怒ってない?
囲炉裏部屋の戸を開けると、味噌だれが香ばしく焼ける香りがアオの鼻をくすぐった。
「美味そう……」
「そう…じゃなくて、美味しいですよ」
思わずこぼした言葉に、白波の指摘が返る。
「うん。で、何焼いてんの?かき餅?」
味噌だれの香りに混じって、米が程よく焦げる香りもする。
米と言えば、餅――。
ナマコ餅を薄く切ってから乾燥させ、醤油だれや味噌だれで味付けしながら焼くかき餅を香りから連想したアオだったが、白波は首を横に振る。
「五平餅です」
「あ、それも好き!」
白波の言葉に、アオは嬉しそうに頷く。
「今日は味噌だれと、山椒だれを用意してますよ」
五平餅は簡単に出来て腹持ちも良いし、たれで味に変化を付けられるので飽きにくい。
というか基本の形はあるが、主食である米が主原料なので味のバリエーションはとても多い。
半殺し(半づき)にしたご飯を、平たく細長い杉の棒につけ(潰した米を一握り分くらい平にしてから杉の棒を真ん中に置き、棒を挟んで米を半分に折って1cm~1.5cmくらいの厚さに平たく形を整える)て、たれを絡めて囲炉裏の火で炙り焼く。
焼きあがったら、仕上げにもう一度たれを照りよく塗ったら出来上がり。
平たくするのは火が通りやすくするためだ。
コツと言えば、ご飯を潰し過ぎない事➝潰し過ぎて餅になったら固くなる。
たれをつけすぎない事➝味が足りなければ足せるが、つけすぎて辛くなったらカリカリになるまで焼いて砕いてから、お茶漬けの元にするしかなくなる。
たれは味噌や胡桃がメジャーだが、甘い餡にしても美味しい――とアオは思うが、それを聞いた銀河には「それだと単に棒付きのおはぎだろう」と言われた。
囲炉裏で焼くから違うとアオは思うが、「焼く必要もないぞ?」と言われたら、唸るしかなかった。
まぁ、白波が作るお菓子はなんでも美味いので、基本的に座敷童側に嫌いはない。
それに、白波が供してくれる菓子には座敷童を癒す力がある――。
力を取り戻して、人の世に座敷童として戻ることを望むアオにすれば、たとえ不味かったとしても食べないという選択肢はない……。
それはそうとして……。
囲炉裏で五平餅を手際よく返しながら焼く白波の手元を見ながら、アオは聞く。
「白波…もう、オレのこと怒ってない?」
「……怒ってませんよ、最初から」
「いや、怒ってただろー……」
本当に怒っていなかったなら、「怒ってませんよ」という前のその間は何だと言いたい。
「アオに怒ってたわけじゃないです……というか、本当に怒ってないですよ。ちょっと、理不尽だなぁって思うことがあって、その気持ちが外に出てた気はしますが……」
「それが怒ってるってことじゃないのか?」
「どうなんでしょうねぇ……」
フフフと軽く白波が笑う。
「!!っ」
見た目十代な白波だが、その笑いは年を重ねた者の笑みだった。
それを見てしまったアオの肩が一瞬跳ねる。
途端――。
パササッ!
と、羽音と共に窓辺から外を見ていたスズメが白波の肩に飛んできて、その頬を軽く突いた。
「白波」
「あ……」
はっとした白波が、浮かんでいた薄い笑みを消す。
「アオを脅かしてやるな」
「いや……べ、別に怯えたわけじゃ無いけど……」
白波の生きた時間に意識が向いて、ちょっとびっくりしただけだとアオは言った。
「それが脅してるというものではないか?」
スズメにそう言われると、アオも白波もばつの悪い心地になる。
「……本当に…そんなつもりはなかったんですけど、ね……」
「千年生きてるくせに、まったく……」
「え、あ……。それだから……」
白波を叱るスズメに、アオは口をはさむ。
「ん?」
「さ、さっきの白波の笑顔に、なんか千年の重みを感じちゃって、ちょっとびびった気分になっただけなんだよ……」
そう言って、ハハハと乾いた笑い声を出す。
「ほら…さ……。今の見た目ってオレの方が上じゃん?でも、中身は白波の方が上なんだなーって、なんかそういう気配を改めて感じて、びっくりしただけなんだ」
白波が脅したとは思っていないと、アオは言った。
その言葉に、白波がはぁ……と大きく息を吐きアオの目をまっすぐに見た。
「ごめんなさい……」
そう言って静かに頭を下げる。
「えっと……?」
「スズメの言う通り、実質僕の方が年上なのに、もっと気遣いがあってしかるべきでした……。アオと黄魚の件が僕には理不尽に思えて、悔しい気持ちが変に出てしまって……」
八つ当たりが混じってました――と、黄魚が居なくなった時の囲炉裏部屋でのことを、大人げなかったとアオに謝った。
「わざわざもったいぶって、黄魚の行先を告げる必要なんてなかったですよねぇ……」
「それは……」
確かにその通りだ。
あの時、黄魚が栗の渋皮煮の下ごしらえを手伝ったという話をしていた。
その流れで、黄魚の昔の話が出たのはまぁ有りだろう。
でもその先――黄魚の選んだ新しい家が、アオの家の子が危害を加えた家であることは、わざわざあの時に知らせずとも良かったはず――。
しかもそれを教える際、短期間で帰ってきてしまったアオへのちくりとした批判も混じっていた。
