あれ……誰?何だ?あ……しまったっ!」
ヤバイ!と、気付いたときにはもう遅かった。
紫鏡の視線を無意識に追って、ついうっかり井戸底に目を向けていた。
井戸底の景色を、クロは紫鏡と一緒に見ることになってしまった……。
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