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よし、行こう!

 相手を知りたい――。


 その黄魚の決意を認めたかのように、井戸底を睨む黄魚の頭の中に情報がするりするりと入り込んでくる。


 今、黄魚が見ている妹娘の名は船山美矢(ふなやまみや)十四才。

 二年前からダンス教室に通っていて、もうすぐコンテストがあるのでその練習をしている。

 年齢の割には巧者とされているが、全国レベルとなると上位になるのは難しいレベル――。


(むう……)


 井戸から与えられた情報に、黄魚は少しムッとする。


(上…手、なのにっ!)


 レッスン前の軽い予習のようなダンスでも、黄魚が音楽を感じられるほどの腕前があるのに、全国レベルではさほどでもないというのは納得できない。

 水泳などの競争種目と違い、芸術系の競技だと、表現や解釈、採点者の好みなども反映されるので、たとえコンテストで上位に入れなくともそれ(イコール)敗者だとか下手であるとは限らないのだけれど……。

 美矢に好意的な気持ちが向いている黄魚としては、腹立たしいことだと感じる。


(あたい…が、あの家…の座敷童になったら、優勝…できるかも?) 


 きっと美矢に都合がいいように運が回る。

 美矢の表現を好む採点者になるとか、重点科目が美矢の得意とするものになるとか……。

 コンテストで常に上位をとれるようになって、全国区どころか世界レベルのダンサーになれるだろう。


 ふむふむと、井戸の底を見つめながら算段していた黄魚だがふと思う。


(あ、れ……泳ぐ…のは?)


 自分は水泳教室にいた兄妹と母親の、あの関係に気を惹かれたんではなかったか?


 さっき水泳雑誌を見ていたことを思い出す。

 つまらなそうに眺めていたが、興味を無くしているのなら、雑誌に目を向けることもないだろう。


(うーん……)


 この家ではないのかな?

 

 心の奥はまだ揺さぶられているし、美矢のダンスを見たときに浮き立つ気持ちも感じた。

 運を付けてあげたい気持ちもあるような()()()()……。


 そう、気がするだけなのだ。

 惹かれる気はあるのだけれど、これだ!という気にならない。


 何十年も療養所に引き籠り、ついさっきまで自分はもう座敷童としての役割を果たすことはない――と思っていたのに、こんな程度の心の揺れで「よし、行こう!」というのはなんだか違うような気がする。


 井戸は美矢のことを教えるように、ダンス教室や学校での美矢の様子も見せてくれる。


 ダンス教室で同じ生徒たちと、流れるように汗をかきながら基礎レッスンに励むすがたや、難しいターンを鏡に向かって何度も繰り返し、美しく見せようと努力する姿――。


 学校でクラスメートたちと楽しそうに話す姿、勉強をする姿、嫌いな科目でちょっと居眠りしている姿……。


(平和、ね……)


 とても普通で、幸せな人生を送っていると思った。


(これ……座敷、童なん…て、いらないね……)


 美矢は特別美少女ってわけでもない、普通にかわいい子だ。

 大きめの二重の目でドングリ目……というより、アーモンド型の綺麗な目をしていてまつ毛は長め。

 特別整えている様子はないが、眉はくっきりすっきりだ。

 結構表情が豊かで、見ていると楽しいと思う。


 髪はサラサラのストレートで、長さは背の半ば程。

 長髪なのはダンスの際の見栄えを狙ったもので、ターンを決める際に美しくなびく(さま)を見せるためなのだ、と井戸から情報が入ってくる。


 背の高さは一五〇を少し超えたくらい。

 いわゆる標準身長だが、足が長めなので実際の身長より背が高く見えている。

 これはダンスにおいてのアドバンテージになるだろう。


 学校での様子を見るかぎり、誰かに意地悪するような性悪でもなさそうだし、意地悪されている様子もない。


 家も裕福そうだし……。


 嫌いじゃない。

 むしろ好き――。

 好意をもって対せる対象。

 だから……。


 そうだからこそ、今さら黄魚が座敷童となって乗り込む意味はない。

 平穏なところに変に運がつくことで、逆運にもなりかねない。


 そう思って見ていたら、井戸からの情報がバタバタしたものに変わり出した。


 事故――。


 船山千早(ふなやまちはや)――美矢の兄が自転車で事故に遭った。

 学校帰りの下り坂で、自転車のブレーキが利かなくなり、制御できずに周囲を巻き込んで転倒したのだ。


 病院――。


 千早の怪我は酷く、命に別状はなかったが、脊髄が損傷して自力歩行が出来なくなった……。


 警察――。

 

 事故は千早の自転車のブレーキワイヤーが、切れるように細工されていたためとわかる。

 千早は競泳において若手のホープ。世界に通用する選手として期待されていた。

 そのため、通り魔的なものではなく、やっかみから狙われたのでは?と疑われ捜査されたが……。


 犯人は捕まっていない――。


(こ、れ…は………)


 平和で幸せだった美矢の周囲が混沌と化した。

 そして、その原因を黄魚は知っていた。


 アオの守護家の娘の所業のせいだ――。


 この先も犯人は捕まらない。

 座敷童の守護を受けた家の者の犯行で、座敷童自身がその証拠を隠したから……。


(な…んて、こ…と………)