「あの後、スズメに叱られたんですよね、僕……」
「叱られる自覚はあったろう。つまらん八つ当たりをしおって」
スズメに言われ、白波はただ頷く。
「で、でも……オレが下手打ったせいで、うちの家の子や――その……黄魚の行った家の子が、癒しようの無い傷を負ったのは確かだから……」
アオ的には自分に罪があったと自覚があるので、白波の八つ当たりや嫌味は仕方ないと思っていた。
「違う。そもそも原因と結果は人が自分で選んでいる。確かにアオは手を出し過ぎたが、アオのことがなくとも、そのうち似たようなことは起こっていただろう」
人とはそういうものだと、スズメは言う。
「白波は人間だし、ここの管理人だし……。どっちの味方に付くこともできないから、オレのやらかしたことに腹が立っても仕方ないと思うんだけど……」
アオが困り顔でそう訴えると、白波は困った表情を浮かべた。
「八つ当たりって、言ったじゃないですか……。僕はアオに怒っていたわけじゃ無いですよ」
「で、でも……」
「中年おじさんがそんな凹んだ顔しても、かわいくもなんとも無いのでやめてください」
自責から言い募ろうとしたアオの言葉を、白波が思いもよらなかったキツイ言葉で遮ってくる。
ぐはっ!とした思いで押し黙ったアオに、白波は言った。
「理不尽だと思った……って、さっき言ったでしょう?僕が悔しかったのは、百年近くここに籠っていた黄魚が自分の行先を見つけて、また人界に座敷童として戻ったのは嬉しいけれど、その切っ掛けとなったのがアオがここに戻ってきたことだっていうのが……」
悔しい――と……。
「それは……」
そう……。
そのことに関しては、アオも驚いたし、複雑な気持ちもあるにはある。
でも、それが縁というものなのだと納得もしていた。
「アオは確かに、自分の守護家を護りすぎ……というか、甘やかしすぎたとは思います。でもだからって、そこから縁つけるってどうなんです?言ってみれば、アオがここに出戻るような事態にならなければ、黄魚が人界に戻る切っ掛けが無かったってことになるんですよ?」
理不尽すぎる!と、少々ふてくされた白波の物言いには、さっきの千年の怖さを感じさせた微笑を忘れさせるような子供っぽさがあった。
「オレは嬉しいけど……」
「は?」
苦笑いで告げたアオの言葉に、白波は驚きの声を上げる。
「出戻ることになったのはオレの浅慮……と、オレの守護家の娘の浅慮……あとは…………」
困ったようにアオは笑っていい足す。
「不運…だと思う――」
「アオ?」
座敷童とは思えぬ言葉に、白波は目を見開く。
「いや……だって、そうとしか言えなくないか?オレって本当に座敷童なんかな?オレって、すっごい不運じゃないか?」
座敷童として修業が足りないのか?
そう言ってへらっと笑った。
「あのさ……黄魚に比べたら、オレってすっげー座敷童として頑張ってると今まで思ってたんだ。辛いことも結構たくさん見せられるのに、しょっちゅうあの井戸覗いて家探してさ、悩んで、悩んで……何度も人界行っちゃー人に期待裏切られたり、オレ自身もやりすぎたりして毎度出戻ってきて、その間黄魚はどこにも行かず、ここに居ただろ?」
「ええ……」
「だから黄魚より、オレのほうが座敷童として頑張ってるって思ってた……」
「それは確かに、そ……」
「違ったけどね」
そうだ、と言いかけた白波の言葉を、アオは否定した。
「だってうちの家に、オレってば完璧な幸運をもたらせてないもんね。座敷童としてなってないよね……」
「……」
「今までの自分の守護家に対して、座敷童としての役割を果たせなかったことは残念で仕方ないし、申し訳ないって思ってる。人間に気持ちを裏切られたなんて、オレの言い訳だよ。今回なんて、罪の上乗せを唆すようなことすらやらかしてるしね……」
彼女に対してはいくら詫びても、詫びきれない――。
「それに関しては、結局人が自分で決めたこと。アオがこれ以上手を出すことも、気に病むこともない」
スズメがそう言い切るのを、アオは静かな表情で受け入れる。
「うんそうだね……。でさ、そんなオレがやらかした結果が、黄魚が人界に新たに行先を見つけられた切っ掛けになったというのなら……」
アオは天を仰ぐようにして言う。
「救い――があるよね……」
それが嬉しいと、アオは言った。
一般家庭で五平餅を作るときの棒は、割りばしを割らずに使うのが一般的です。
囲炉裏が無くても、フライパンでこんがり焼けばOK。
本体のご飯はそのまま半づきするよりも、片栗粉を加えると扱いやすいようです。(粘りが出て崩れにくくなる)
砂糖を少し加えるのもあり。(お好みです)
たれは本当に色々あります。
醤油・味噌・砂糖・酒・みりん・生姜を混ぜた基本のたれ(味噌だれ)に、潰したクルミを混ぜたら胡桃だれ。山椒を混ぜたら山椒だれ。すりごまを混ぜたらゴマダレ等々。
家の数ほど味があるそうな……。
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