 千早の病室――。


 包帯まみれの姿で、病室のベッドに寝かされた千早の横に医者がいて、両親立ち合いのうえで診断結果が千早に告げられる。


 水泳が出来なくなったことを伝えられ、呆然とした千早を、両親が慰めようとしているのを、美矢はベッドから離れた病室の出入り口前(室内側)で見ていた。


 自身の状態を知らされた千早は、泣きもしない、叫ぶこともない――ただ「え…」となったまま、固まっている。

 話された内容を理解したくない……できないのだろう。


 美矢はそっと俯くと病室内に背を向け、静かに戸を開けて病室から出た。

 まだ建てられてから新しいと聞く病院の廊下は清潔で、空気も清浄、明かりも暗すぎず、明るすぎず――でも、なんだか陰鬱に感じてしまうのは、きっと病院だからなんだろう。


「美矢……」

(ひな)叔母さん……」


 病室から出た美矢に声をかけたのは、加川雛(かがわひな)

 美矢の母、(つばさ)の妹で独身――。

 ちなみに父の名は康作(こうさく)だ。


「千早は?」

「なんにも……」

「なんにも?」


 雛の言葉に美矢は頷く。


「なーんにも、反応してなかった。だからお母さんもお父さんも、慰めようと思って何か言いたいみたいなんだけど、何にも言えずにいるみたい」

「そりゃ、まぁねぇ……」


 水泳界の若手ホープナンバーワンだったのに、泳ぐどころか日常生活でさえ、車いすが必須になるのだ。

 そうそう簡単に飲み込めるものではないだろう。


 ため息をつく雛を見ながら、美矢は病院の喫茶でお茶でも飲みながら両親を待とうと、雛を誘って歩き出す。


「大変ねぇ…これから……」

「うん、でも……」


 労う雛の言葉に、美矢は言おうか言うまいか迷った末に言葉を紡ぐ。


「わたし、ちょっとホッとしてるんだ……」

「え?」

「お兄ちゃんが水泳できなくなって、ホッとしてる……」

「え、なんで?自慢のお兄ちゃんじゃなかったの?」


 雛の言葉に、美矢は苦笑いする。


「自慢でもあるけど、偉そうで意地悪なところはイヤだったもん。小さい時、一緒に水泳教室行ってたんだけどね。最初はすっごく一緒で楽しかったけど、ちょっとしたら、お兄ちゃんだけ選手コースに抜擢されて……。だんだん、わたしとは一緒に泳がなくなって……というか、なんか妹がいると気が散るから、おまえは水泳教室やめろっとか言われて……」


 悔しかったと美矢は言った。

 

 確かに兄のように競技として水泳をする才能は美矢にはなかったが、泳ぐことは好きだった。

 競争に勝てはしなかったが、競争して泳ぐことは楽しかった。


 そう勝てなくても、楽しく泳いでいたのだ。

 だが、兄はそんな美矢の水泳を否定した。

 競泳は早さの勝ち負けを競うもの、勝てなきゃ意味がない――。


 違う教室に通うことも考えたが、水泳という同じ土俵にいてはきっと比べられて、楽しんで泳ぐことなどできなくなる……。

 だから水泳をやめて、ダンスを習うことにした。

 今となってはダンスも好きだけれど、水泳だって楽しみたかった……。


 金メダルをとるんだ!


 という兄の夢を、家族として応援はしていたけれど、それに対してもやもやする思いはあったし、優秀な選手として認められていくにつれ、だんだん態度が尊大になって行くのを美矢は妹として肌で感じていた。


「それにね……。なんか、お兄ちゃんつまんなそうで……」

「つまんなそう?」

「うん。つまらなそうに泳いでるって思ってた」

「うーん……それはだってしょうが無いんじゃない?タイム出さなきゃいけないんだもん」


 へらへらしてて、タイム悪かったら大目玉食らうじゃない?


 そういう雛に美矢はだからだと言った。

 

「だからホッとしたの。もうお兄ちゃん、つまらなそうに泳がなくても良くなったんだって……」

「ふむ……」


 美矢の言い分に雛は頷く。


「じゃあ、私は車いすになっちゃったからって水泳を諦めたりせず、楽しく泳げるようになるまでリハビリ頑張れって、けしかけてみようかな?」

「え?」

「だってあなたのお兄ちゃんは、なんだかんだで、世界に通用するとまで言われた子なのよ?車いすくらいでめげないと思うの」


 そう言って雛はにっこり笑う。


「きっとまた、あなたと一緒に楽しく泳いでくれるお兄ちゃんになってくれるわよ!」


 手助けしてあげようね!


 そう明るく言う雛に、目を丸くしながらも美矢は頷いた。





(これ…か……)


 雛を含めた船山家の様子を見ていた黄魚は、雛の言葉に頷いた美矢を見て、思わず井戸に乗り出した自分の身を自覚する。

 

 座敷童に必要なのは家だ。

 それも良の気を持つ家。


 今までの船山家も良い家ではあったけれど、事故に遭い、下半身の自由を奪われた千早を支えることで、この先もっと良い家へとなってゆく――。

 そう黄魚は思う。


 ただし―――運が良ければだ。


 いくら良い家族でも、運が悪ければ、支えるべき家族を支え切れずに共倒れすることや、切り捨てること、離散することとかよくあること……。


 だから……。


(よし、行こう……)


 黄魚は座敷童として人界に行くことを決めた。



お読みいただき大変ありがとうございますm(__)m

(月)(金)を目安に更新しております。

よろしければぜひまた続きを読みに来てください(o_ _)o))

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